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オオカミ様がいた村  作者: 降雪 真
第1章 田舎暮らしはカズイシ村で
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神石の正体

 アユムが神石しんせきの正体を知り、自らそれを創り出したのは春を迎えようという頃のことだった。


 暖かくなってきたかと思えば、厳しい冬の寒さがぶり返す。「こんな季節の変わり目に、神石は生まれやすい」ヨミはそう言っていた。


「アユム、いる?」


 夜更けに、家の扉を叩く音と聞き慣れたサリナの声がした。


 扉を開けると外気の寒さがさっと入り込む。アユムは体に巻き付けた毛布をぎゅっと握った。


「ごめんね、こんな夜遅くに。でも大事なことだから」


 サリナはそう言ってアユムの手を引いた。


「ヨミばあ様が呼んでいる」




 ヨミの家にやってくると、サリナはアユムに白装束をまとわせ、清めの水だと言って水を吹きかけてきた。少ししょっぱい。しかしそれ以上に寒くて仕方なかった。


 有無を言わさぬ鬼気迫った様子に、アユムは何も言えないまま奥の部屋へと案内された。


 そこには泣き続ける誰かと、布団に横たわった一体の亡骸があった。甘い香の裏に、酸えた臭いが鼻につく。


 初めて見る死骸にアユムは怖気づき退いたが、すぐ後ろにサリナがいるためそれ以上退けない。


「ご遺族の方たちよ」サリナの言葉が背中越しに聞こえた。


「アユム、サリナから話は聞いている。随分筋もいいそうじゃないか」


 いつのまにかそこにいたヨミが、泣き叫ぶ声が響く傍らで朗らかに言った。


「今日はお主に、御使いとしてお役目を果たしてもらう」


 ヨミは亡骸のすぐそばに座るよう促した。


「シカの生命の灯を見たその瞳で、このご遺体を見てごらん」


 にこやかなヨミの顔にすごまれ、アユムは泣き叫ぶ遺族に目は合わせないように頭を下げてから、亡骸のそばに座った。


 つむったまま目に力をこめ、ゆっくりと開いていく。修行の成果もあってか、驚くほどすんなりと光が見えた。


 アユムの瞳には、亡骸からほとばしる、美しい光が見えた。


 しかしその光は生まれることなく散っていき、刻一刻とその強さを失っているようだった。


「その者の命はいま宿り木を失い、失われようとしている。アユム、その手にすくい取ってみせよ」


 アユムの脳裏にはあの冬の日のこと。シカの命をこの手のひらの上で無残に散らしてしまったことが浮かび上がっていた。


「大丈夫、いままでのことを思い出して」


 震えるアユムの肩を、後ろからサリナの手が支えた。


 アユムは大きく息をつき、意識を集中させていく。

 生命の灯を、この手にすくい取るように。決して決して散らすことのないように。両手ですくい取る。するとそこには確かに暖かく力強い光があった。


「それこそ生命の灯である。こぼすでないぞ、掴み、固めよ」


 初めてのことなのに、それほどの緊張はない。何をすべきかを知っているかのように体が動く。手のひらで感じる力強さは、神石を扱うときの感覚そのものだったのだ。


 神石をイメージして、祈るように目をつむりぎゅっと握りしめた。


 目を開けるとそこには見慣れた神石の姿があった。


(成功だ!)


 嬉しさのあまり顔を上げるとその様子をかぎ取った遺族が駆け寄ってきた。神石を見ると頭を伏せ、ひたすらに感謝の言葉を繰り返す。


「アユム、その方をご家族の元に」


 ヨミの言葉に一瞬何のことか戸惑うアユムだったが、サリナが視線で教えてくれた。アユムはおずおずと手元の神石を渡す。


 遺族はひとしきり感謝の言葉を述べ終わると、神石と共に帰っていった。


「お勤め、ご苦労であった」


 遺族が帰った後、力が抜けて座り込むアユムに向かってヨミは言った。しかしその言葉はうまく届かずにいた。


(じゃあいままで僕が使っていたのは……)


 サリナはそんなアユムに同情するように目をやったが、何もを語ることなく去っていく。アユムは一人部屋に残されるのだった。

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