クオリティオブライフ? 何それおいしいの?
さて、一週間ほどはかかるだろうとレンズさんに言われたので、それぐらいは暇な時間が存在するわけだ。
俺はいつも通り定期的に出かけている野草採取へ向かう。
カレンも興味があるとのことで俺と一緒に野草採取に向かった。
ちなみに、カレンは最初に着ていた学生服というのものは、洗濯が面倒なため今ではこちらの衣服を着用して生活している。
布でできたブラウスを、腰の周りで革でできたベルトでしめた簡素なものだった。
クロスフォードに降りたときにレンズさんたちに何着か分けてもらってそれを着てもらっている。
まあ農民用の服装なので動きづらさとかはなさそうである。野草採取にはぴったりだ。
この辺りには食べられる野草が多く存在し、それらを料理して食べている。
時には動物も狩りをしながら、日々の食料の糧を確保している形だ。
クロスフォードに行って衣服などを調達することはあるが、それ以外の日常生活はこの辺での生活で完結していた。
ちなみに、この世界全体の生活水準がこういった自給自足という訳ではなく、遠くの方では分業体制を敷いて色々と高度なものを生産していたりもするらしい。
貴族にものを卸したりしている人たちの世界観はそういうものなのかもしれない。
俺が遠くに視線を送りながらぼーっと考え事をしていると、カレンが俺の方に歩み寄ってくる。
「見てみておじさん、きれいだね! おいしそうだからおじさんにあげるね!」
カレンは俺にけばけばしい色合いをしたキノコを見せびらかしてくる。
「それ毒キノコだから食べるなよ」
「ちっ、知ってたか」
「舌打ちが聞こえちゃってるんでもうちょっとおしとやかにやろうな?」
時々この子は俺という錬金術師を抹殺するために送り込まれたアサシンなんではないかと思うことがあるので困りものです……。
思わず、特に意味もない文字列だけれど「アイエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」とか言ってしまいそうになったからね? いやほんと意味はない文字列なんだけどね? ネオサイタマとかいうエリアで発せられることがありそうなフレーズだなとか一瞬思ったけど、しょせんは直感的に叫びたくなった的だからね?
世界の異分子を排除する力が働いているのでしょうか?
俺たちは収集作業をコツコツと実施していたが、ふとカレンが口を開く。
「ここ一週間ぐらい暇になっちゃうけど、なんか先にしておきたいなぁ」
「先に、というと?」
「うーん、スマホを作ったりする過程で、一般の人のクオリティオブライフをあげていくためには、色々と仕込まないといけないことがある気がしてるんだよねー」
「クオリティオブライフってなんだ? だいたい言葉の雰囲気からわかるが」
「わかるならいいんじゃない、人生の質だよそのまま」
「マジでそのままだな」
特に聞かないでもよかったレベルでそのままでビビる。
話の腰を折ってしまっていたので、さっきの話題に戻そう。
「まあ、あの機械もレンズさんが仕込みをしてくれなきゃろくに完成もできない壮大な代物だったしな」
「うん。でもまあ、一番大きい要素は何をどう仕込んだら改善できるのか分からないんだけどねー」
そういってカレンは腕組みをして考え始める。
おい、仕事をしろ仕事を。
劣悪な労働環境でもないのにサボタージュとかすんな。
ただ、カレンはよほどその事案が気になっていたようでそのまま地面から飛び出した座るのにちょうどよさそうな岩に座って考え始めてしまった。
「おじさんはどういう時に幸せを感じるの? まあ、幸せ以外にも楽しいとかプラスの感情でもいいや。……んー、でもまあ、やっぱりいちばんは幸せって言葉がしっくりくるかな」
「どっちだよ」
「幸せで!」
「……分からんな」
「おじさんも日本の人みたいな発想してるねえ……」
それは科学技術が先進的に発達した国の超高度な思考様式を俺がすでに持ち得ているという圧倒的にポジティブな誉め言葉という認識でよろしいか?
