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オオカミ様がいた村  作者: 降雪 真
第1章 田舎暮らしはカズイシ村で
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焦りと新しい力の目覚め

 風魔法にできることは、気配を絶つことだけではない。どこまでも届く風は、どこに何があるのかを教えてくれる。


 クオンと共に森や山に入ることも増え、クオンや動物たちが周囲を探る様子を見てアユムは風魔法の使い方を学んでいた。


 風をなるべく遠くまで飛ばし感覚を研ぎ澄ませると、どこに何があるのか何となくわかる。クオンはそれを「精霊がささやく」と言っていた。


 まるで自分が風になって木々や動物たちの間をすり抜けていくような感覚がアユムは好きだった。


 アユムは村の子どもたちの間では誰よりも風魔法の扱いがうまく、かくれんぼでは敵なしだった。


 もうクオンがいなくても獲物を見つけることもできるし、狩ることもできる。その自信があった。しかしクオンは決して、一人で狩りに行くことを許してくれなかった。


 アユムはクオンに一人前だと認めてほしかったのに。


 そんなある日、雪が舞う中アユムたちが獲物を探し求めていたとき、アユムはとある違和感を感じていた。


 いつも通り風魔法で周りを探っているのだが、どうにも風が通りにくく、見通しの悪い場所があったのだ。


 アユムは何となくそこを重点的に探ってみる。するとそこには1頭のシカが見つかった。これまで見たことないほど立派な角と体格をしたシカだ。


 アユムは嬉しそうにクオンに話した。しかし風魔法を使ったクオンはゆっくりと首を横に振った。


「あれは無理だ」


 納得がいかないアユムは当然クオンに詰め寄る。そんなアユムに、クオンは諭すように言った。


「あいつは常に周りを警戒し、見晴らしのよい場所を譲らない。あいつの周りの風の揺らぎを感じてみろ。あいつは風を巧みに操り、最小限の魔法で気配を誤魔化し続けている」


「でもクオン、僕は見破ることができたんだ。奴より僕のほうが魔法の腕は上だ。すぐ近くにあれほど見事なシカがいるのに、諦めるなんておかしいよ」


 クオンはそんなアユムの様子にため息をつく。


「確かにあいつを見つけられたのは凄いことだ。上達したな」


 クオンはそう言って不器用に頭を撫でようとする。だがアユムはそんな手を振り払った。


「いつまでも子ども扱いしないでよ。クオンはそこで待ってて、僕が一人であいつを狩ってやるから」


 アユムはクオンが止めるのを無視して進んでいった。クオンはしばらくこちらを見ていたが、諦めたように首を振ってその場で待機することにしたようだった。


(これはチャンスだ)


 アユムの胸は高鳴っていた。風魔法を使ってじっと相手の様子を探ると、いまも変わらず油断している気配はない。


 間違いなくいままで見たことのないほどの強敵だ。


 アユムは慎重に慎重に歩みを進めていった。




(この距離なら当たる)


 そう思って目を凝らしたとき、アユムの目には奇妙なものが見えていた。


 シカの周りを美しい光が見えるのだ。それは拍動するように波打っている。アユムは思わずその光に見とれた。


(こんなことをしている場合じゃないだろ)


 アユムは雪に頭を突っ込み、深く息をついた。雪は冷たく、アユムの気持ちを鎮めてくれた。


 改めてシカを見ればそこに光などない。アユムは眉根を寄せながらも気を取り直し、ゆっくりと矢を番えた。


 そのとき、急に風向きが変わったのを感じた。


 シカがびくりと体を震わせ、こちらを向いたかと思うとすぐに反対方向へと駆けだした。


 自然の風がシカに味方したのだ。


 一息遅れて放たれた矢は尻に当たったが、厚い脂肪に守られ致命傷にはいたらない。シカは血を垂らしながらも確かな足取りで逃げてしまう。


(悔しい、あいつさえ狩れれば、クオンに認めてもらえたのに)


 アユムはきっと走り去るシカを見ていた。血走った目で見ると、再びシカの体表には美しい光が|たゆたっているのがわかる。アユムは思わず手を伸ばした。


「あの光を奪ってしまえばいいのよ」

 どこかで聞き覚えのある声がした気がした。


 もはや遠く小さく見えるシカに向かって伸ばした手をぎゅっと握ると、確かな手ごたえを感じた。


 それと同時に、ぴたりと遠くにいたシカが動きを止めたのが見えた。


 手の中の光は、手ごたえこそあれど、シカから中々剥がれない。アユムは全神経を手に集中させた。少しでも気を抜けば、指を弾かれ逃げ出してしまいそうだった。




 どれほど格闘していたのかわからない。すとんと落ちたように、シカから何かが剥がれ、手の中に残った感触があった。


 と同時に、ドスンと音がして、遠くのシカが倒れたのが見える。驚きながら手のひらを見えると、そこにはあの美しい光があった。それは手のひらを焼くように熱く輝いている。


 そのとき、光に見とれるアユムを酷い頭痛が襲った。鼓動に合わせ、徐々に痛みは増していく。アユムは思わず頭を抱えこんでしまった。


「パキン」


 音に気がつき手のひらを見れば、光が弾け、散り散りになっていくのが見えて……アユムはゆっくりと意識を手放した。



「…クオン?」


 目を開くと、そこはいつもの家の天井で、クオンがすぐそばに座っていることがわかった。


(いつの間に家に帰ってきたんだろう)


 アユムがいぶかしみながら起き上がると、ひどく頭が重いのを感じ、ふらふらとベッドに倒れ込んだ。クオンが珍しく慌てふためきアユムを覗き込んでいるのがおかしかった。


 目をつむりながらゆっくりとアユムは昨日のことを思い出していた。目の前で散ってしまった、あの美しい光のことを。


 手のひらにまだ残るあの感触を思い出しながら、ゆっくりと目を開ける。するとそこにはいまだにアユムの顔を覗き込む、光り輝くクオンの顔があった。


「ごつん」という音とともに頭に強い衝撃が走る。驚き、目をちかちかとさせながら痛む頭を抑えながらうずくまるアユム。その頭をふわりと手が被さった。


「心配させるな」


 刺さるような強い視線を感じながら、アユムは頭を上げられずにいた。申し訳なさと、さっき見たものが信じられなかったのだ。


 胸がどきどきとうるかった。

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