「ほんっとうに楽しかった!! ありがとね、おじさん!!」
俺たちは家に帰って夜ご飯を食べ、順繰りにシャワーを浴びて今日の一日を終えてまったりとリビングでくつろいでいた。
ちなみに、カレンがどうしてもシャワーを使いたいとうるさいので、3日間に一回しか使わないシャワーを久々に浄化することになったので地味にだるかった。
俺の家のシャワーのシステムは、雨水をとにかくため、使用前に錬金術で雨水を純粋な水に変換した後で浴びるシステムになっているので、動かすたびに錬金術を使って水をきれいにしないといけないのが面倒なのである。
しかも、雨水を浄化してやったにもかかわらず、使ったら使ったで「つめた!! おじさん、あっためてよ水!!」と大声をあげて文句を言うので、仕方なく水を沸騰させる。
「あっつ!! おいシャワー口から洒落にならないぐらい熱い湯気出てるぞ!! 殺す気かクソジジィ!!」ともはやキャラ崩壊も甚だしい暴言を吐いてきたので、仕方なく体温に近しい適温にしてやる。
地味にこいついじるの楽しいな。
別のベクトルで新しい性癖が目覚めそうになっていて困る。
まあでも、居候だしこれぐらいは許されると思います。いや、それは基地外の発想だな、改めよう。
そうこうあって、今俺たちは居間でまったりとした時間を過ごしているのである。
ちなみに俺は、村に降りたときに布団と毛布をレンズさんから購入して持ち帰っていたので、今日は普通に、布団の上で寝ることができる。
あれ、俺家主だよね?
いつの間にか、俺が居候みたいな待遇にされていても何も違和感を感じなくなってしまっていた。慣れって怖い。
まだあいつが来て一日しか経ってないのに慣れてるってどういうことなの?
自分の環境適応能力が高すぎるのでたぶんこの星が滅んでも俺は生きていけるなと確信を抱いていると、ふとカレンが口を開いた。
「いやー、でも今日は本当に楽しかったなぁ」
カレンはんーっと椅子の上で体を伸ばす。
俺たちはついさっきまで家においてある書籍を読んでいたが、カレンはさっきまで読んでいた本をぱたんと畳んで机に置いていた。ちなみにその本は聖書であり、カレンが「こっちの聖書はどういうことが書いてあるのかな?」と興味を持っている様子だったので貸してやった。
「そうか? そんなに楽しめる要素はなかったと思うが」
「そう? おじさんだってレイリーと久しぶりに絡めて楽しかったでしょ?」
「否定はしないな」
たしかに。
相変わらず天使だったからな。
あれ、俺こいつが来た時も確か天使って表現してたよね。語彙力の欠如がすごい。
「そっか。でも、私も楽しかった。ふもとの村まで連れて行ってくれてありがとね、おじさん」
そういってふわっとひまわりみたいな笑顔を浮かべるカレン。
思わず俺も頬が緩む。
娘がいて、その娘にしっかりと感謝の言葉を述べられるとすると、こういう気持ちになるんだろう。
今のカレンの笑顔はそれぐらい、子どもが楽しかったことを語るときに見せる笑顔だった。
「わたしさ、こういう、なんていうのかな、経営に近いことにすごい興味があったんだ」
カレンがふと口を開いて、大切な宝物を愛でるようにいとおしげな口調で語りだす。
「なんか格好いいなと思って。新しい世界を作るの格好いいなって思って。スマホを使ってる時にふと感じたんだけどね。あー、こんなすごいものを作って、これだけ世界の人の生活を変えて。たぶん、いい影響も悪い影響もあるんだろうけど、おおむね多くの人はいい影響を受けてて。あー、シンプルにすごいなって思って」
カレンは懐かしみながら目を閉じて話している。
俺は彼女が見ている世界が分かるわけではないが、それでも、彼女が感じている気持ちは少し理解できたような気がした。
言葉に宿る重みというか、なんというか、そういったものを感じられたのだ。
「だから私は、そういうことをしてみたいなって思ってたんだけど、まあ元居た世界じゃ難しくてさー。私のあきらめが早いっていうのもあるのかもしれないけど。誰も周りの人は応援してくれないっていうか」
「応援してくれない?」
「うん。みんながみんな、やっぱり安定が大事だよね、現状維持が最高だよね、みたいなね。いや、もちろんそうじゃない人もいたのは分かってるんだけどさ。でも、日本はそういう人が大半の国だったなぁって思って。少なくとも私の周りにいた人はね」
「そうなのか、なんというか、それは辛いな」
「うん。でも、まあちょっと諦めが悪かったから、スマホで色々調べると、なんか頑張ってる人もいるんだよね。私の周りではないけど、それこそ違う場所で頑張ってる人が。特に東京は多かった。だから私は東京に憧れて、人生初の大冒険として、夏休みの時期に東京に行くことにしたんだよ」
彼女が発する言葉の中で、いくつか分からない単語はあるが、それでもここで質問を挟むのは無粋というものだろう。
俺はそうなのかと相槌を返す。
「学生でお金がないから、夜行バスで行ったんだけどね。そしたら、運悪く運転手さんが寝不足だったらしくて。事故が起きちゃって、そこでどうやら私は死んだらしいんだよね」
「死んだ……?」
「あ、いやいや、そんな重くとらえなくていいよ、結局今転生してるわけだしね?」
お、おう……。いいのか? それはいいのか? よくなくないか?
まあ、今はとりあえず気にしないでおこう。
「そう、それでね。どうやら私は異世界転生をしたらしくてね。今ここにいるわけだけどさ。おじさんが連れて行ってくれた村で、新しいことができそうな可能性に触れて、それでおじさんの繋がりからレンズさんとの出会いがあって。新しい世界を作れそうな、そんな予感がある一日を過ごして」
言い終わって、カレンはもう一度しっかりと俺の方を見る。
「ほんっとうに楽しかった!! ありがとね、おじさん!!」
そしてぐっと一気に親指を立ててサンキューのポーズを送ってくる。
そっか、そういうことを考えていたのか。
――変わったやつだなあ、と思う。
自分自身にはそんな発想はあまりなかったからな。
新しい世界を作りたいとか。そういうのが格好いいとか。
でもまあ、カレンにとっては確かに価値があるテーマなんだろうなと思った。
――なんだろうか、どういえばいいのか分からないが。
可愛いやつだなと思った。
自分が目指してるもののために頑張る。
それはもう無邪気に頑張る。
可愛い子どもの特権だろう。
それに少しでもおっさんが協力できるなら、してやるべきなんだろうと思う。
俺はカレンと同じポーズを返してみせて、「おう、頑張ろうな」とにかっと笑ってみせた。