たぶん言い方からして違いますね、ええ。
「自分の幸せとは何か、それを言語化しようとしないんだなあと思って」
「? それを言語化して何になるんだ?」
「だって、言語化して、『こういう時に幸せだ』ということを理解できていれば、それを実社会にあてはめることで幸せだって感じる瞬間を最大化できるじゃん? 例えば、だれだれといっしょにいるときは幸せだっていうことなら、その人と一緒に入れる時間を多くするように行動すればいいだろうし。みんなで目標を達成してやり遂げたっという時に幸せだと感じれば、チームを組んで目標を掲げて動くように意識して自分からチームを組んだりして動けばいい。その方が自分にとっても毎日楽しく過ごせそうじゃない?」
「ごもっともだな」
俺の幸せか……。
「錬金術について考えてるとき、とかか」
「恋する乙女みたいな発言なのにドラマチックさはまったくないね……」
「うるせえ。そういうお前はどんな時なんだ?」
「私? 私はねー、ありがちだけど誰かにありがとうって言ってもらえた時が一番うれしいな! ちなみに、友達とか距離感が近い人じゃないとあんまり響かないタイプ。道端でおばあちゃんとか助けてありがとねえって言われてもあんまり喜び感じないタイプなんだよねー」
「そうか、地味に非情な奴だな」
「いやいや、ちゃんと助けるからね? ただこう、あんまり感謝の気持ちとか言われなくてもいいかなってだけだから」
「そうか。そうだな、俺は錬金術でものすごくいいものができたと思った時もゾクゾクしていい気分だな」
「そうなんだ! おじさんは自己完結型だねー」
ほんほんとカレンは頷く。
「自分で幸せが完結できるからメリットだけど、逆に他人に興味がないとか言われてそう」
「そんなことはないぞ。なぜならそういったことを指摘してくれる友達さえいなかったからな!」
「やめて、なぜか私の方が心が痛んでくるから。とばっちりで心の傷負わされた感凄いから」
カレンはうっと胸の部分を押さえながら心苦しそうな顔をしている。
あるいは心臓に刻まれた古の紋章がうずいて、「まだだ、もう少し耐えてくれ……!」ってなってるるのかもしれない。中二病感が相変わらずすごい妄想だなこれ。
「私はまだそういう、自分の中だけでも完結できるモチベーションを見つけられてないからなー。そういうすごい自己完結型のモチベーションがあったから、おじさんは今世界に誇る大錬金術師になれてるんだよ、きっと」
「……なるほどな、言われてみればその通りだ。確かに努力するのも苦ではなかったしな。好きでやってた。若いやつに俺の思考をアップデートされるとは思わなかったな」
俺はふむと顎に手をやる。
納得感がすごいな。
自分がやっていると幸せや楽しいと思うことを明確化し、その方向で努力を続けられる環境に身を置けば一流になれるということか。
俺はたまたま錬金術師になったが、ありとあらゆる仕事やライフワークを選ぶ際に役に立ちそうだな。
「カレン、ありがとう」
カレンは目をぱちくりとさせて俺の方を見る。
なんだ、聞こえなかったのか?
「カレン、ありがとう」
「いや、聞こえてたから。難聴系主人公じゃないから」
「難聴系主人公が何かわからないが、とりあえずその主人公と関わる人たちは大変なんだろうなと理解した」
「うん。大変。――いや、そんなのはどうでもいいよ」
カレンはびしっと手刀を入れて突っ込む。
「さっきの話の件から、唐突に親しい人からのありがとうをぶっこまれたから口説かれてるのかと思って」
「まあ、お前がその方が嬉しいっていうならそうやるだろ、普通」
カレンはまた目をぱちくりさせた。
「お前がその方が嬉しいっていうなら」
「いや聞こえてるって。難聴系ヒロインでもないから」
そしてカレンは顔をふいっとそらしてしまう。
「や、おじさんがそういうのを考えて動くのってちょっと意外だなって思って」
「そうか? まあ、相手が喜ぶようなことは意識してやっておくほうがいいと思うぞ、俺でさえ」
「そか。うん、いいと思うよ。私はおじさんのそういうところいいと思う」
「そうか。ところでなんで顔をそらしたんだ?」
「いいじゃん、別に」
ふいっと体ごと逆の方向に向く。
怒らせたのか?
