「君たちに告げなければならないことがある。とても重要なことだ」
ロイド家にたどり着いた。
今日はたまたまレンズさんがいてくれたので、俺たちはそのまま話を聞くことができる状態だった。
俺たちは前回と同様書斎に通される。
2脚の椅子が置いてあったので、そこに腰かけた。
前回と同じようにレンズさんは机の向こう側に座った。
そして、いつになく神妙な面持ちで、顔の前で両手を組んでいる。
なんだろうか、俺はそのポーズを始めてみたが、まるで人類を危機にさらす、聖書偽典のエノク書の天使の名に由来する生命体と対峙している組織の司令塔のようなポーズだ。
「あれは私の世界ではゲンドウポーズと呼びます」
こしょこしょと小さな声でカレンが伝えてくる。超どうでもいい情報すぎて呆れるが、しっくりくる感がすごい。パズルの最後のピースをはめたときぐらい超絶しっくりくる。ゲンドウポーズだよあれは。
「カレン、アル、よく来たね」
レンズさんは重い口を開いて、いつもより一段低いトーンで語り始める。
どうしたのだろうか、この重苦しい空気感。
まるで俺たちの周りにどろどろとした、黒く粘り気の強い液体がまとわりついているかのような。
まさか、と俺の頭は最悪の事態を想定する。
まさか、材料調達のルートが立たれたのか?
あるいは、前回の話はなしにされてしまうのだろうか。
俺たちの何がまずかったのだろうか。
カレンの方を見ると、カレン自身も緊張しているようで、引きつった顔をしながら次の言葉を待っていた。
どちらにせよ、カレンも俺も、その場の空気が今まで感じたことがないほど重いことは理解していた。
「君たちに告げなければならないことがある。とても重要なことだ」
これから先、どれほど恐ろしい宣言が待っているのか。
俺たちは覚悟しなけばならない局面にいるのは確かだった。
「実はな……」
レンズさんは1つ1つの言葉を確かめるように口にしていく。
やめてくれ、その先は言わないでくれ……。
俺とカレンのささやかな夢が砕けてしまうのは、あまりにも辛い。
何より、カレンがかわいそうだ。
「前回君たちが来た時から考えたんだが」
レンズさん、やめてくれ、あんたはそんな人じゃなかったはずだ。
「やっぱりな……」
契約を守らないなんて、格好悪い大人じゃなかったはずだ。
ただ、俺のその願望もむなしく、レンズさんからの口からは次の言葉が繋がれた。
その言葉は、咆哮だった。
「俺の大切な『畑で種付け(性的な意味で)』シリーズの最新作がなくなってるんだよォォォォォッ!」
しまったァァァァァ、原子レベルに分解して再形成し忘れてたァァァァァ!
ヤベェ、やっちまったよ、俺の人生史上最大の失態だよ、レンズさんの大切な薄い本地に還したまま俺も帰っちゃってたよ。
そしてそのことをそんな神妙な面持ちで言い放つあんたは俺の人生史上最大の変態だよ。
見てよ、カレンなんてマジで産業廃棄物を見るかのような瞳でレンズさんを見てるよ?
俺あんな目見たことないよ、色々と意地悪とかしてる俺を見るよりよっぽど冷徹な瞳だよ、君の瞳は絶対零度だよ。
ただ、ここで正直に白状すれば、カレンが交わした契約が反故にされかねない。
俺は周囲に滞留する薄い本の気配を感じとる。
そして、俺は静かに、レンズさんに気付かれないぐらいに手をあげ、以前レイリーがそれを取り出した位置に力を送る。
大丈夫だ、まだこの部屋の中から薄い本の残留思念を感じる……!
残留思念から本の再形成とか錬金術でできるのっていうツッコミはなしだ、俺は史上最強の錬金術師、それぐらいのことはやってのけてみせるッ!
薄い本、再形成……ッ!
距離が離れた場所に再形成することは初めてだったので、異常に疲れた。たとえて言うなら賢者タイムに入ったぐらい疲れた。結局下ネタじゃねえか。
ただ、確信がある。
薄い本は……復活したッ!
「あれ、レンズさん、本棚の後ろに本がありますよ?」
「なんだとッ!?」
レンズさんは獲物を見つけた狼のような俊足で棚の後ろへ駆け寄る。
男は狼になるって本物だったのね。人狼だったら100%処刑されたよレンズさん。
「おおッ! 本当だッ! 100回ぐらい探しても見つからなかったのにッ!」
2,3回で諦めろよ、馬鹿なの?
「よかった、本当によかったッ!」
まるで長い間生き別れになっていた息子と再会するかのように、その作品を顔に押し当て愛でるレンズさんの姿がそこにはあった。
まあ確かに、結構あんたの息子から分泌されたものも含まれてた気がしますけどね?
ちなみにその辺は浄化しておきました。感謝してください。
俺とカレンはレンズさんの感動の再開を絶対零度の瞳で見つめながら時が過ぎるのを待った。
相変らずパンチの効いてる人だな、レンズさん。