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オオカミ様がいた村  作者: 降雪 真
第1章 田舎暮らしはカズイシ村で
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くだらない人生なんていらない

長編小説は初投稿です。お見苦しい点もあるかと思いますが何卒よろしくお願いします。

そして初めはちょっと暗いかもしれませんが、すぐほのぼのとしたシーンに七変化していきますのでご安心ください!


「あなたをお待ちしておりました。

 あなたを(さいな)むすべてを脱ぎ捨て、きらめく世界に生まれ変わるのです」


 彼女はあっけにとられる俺に、そう言ってほほ笑んだ。


 それはどうしようもなく惹きつけられるものだった。



 自宅と会社を往復するだけの日々。こんな生活の唯一の救いは、帰る頃にスーパーに駆け込むとぽつんと置かれている3割引きの弁当くらいなものだ。


 そんな日々に嫌気が差して、休日くらいはどこかに出かけようかと考えるのだけれど結局は寝て終わってしまう。ごみ溜めみたいな部屋の中、しなければならないことなんていくらでも目につくのに、何もする気は起きなくて。


 何か一つ行動すれば、とたんにすべてが動き始めるように思うのだけれど、気持ちも体もちっとも動いてくれないのだ。


 ほこりの溜まったフローリング、公共料金の支払い、何かを出してフタが開いたままの収納ケース。それらの全てがいまの自分を責め立てるようだ。

 

 小林歩向歩向(あゆむ)は大学院を修了してからの7年間、いくつかの会社を転々とし、いまの会社は勤めて3年になる。


 その日も「やりがい」だけが支払われる残業を終えて、家路についていた。


「お前からはガッツが感じられないんだよね。かじりついてでもいい仕事をしてやろうっていう気負いがさ。

 

 この仕事ができるなんて誰にでもできることではないんだよ。前にも中途半端なことしかできなくて別の部署に飛ばされたやつもいたけど、お前もこのままじゃいつそうなってもおかしくないんだからな。


 もっと死ぬ気で頑張れよ」


 いつの間にか2人きりになったオフィスからの帰り際、一緒になった先輩社員から言われた言葉がぐるぐると頭の中をよぎる。あの後も先輩は、電車の中でできることなど具体的なアドバイスを話してくれた。


 電車の中、歩向は吊り革に掴まりながら言われた通りいくつかの資料に目を通していた。しかし目が文字を上滑りするだけで頭にはこれっぽちも入ってきてくれない。歩向はそんな自分に絶望した。


 歳近い同僚は目を輝かせながら働いているのに、何故自分にはできないのだろうか。耐えられず携帯を取り出しSNSを手癖のようにのぞいてみれば、ほかの誰かの楽しそうな日常がこぼれだしてくる。


(一体俺は何をしているんだろうか)

 仕事のやりがいなんてすでに無くして跡形もない。


 機械のように家から最寄りのスーパーに寄って買った冷めた弁当を片手に歩いていた歩向は、何でもない段差に気づかず転んでしまった。


(一体なんで生きているのだろうか)

 趣味も、恋人もなく独りで。

 

 歩向と、落とした拍子に散らばった総菜を避けるように人は過ぎ去っていく。歩向はそんな人たちを眺めながら、起き上がる気力も無くしてしまっていた。



 ふと脇に視線を向けると、飲食店の合間を縫うように真っ赤な鳥居が立っているのが見えた。「帰らなければ」と二の足を踏んでいた足は、自然と鳥居の方へと向かっていた。


 一つかと思っていた鳥居はぴったりと重なっていたのか、くぐると2mと間隔を開けず、また次の鳥居が次々と姿を現す。


「どうぞこちらへお進みください」


 歩向が物珍しそうに鳥居を通り過ぎる中、凛とした少女の声が鈴の音のように響いた。歩向はその声に導かれるようにして進む。


 時間が経つのも忘れいくつもの鳥居を潜り抜けた先、そこにはぽつんと小さな社があった。


「よくお越しくださいました。私はこのお社の巫女、サクラとでもお呼びください。あなたをお待ちしておりました」


 突然耳元で聞こえた声に驚き振り返り見れば、そこには長い黒髪の巫女姿をした少女が立っている。「お社」と少女は言うが、そこには少女の背丈の3分の2程の高さの小さな社しかなかった。


(こんなところに何故巫女が?) 

 違和感に歩向は何も話せずにいた。


「不敬である」


 誰もいなかったはずなのに。また聞こえてきた声に驚き振り返れば、そこには鳥居と狐の石像があるばかり。だがそこには強烈な違和感があった。


 石像の首だけが不自然に折れ曲がり、こちらをにらみつけているのだ。


「こんなところまで入り込み、かと思えば呆けたように何も応えない。貴様についた口がただの飾りと言うならば、物言わぬまま食べられても文句はあるまい」


 理解が追い付かない事態に、口をパクパクと動かすことしかできなかった歩向を見て、可笑しそうにサクラは笑った。


「そんな意地の悪いことを言うのはおやめなさい。折角来てくださったのに、こちらこそ失礼ではありませんか」


「しかしサコの言うことももっともでしょう。このような奴、役に立つかどうか」


 先ほどとは違う狐の石像が、吐き捨てるように言った。その目線は見下すように高くから歩向に向けられていた。


「・・・一体何なんだよ」

 歩向はそうつぶやくと、へなへなとその場に座り込んでしまった。


「驚かせてしまって申し訳ありません。

 彼らはサコとウコ、このお社と私を守る狛狐(こまぎつね)です。


 口は悪いかもしれませんが、私やお社に害することがなければ絶対にあなたを傷つけることはありませんよ」


 差し出された手を掴み歩向は起き上がろうとするが、サクラの手を掴むやいなや、払いのけるように手を離し転んでしまった。その手はしっとりと、だがぞっとするように冷たかったのだ。


