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オオカミ様がいた村  作者: 降雪 真
第1章 田舎暮らしはカズイシ村で
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オオカミ様の御使い

 あれから何を見ても、あの光をもう一度見ることはできなかった。


 あれはただの見間違いだったのだと、アユムは残念に思っていた。それほどあの光は美しかったのだ。




 ヨミから招集を受けたのは、それから数日経ってのことだった。


 クオンと一緒にヨミの家に行くと、以前訪れた奥の部屋まで案内された。


 襖の前でアユムはため息をつく。この部屋での思い出は、アユムにとって決していいものではなかったからだ。


(いっそこのまま帰ってしまおうか)


 そう思って振り返ると、そこにはこちらをじっと見つめるクオンがいる。アユムは観念して襖に手をかけた。


 部屋には嗅いだこともないような甘いお香が焚かれていた。そこには予想通りヨミばあさんがいる。しかし予想外なことに、そこにはサリナとコトが神妙な面持ちで座っていた。


 アユムはサリナと目が合うとほっとして軽く笑って会釈したのだが、サリナは表情を微動だにせずこちらを見つめるばかりだった。


「よくきたねアユム。そこにおかけ」


 言われるがままヨミの正面に置かれた座布団に正座するが、左右に控えるようにして座るサリナたちの刺すような視線が、何とも居心地が悪かった。


 甘い香りに頭がくらくらしてきたし、一刻も早く帰りたかった。


「今日呼んだのはほかでもない。先日お主が使った魔法のことだ。


 あのときお前さんの目には、一体何が見えていたのか教えてごらん」


 アユムは何のことを聞かれているのかわからずためらい、しどろもどろになりながらあの日のことを話した。その間ヨミは言葉を挟むことなく聞いていた。


 しかしアユムが「あの時、シカの周りを淡い、美しい光が見えた気がして」と話したとき、隣ではっと息を飲んだのがわかった。


「どうやら間違いないようだね」


 ヨミは大きくため息をついて言った。


「アユム、あんたにはどうやら、オオカミ様の御使いとしての力が備わっているようだ」


「オオカミ様のみつかい? それは一体何ですか?」


 聞いたこともない単語にアユムは首を傾げ訊ねた。


「オオカミ様の御使いとは、オオカミ様との関わり方を伝え継ぎ、儀式を執り行う者のこと。


 そしてそのために与えられる力こそ、先日お主が使った生命を司る力なのさ」


「え、でもあれはたまたまそう見えただけです」


 突然そんなことを言われても困る。アユムはきょとんとした顔で答えた。


 するとヨミは立ち上がると、ゆっくりとこちらまで歩み寄り、アユムの目を手で覆う。かさかさとした冷たい手が、アユムの目を塞いだ。


「いいかい、あの時のことを思い出し、目を凝らすのだ」


 ヨミに言われるまま目に意識を集中するが、暗闇しか見えない。漂う甘い香りに頭はくらくらするし、いまどこが上なのかすらわからなくなってきた気がした。


 だがその内、チカチカと微かな光が見えてきた。その光は徐々に大きく見えてくる。そのタイミングで不意に手がどけられた。 


「いま、何が見えている?」


 ゆっくりと目を開ける。するとそこには以前見たように、美しい光がヨミを漂っているのが見えた。


 しかしヨミの顔を見たとき、驚きのあまりアユムは声を上げて立ち上がってしまった。なんとヨミの目が、赤く輝いていたのだ。


「何でこんな…」


 慌てふためき周囲を見渡すアユム。


 左右どちらを見ても、サリナもミコも、赤く輝く目がアユムのことをにらみつけている。


「落ち着いてこれをご覧」


 ヨミはそう言って鏡を差し出してきた。なんとそこには同じく、赤く輝く目をしたアユムがいた。


 アユムは驚きのあまり鏡を落としてしまい、ガシャンという音とともに鏡が砕け散った。


「この赤く輝く目こそ、オオカミ様の御使いたる証よ」


 ヨミの声が重く響いた。


「古来より、オオカミ様の御使いたる力はオオカミ様に仕える一族にのみ宿るものである。我らはその力を使って祭事を執り行ってきた」


 ヨミはそこまで言うと目を伏せ、何かを考えているようだった。


「その力が何故迷い人たるお主に備わっていたのかはわからん。しかしこれもきっと、オオカミ様の思し召しじゃろうて。しかしアユム、この力、決してみだらに使ってはならんぞ。


 お主はあのとき、シカの命を奪った。扱いを誤ればそなただけでなく、誰かの命さえ危うくする恐ろしい力であること、ゆめゆめ忘れるでないぞ」


 アユムの頭にはあの時この掌で砕け散った光が思い返されていた。あのとき散ったのはシカの命そのものだった。それと同時に、目覚めたときのことを思い出す。


(もしあの時間違えていたら)


 アユムは慌ててクオンを見た。そこにはいつもと変わらずこちらを見つめるクオンがいた。


 まるで何事もなかったかのように、穏やかな表情で。


 その日から、アユムのオオカミ様の御使いとしての日々が始まった。

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