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この世界について

「おじさん、レンズさんに話を聞きに行きたい。どうしよう」


「今日家にいるか分からないま。あの人、そこそこ家を出てることも多いんだわ」


「だよねえ……。連絡手段って何があるの?」


「直接会いに行く」


「え? 手紙とかないの?」


「この辺はポストがないから、直接村に行った方が早いな。というか、今日会いたいと思って今日会えるなんてことはないだろ、普通」


「いや、現代社会だったらそれが普通だからね? 相手に用事が無かったらだいたい今日会いたいって思ったら今日会えるよ。LINEとかで一発だよ」


「そうか、俺には今日会いたいと思う人なんて全然いなかったからこの時代でも困らなかったわ」


「おじさん、その自虐ネタは相変らず私のライフポイントも削ってくるから止めて。もう私のライフはゼロよ」


「なんとなくそれはやばそうな雰囲気だな」


 俺はライフがゼロという表現にそこはかとないヤバさを感じて話をいったん切る。


「どうしてレンズさんに会いに行きたいんだ?」


「んー、この世界のことについてもうちょっとしておきたくて。現状とか色々」


「そうか。まあ、俺の知ってる範囲でなら答えるぞ」


「おじさんの知識はあんまり当てにならない気がする」


「なんでだ?」


「だって、知識を仕入れる友達とかいなかったわけでしょ?」


「ご名答すぎて吐血しそう。他人に言われると結構心に来るな」


「ごめん、そんな悪気はなかったんだけど……」


「それじゃもっと重症じゃねえか」


 言葉は刃物なんだっていう名言があってだな?


「まあそれなら、村に降りながら話すか。俺の知っていることなら伝える」


「うん、ありがとう」


 話のけりがついて俺たちは支度をして外に出た。


「なんか気になることから適当に聞いていっていいかな?」


「どうぞ」


「まず、この世界の本っていうのはどういう位置づけなのかな? かなり貴重品なの?」


「そうだな。レンズさんの家に書斎があったからそんな認識はないかもしれないが、あれはレンズさんが大枚をはたいて集めたからああなっているだけだ。一般市民はそうめったに本は持ってない。聖書は教会から無料配布されているから持っている人は多いな」


「そうなんだねー。識字率とかわかるかな?」


「識字率?」


「文字を読める人がどれくらいいるか、みたいな」


「そうだな、教会に行っている人は読めるだろうが……。聖書に書いてある内容を読めないと話にならないからな、家庭で教育していると聞く。ただ、教会に行っていない人は読めないことも多い。それこそ教会がない地域は、わざわざ文字を読む習慣がないから識字率はそこまで高くない。都会と田舎の差はある状態だろうな」


「詳しいねおじさん。なんでそんなに詳しいの?」


「俺は錬金術師で色々なところを渡り歩いていたからな。まあ、そこそこ広い地域は知ってる」


「そうなんだ。図書館はあるのかな?」


「図書館?」


「本が、一か所に集まってるような場所」


「レンズさんの書斎みたいな形であるじゃないか」


「あー、いや、こう、誰でも読めるみたいな形で開放されていて、市民は誰でも本にアクセスできるような環境かな」


「それは俺が知る限りはないな。あったとしても、個人が趣味で集めた本を、お金を取りながら開放したりしているぐらいだ。それこそ教会はその役割を担っている所もあったな」


「そうなんだ。有料なんだね」


「情報は貴重だからな。普通そうだろ」


「んー、まあそうだよね。現代社会じゃ結構情報は無料感があるから忘れてたよ」


「どうなってるんだその社会、大丈夫かマジで。情報だって集めたりするのに時間がかかるだろうに、その労に報いる形での報酬が発生しないとかまずいんじゃないか」


「うん、そこは私も微妙な気持ちで見てたよ。まあでも、今のところは不可避の流れになっちゃってる感はあるね」


 うーんと腕組みをしながらカレンは答える。


 どうやらその問題は彼女な中での問題意識は大きいようだ。


 俺には情報が無料になる感覚なんて全く分からないのでさっぱりだが。


「どうしてそんなことになってるんだ?」


「どうだろ? 私もよく知らないけど、無料で情報を発信したい、してもいいと思えるがいて、それを調べだせる環境も整っていたら、無料で出したくないと思ってる人も強制的に、同じような内容だったら無料にしないとダメじゃん? そういうサイクルが回って、どんどんいろんな情報が無料になってるんじゃないかな?」


「そういうものか。確かに、環境が整ってしまえば起こりそうだな」


「何度も言うように、微妙な気持ちではあるんだけどね。どうすればよかったのかなーって感じ。まあそれはこれからも情報の在り方が大事になってくるときに考えるよ」


「そうだな。ほかにも質問はあるか?」


「ほかねー。この国? の主要産業は何?」


「綿織物だな。だから、お前が自動化しようとしているのはこの国の主要産業真っただ中だよ」


「んー、そうだよね……。そうなると、ちょっと気になるんだけど、失業者に対する雇用保障制度みたいなのはあるの?」


「保証制度? 随分とぬるい発想だな。そんなものはない。失業者は教会からの施しを受けるために教会へ行く。ただ、そういう人が溢れていると治安が悪くなるから、教会は礼拝堂と施しを送る救済堂は離れて設置していることが多い。だいたい町はずれにあるな。救済堂の施しの仕組みとしては、求人票への応募や面接を行うことで、その対価として支払われるって感じだ」


「なるほどね。ハローワークと失業保険のちょっと条件が厳しいバージョンみたいなものか。求人は優良なものが多いの?」


「優良? その基準は分からんが、まあ普通なものが多いな。職人が必要になったので募集してますとか」


「いや、元の世界だと、なんて説明すればいいか分からないけど、誰でもどこでも情報にアクセスできるネットっていうシステムがあってさ。ネットにたくさん求人情報が載ってるところがあって、そこの方が求人の質がいい、みたいな状態になってるんだよね。ハローワークの職員の方が実際にその口に言ってたから間違いないと思うけど」


「そうなのか……。まあ、ネット? というものはないから、本来はネットにあるような求人も救済堂に集まってきてるおかげか、そこそこな求人もあるんじゃないか? 中身は俺の印象では普通だったぞ。救済堂で求人を探してそこから職に就くやつも普通にいるしな」


「ふーん、そうなんだ。失業してるわけではない人も使うんだ?」


「ああ。求人情報が集まってる場所がそこだからな」


「なるほど。求人は誰でもかけれるのかな?」


「そこまでは知らんな」


「そうだよねー」


 うーんとカレンは考えごとを始める。


 そして一つの結論を出した。


「レンズさんがいなかったら今日は救済堂に行って、求人募集をかけに行こう」


「随分と急だな。まあ構わんが。ただ、その用事は一回で済むんだろうな?」


「というと?」


「何回も行ってたら交通費が洒落にならない」


「で、ですよねー……。なんか、私がしたいことができるか、救済堂に質問したいんだけどどうすればいい?」


「手紙か直接行くかだな」


「……電話ないってつらたん。伝書バトとかないの?」


 カレンは深い絶望感を伴ったため息を吐く。


「あるぞ。特定の場所に運んでくれるから便利だが、今はその鳩を俺たちが連れてきてないからどうしようもないだろ」


「そうだよね……」


 カレンの頭の上にガーンという効果音が落下してきてんじゃないかってぐらい色々と落ち込んでいる。


 俺のいる世界ではどれも普通のことなんだが、こいつがいた世界はどれほど便利だったんだろうかと、時々戦慄を覚える今日この頃であった。

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