 歩向が一人で起き上がるのを確認すると、サクラは手を払いのけられたのを気にするそぶりも見せず、ぱっとほほ笑んで言った。


「あなたをお待ちしておりました。あなたを苛むすべてを脱ぎ捨て、きらめく世界を生きる誰かに生まれ変わるのです」


「何もかも突然のことで、さぞかし驚かれていることでしょう。だから一から説明をさせてください。

 

 ここはあなた方が知る神を(まつ)る社ではありません。ここは入り口、旅立ちの場所。あなたには、私の世界を救ってほしいのです」


 最近まで流行っていた「異世界転生」を題材にしたライトノベルを、歩向はよく知っていた。電車の中でもよく読んでいるお気に入りのジャンルだ。


 だがそれだけに、それがどれほどあり得ないかということも繰り返し感じていたことだった。歩向は深くため息をつくと、落ちていた荷物を拾い、来た道を引き返し始めた。


「いいのかよ、これはチャンスだぜ?」


 にやにやとと笑うサコ。これもよくできた作り物だ。最近の技術には感心してしまうものだと歩向は思った。


「信じるか信じないかなどどうでもよい。だがその態度、我慢がならんな」


 それまで興味が無さそうに目を背けていたウコが、きっと歩向をにらみつける。その視線の険しさに、思わず身がすくんでしまう。


「怯える必要はありません」


 いつの間にか背後に立ち、耳に息がかかるような距離でサクラがそうつぶやくと、そっと肩に手を添えささやく。


「こんなこと、突然言われて信じられないのも当然です


 でもこれは本当の話で、あなたは選ばれここにいる。私はそんなあなたに特別な力をお渡しして、異世界へとお送りするためにここにいるのです」


 伺うようにそっと後ろを振り向けば顔のすぐそばにサクラはいて、かと思えば肩を撫でるようにその手とともにゆっくりと離れていった。


 歩向はその様をスローモーションでも見るように見つめていた。


 突然、差し出されたその手から、青い炎がポッと燃え上がった。決して燃え広がることもなく、ゆらゆらと揺れる炎が、サクラの顔を照らしている。


 ふっと手を振ると、炎は立ちどころに消える。かと思えば、パチンと響いた指の音と共に辺りには沢山の小さな炎が次々と生まれ、ゆっくりと降り注ぐのだった。


「これが私の、そしてあなたのものとなる力です。少しは信じていただけましたか?」


 炎にチリチリと焼かれるのを感じながらも、歩向はそう言って美しく笑うサクラから目を離せずにいた。


「あなたがこれから旅立つ世界は、魔物(モンスター)がはびこる危険な世界です。ですが同時に、この魔法の力が存在する世界でもあります。人々は火や水、風といった自然現象を操ることができます。


 しかしその力の多寡(たか)は人によってさまざま。生活のためにごくわずかな力しか使えない人がほとんどです。しかし中には空を自由自在に飛ぶ者もいれば、万を超すような大群さえも、たった一つの魔法で屠ることができる人もいます。 


 どんな力が手に入るかは、あなたが差し出す代償次第ですが」


 それまで辺りを明るく照らしていた炎が目の前からすっと消え去る。


「代償って何ですか?」


「記憶や経験、あなたがこれまでに体験してきたすべて。それらを代償に、魔法を操る新しい力をあなたに授けることができます。あなたは新しい世界で生まれ変わるのですよ」


 顔を強張らせる歩向を見て可笑しそうに笑いサクラは続けて言った。


「とはいえ、もちろんすべてを差し出せというわけではありませんよ。そんなことになったら生きていくことさえままならないですからね。


 ……10年、それだけいただければ人並みの力を授けることができるでしょう」


「……では、それ以上支払えばどうなりますか?」


「もちろん、得られる力はより大きくなるでしょう。

 そうですね、仮に20年いただけるのであれば、新しい世界でも稀な力を授けることができるでしょう」


 サクラがそう言って手を出すと、炎が一瞬にして燃え盛り立ち消える。炎の代わりにあったのは1枚の紙とペンだった。


「これが契約書。あなたの名前と差し出す代償を書いてください」


 歩向は何かに憑りつかれたかのようにペンを手にとった。その頭には小学生だった頃の自分の姿がある。歩向は迷うことなく「20年」という時間を名前とともに書いていた。


 契約書にサインをした瞬間、紙は青い炎に包まれた。あまりの熱さに歩向は思わず手を放してしまう。背後からはどちらのものともしれない、クスクスと笑う声がする。


「これで契約は成立しました。あなたの人生が、より実りあるものになることをお祈りいたします」


 社がバタンと音を立てて開く。そこには真っ暗な闇が広がり歩向を吸い込もうとする。

 

 歩向は慌ててサクラを見るが、サクラはこちらを一瞥もしておらず、2対4つの赤い目がこちらをにらみつけていた。

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