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オオカミ様がいた村  作者: 降雪 真
第1章 田舎暮らしはカズイシ村で
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アユム、狩りに出る


「明日はお前も狩りに出るか」


 雪がちらつき、寒さに震えながら暖炉に炭をくべているとクオンは言った。思わず立ち上がり何度も確認すると、アユムはガッツポーズをとり飛び跳ねて喜んだ。


 クオンは冬になると一人で森や山に入り、何日も戻らないことが増えた。


 帰ってくるたびにクオンはシカやウサギ、イノシシといった獣を必ず何頭も獲ってくる。


 その姿はヒーローのようで、肉が多く並ぶ豪勢な食事よりも、言葉少なに語るクオンの狩りの話にアユムは胸を躍らせていた。


 だがこれまで何度一緒に行きたいとお願いしても、クオンは狩りには連れて行ってくれなかった。だからこそその言葉が嬉しかったのだ。


(いったいどんな獲物が獲れるんだろう。)


 アユムの胸は高鳴るばかりだった。

 

 クオンに言われて狩りの準備をしていたとき、クオンはどこからともなく、長袖のシャツとボトムスを持ってきた。


 一見すると薄く、こんなものを着て意味があるのかと不思議に思うようなものだ。


「これは街で売られているものだ。魔力を通すと驚くほど暖かい」


 アユムは言われるまま着込んで魔力を通してみる。するとさっきまでの寒さが嘘のようになくなった。


 アユムはほかにもクオンに言われるまま、いくつかの保存食と塩や味噌を準備をしてその日は早々に床に就いた。


 しかし興奮するあまり中々寝付けず、結局寝たのは夜更けになってしまった。




 次の日、まだ日も昇らないうちに二人は家を出た。


 まだ日は出ていないのに、雪が光を反射しているためかそれほど暗くはない。


 ただ強烈な寒気に思わずアユムは身を震わせた。だがアユムは頬は赤く高揚させ生き生きと歩いて行った。


 この先に待つだろう大冒険のことを思えば、寒さなど気にもならないのだった。


 2人が向かった南の森には低い樹が多く、見晴らしのよい場所に恵まれた森だ。


 道すがらクオンはアユムに、狩りをするときの魔法の使い方を教えてくれた。


 風魔法は身に(まと)うことで人の匂いや音を漏らさないようすることができる。逆に風を周囲に送ることで獲物を見つけることもできるということだった。


(この景色はいったいクオンにはどんな風に見えているのだろう)


 見えるのは、見渡す限りの雪景色。


 へばりつくように重い雪に、着いていくだけでも必死だったアユムはずんずん先に行くクオンの後姿を見て思った。


 クオンは時折アユムを呼びつけては、足跡や糞、樹についた傷跡などから、これはどんな種類の獣で、どんな大きさ・性格をしているのかまでわかるのだと教えてくれた。


 冷たい雪に覆われたこの森は、クオンにだけ饒舌(じょうぜつ)に獲物のありかを教えるのだ。


 アユムはクオンの背中を見て、ほぅと深くため息をついた。



「あそこの茂みまで回り込んだら、大きな音を鳴らせ」


 風魔法による気配の隠蔽に慣れ始めた頃、クオンは言った。


 指差す方向にはシカの群れが見える。


 風の魔法を身に纏うと微かな耳鳴りとともに、静寂な世界が訪れる。


 さっきまで聞こえていた音が聞こえない代わりに、自分の音だけがうるさいまでに大きく聞こえてくる世界。


 見ているものと、聞こえてくるはずの音が食い違うその違和感に、アユムはいまだに慣れずにいた。


 シカは雪をかき分け、美味しそうに葉を食べている。こちらにはまだ気づいていないようだ。


 アユムは緊張を抑えようと唾液を飲み込み、一歩一歩慎重に進んでいった。


 魔法で音は届いていないはずなのに、中でも一際大きなシカが、突然頭を上げ、周りをきょときょとと見渡し始めた。アユムは体を丸め、呼吸を抑えながら必死にやり過ごす。

 

 自分のせいで逃げられたらと思うと気が気じゃなかった。


 やっとの思いで指示された茂みに回り込むと、さっきまでいた茂みにいたクオンが、矢をつがえているのが見えた。クオンが頷く。準備ができた合図だ。


(かしこみかしこみももうす)


 アユムは落ち着こうとおまじないを頭の中で何度も唱えた。


 手や脇からは変な汗が出てきて気持ちが悪い。ぎゅっとまぶたを閉じると意を決して茂みから飛び出し思い切り叫んだ。

 

 ところがアユムの口からはかすれたような声しか出ない。


(失敗した)


 アユムは頭の中が真っ白になった。しかし一瞬の沈黙の後、シカは突然出てきたアユムに驚いたのか、高く鳴いて反対側へと逃げ出そうとした。


 そのとき、キラリと何かが光り、それが小気味よい音とともにシカの首に突き刺さった。


 真っ赤な鮮血が首から出て、雪に散る。シカはアユムの目の前でスローモーションのようにゆっくりと倒れていった。


「アユム、こっちに来い」


 喜ぶわけでもなく、何でもないことをしたと言わんばかりに、平然とクオンは倒れたシカの元へ歩いて来て言った。


 言われるがまま近寄ると、そこにはシカがいる。しかもまだ生きているようで、視線をクオンに向け、力なく足を動かしている。


 一瞬、その瞳がこちらを向いた気がして思わずアユムは目を背けた。


「おんころろ なら せんだりそわか」


 視界の端でクオンは手を合わせ、何事かつぶやいていたかと思うとシカにとどめを刺した。


 肉が腐らないように雪を被せ血抜きをしている間に、2人は昼食をとることにした。


 鍋の中に干した肉と野菜を入れ、雪を溶かし入れ煮たあとに味噌を加えたシンプルなものだ。


 温かい味噌汁を音を立てて飲む。味噌の塩気が体にしみじみと沁み入るようにうまい。途端にアユムは自分の手がひどく震えていることに気がついた。


 二人のかたわらにはさっきまで生きていたシカの亡骸がある。アユムは深く息を吐いて、いま、一つの命を奪ったことを噛みしめていた。


「俺が初めて仕留めたのは、小さなウサギだった」


 クオンが誰に言うでもなく言った。


「丸く小さな糞があったから近くを探してみると巣穴はすぐに見つかった。はやる気持ちを抑えて茂みで待っていた。


 だがこちらの気持ちを察したのか、いつまで経ってもウサギは出てこない。


 ほかを探せばいい。


 わかっていたが意地になっていたんだろうな。冷えていく一方の体を魔法で無理やり暖めて待ち続けた。


 何をしているのか自分でもよくわからなくなったとき、そいつはひょっこり顔を出した。鼻をしきりに動かしながら歩いてた。


 慣れた動作で矢を放つ。そのとき目が合った気がする。


 矢は吸い込まれるように刺さり、そいつはもう動かなくなった。


 命はこんなにもあっさりと散るんだと、そのときわかったんだ」


 クオンは再び手を合わせ先ほど唱えていたまじないをつぶやいた。


 クオンも意味まではわからないが、あれは、解体する前のおまじないなんだと教えてもらった。


 その後クオンに教わりながらシカを解体していった。


 見る見るうちに見慣れた肉の姿に変わっていく。もうそこには元気に跳ね回っていたシカの姿はなかった。




 その日クオンが「アユムの初めての獲物だ」とマリの宿屋へ持って行くとマリはとても喜び、シカ肉のシチューやロースト料理などふるまってくれた。そのどれもが最高においしかった。

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