怒るようなところは特になかったと思うが……。
するとすっと体の向きを戻してカレンがこちらを振り向く。いつも通りのカレンがそこにいる。
「あ、ちなみに、さっきの口説きに反応しておくと、なんですかそれ口説いてるんですかごめんなさい狙いすぎだし気持ち悪くて無理です」
「そんな色々否定的な言葉をぶっこまれる筋合いはないと思うんですが……」
なんだか一瞬だけ亜麻色の髪の後輩が彼女の後ろ側に見えた気がするが、きっとただのヤラセだよね、気にしないもん。そういうの全然怖くないもん。ぐすん。
「ところで、なんでさっきみたいな話が出てきたんだ?」
「え? ああ、幸せの話? いやー、私が志向してるのは経済成長なんだけど、それで全員が全員しあわせになる訳じゃないからさ。それが一番悩みどころだなーって思ってるんだよね」
「随分と複雑なことを考えてるんだな。まあ失敗したらそこで終わりなんだし今はそんなこと気にしなくていいんじゃないか?」
「フォローの入れ方がネガティブすぎて私は衝撃を隠せません……」
カレンはしくしくと涙を拭くジェスチャーをして見せる。
そして、そのジェスチャーがすぐ終わると、ふと口を開いた。
「でも、できると思うよ。少なくとも、おじさんは私が想像する以上のことをしっかりとやってくれると思う」
やけに俺に対する評価が高くて困るが、まあ錬金術師だからそこはそれなりにな。
「あとは、私が頑張るだけ」
そういってカレンは強く拳を握る。
その拳はかすかにふるえているように見えた。
俺はカレンに近寄ってぽんぽんと頭を叩いて、そこからちょっと頭をなでる。
「まあ、苦しくなったらいつでもおじさんに言え、割と色々協力できる」
岩に座ったカレンに並んで立つ形で頭をなでているので、カレンの顔は見えないが、言葉での反応はないがこくこくと頷いているのが分かった。
「さて、色々集めたしそろそろ帰るか」
「うん」
そして俺は帰路について歩きだす。
草を踏む音が聞こえるので後ろからカレンがついてきているのもわかる。
「……りがと」
「ん? 何か言ったか?」
「や、なんでもない。お互い、みじめだね」
「は? 唐突すぎて全く分からん」
「分からないだろうねー、おじさんには。『ひげを剃る。そして女子高生を拾う』っていう有名な作品のワンシーンの素晴らしさがね!」
「現代ネタパロディはやめてくれ、やっぱりさっぱりわからん」
「まあまあ、気にしないでいいんですよ、おじさんは!」
そういってバンバンと俺の背中を強めに叩いてくるカレン。
あまりいたくないあたりがやはり女の子なのだなあということをしみじみと感じる。女の子に背中を叩かれるじんわりとした痛みは我々の業界ではご褒美です。
「本が読みたい!! 恋愛小説が読みたい!! 渇望!!」
「今の時代はそんなに書籍が普及してないから我慢しろ。前世では知らんが」
「とても悲しい!! もっと経済発展させようねおじさん! 私たち二人でさ!! そして恋愛小説とかもがっつり読める世界観を作ろう!!」
「俺にそんな重さを背負わせすぎるな、だめだと思ったらやめるからな」
「つらっ!? そんなことは言わないでほしいね! まあ、頑張りましょう!」
よくわからんが今日は最後までハイテンションなカレンだった。
なんかいいことでもあったんかこいつ?
俺は疑問を感じながらも、まあ若いやつが元気なのはいいことだと思いながらふっと頬を綻ばせた。