農業資本家、レンズ・ロイド
しばらくするとレイリー・ロイド宅に着く。
とはいえ、ここはロイド家が所有している農地の中心地にある仮住まいの作業所ようなものだ。
俺の家8個分ぐらいの大きさを誇る家がそこに鎮座している。
「おー、おじさんの家よりよっぽど大きいね」
「まあそうだな。レイリーの父親、レンズ・ロイドさんはこの辺りでは有名な農業資本家だからな」
「農業資本家?」
「ああ。輪作や囲い込みみたいな、農業上の重要な変革をこの地域ではいち早く推進したんだ。そのおかげで、周辺の農地をすべて統括している立ち位置につくことができている状態だな」
「なるほどね」
カレンはほんほんと頷いている。
「ちなみに、この馬鹿でかい敷地は何? バーベキューでもしたいの?」
カレンは、家が建っていない部分なのに、家の面積の3倍は占めているであろうかという何もない空間を指さしながら言った。
「バーベキューってなんだ?」
「なんか、パーティ的な??」
「そうか。ここはパーティするための土地じゃないぞ。この何もない広い空間は、農地から回収した様々な農作物をいち早く主要な商業都市へ輸送するために、馬車が何台も止められるようにしてあるだけだ。道なりに行くと所々にこういうスペースを取った場所がある」
「なるほどねー、そういうことか。勉強になります」
ふむふむとカレンは言っている。
俺がレイリーの家について説明していると、「今はみんな作業に出てるのかな、誰もいないねー」と家の中の様子を見てきてくれていたレイリーが言ってくる。
「二人とも入って大丈夫だよー、紙と羽ペン使ってくださいー」
「ありがと、じゃあお言葉に甘えて失礼しますー」
「失礼します」
俺とカレンは家の中に入り書斎へ向かう。
書斎はたくさんの本が置いてあり、いかにも勉強熱心なのが伝わってくる。
「本がたくさんあるね」
「お父さん勉強家なのー。最近はこういう本も持ってたよー」
そういっていたいけな少女はごそごそと本棚の奥にある書籍を取り出した。
それは薄い本であった。
「おじさん、あれは焼却処分しておくこと」
「わかった、純朴な少女に闇を見せてはいけない」
俺はとりあえず薄い本を回収して錬金術で分解した。
焼却しなくても原子レベルに還元できるので錬金術超便利。
「すごい、アルフレッドさんの手品炸裂だ!!」
おおーとレイリーは感心してから、どこに行ったのかなーと部屋の中を探し回っている。
俺は物質分解の錬金術を手品と言ってレイリーに見せたりしているので、今回もそのたぐいだと思って、どこかに隠されたと考えているのだろう。
とりあえずロイドさんにも悪いので、あとで再構成して戻しておけるようにだけはしておこう。
しかし、広大な農地のど真ん中での青姦ものだなんて、農作物の種をまくだけでなく自身の種まで農地にまいちゃうワイルドさに感激だぜ(白目)。
「なかなかパンチの効いた性癖の持ち主だったね」
「ああ、知りたくなかったな……。まあ、人の趣味嗜好に口を出すのは無粋というものだ、今回は気にしないでおこう」
そだね、と軽くカレンは言ってから、書斎の中心に置いてある机の方に向かって椅子に腰かけた。
ものを書き始める体制に入っている。
「じゃあ、ちょっとだけ羽ペンと紙を借ります」
そういってカレンは目にもとまらぬ速さで筆を走らせ始めた。
「おじさん、どういう説明が乗ってないとダメかな? 内部の形や構造とかは正確じゃないとダメだよね?」
「ああ、それは正確じゃないと厳しいな。あと、素材が何かも分からないと再形成できない」
「了解。正確さの制度は10のマイナス12乗メーテルまでなら大丈夫なんだよね?」
「ああ、そうだな。あと、角度とかもそれぐらいの精度までならできる」
「角度もね。わかった、ありがとう」
カレンは一通り設計図に落とし込むべき要件を定義できたと言わんばかりにさらに筆のペースを速めてものを書き続ける。
そして1時間後、大部分の設計図は完成した。
「これで作れそう?」
俺はカレンから設計図を預かる。
設計図は数十枚にわたってびっしりと機構や素材が書かれていた。
「作れそうだが……お前、これ全部暗記してたのか?」
「うん、そうだけど?」
「すごいなお前……」
「石神千空には負けますが」
「ごめんそのネタ分からんわ」
「共通常識がなくて元ネタが通じないって辛い……」
カレンははあーっと悲し気な溜息を吐いた。
ただまあ、これだけわかってしまえば、再形成はできる。
できるが……。
「材料がないと再形成のしようがないな……」
「材料ね。そこだよね……どうしようか……」
そして二人して頭を悩ましていると、薄い本を探しに家中を駆け巡りに行っていたレイリーがひょっこりと戻ってきた。
駆け巡りに行く理由があまりにも残念すぎるのは気にしてはいけない。
駆け巡るってもっとこう、世界を駆け巡るとか格好いい感じを出すための表現じゃなかったっけ?
薄い本を求めて駆け巡るって下品さと格好悪さのオンパレードなんですか?
俺が描写表現の難しさに想いを馳せていると、レイリーの後ろからもう一人の人物が顔を出した。
レンズ・ロイドさんだ。
俺はレンズさんに会釈をして「お久しぶりです」とあいさつをしておく。
「なんだ、アルじゃないか。よく来たね。そちらの子は?」
「萌えないゴミだってー」
カレンが青筋を浮かべながら「変な呼称がレイリーちゃんに染み付いちゃってるんだが? おじさん、あとで一発ぶん殴らせてもらっていいかな?」とわななく声で言った後、いったんは平静さを取り戻し、「カレンと言います、今はわけあってアルフレッドさんの住居に寝泊まりさせていただいている状態です」と続ける。
レンズさんは「そうか、アルもそういうお年頃か……」といった後、「プレイするときは農地のど真ん中も悪くないぞ」と親指をぐっと立てて言われた。
この人羞恥心どっかのどぶに捨ててきたんですか?
久々に会ったレンズさんは相変らず個性と癖がドリアン並みにすごい人でした。