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第八話  ウソ


ローナがまだ石化していない右手だけを使い、呪文を唱えた。ローナの髪が揺れ動き、黒い魔法陣がローナの手の前に浮かび上がり、次に目の前の地面にも魔法陣が出現した。一気に辺りが不穏な空気に包まれ、震動が走る。地面の魔法陣から、人の姿をした悪魔が現れてくる。ビリビリと、体を電気が襲うかのような衝撃が走る。


「ま、さか……本当に⁉」


オリアスが信じられないといった表情をした。

銀髪の長髪をなびかせた美青年だ。恐ろしく冷たい眼をしている。


「ご用件を」

「ベリアル、オリアスを魔導書に返しなさい!」

「了解した」


ベリアルと呼ばれた悪魔は冷たい声で答えるとオリアスに手を向け歩き出した。


「こ、これはこれは、ベリアル様。いったいなにをなさるおつもりで?」

「契約者の命令だ。お前を魔導の空間に帰してやる」

「なぜですか⁉ あなたの様なお方が、こんな魔法使いの小娘に従うなど、お辞めになられた方が良い。即刻に」

「貴様の話しなど興味ない。ワタシはただ、主の命に従うのみ。ワタシが誰に従うのか、決めるのはワタシだ。お前ではない」

「くっーー!」


 ゆっくりと近づくベリアルに、オリアスが後ずさった。


「せっかく百年ぶりに外の世界で自由になれたのに、また魔導の空間に戻ってたまるか!」


 オリアスがベリアルに爪を飛ばし、教室のドアに向かってもの凄いスピードで走り出した。

 先ほどローナを石化させた爪がベリアルの眼前に来た瞬間、ベリアルは一瞬にして消えた。そして、教室を出ようとしてあたオリアスの前に現れた。


「ヒッ!」

「ワタシから逃げられると思ったか。この愚か者め」


 ベリアルがオリアスの頭を鷲づかみにすると、そのまま持ち上げた。


「ヒィッ!」


オリアスを掴んでいるベリアルの手から黒い煙の様な物が出てきた。それはオリアスの体を縛るように巻きついた。


「我に使えし魔の軍団達よ」


 ベリアルの足元に黒い円が現れ、そこから無数の羽を生やした悪魔が現れた。ベリアルは一歩後ろに下がった。オリアスが黒い円の真上に来る。


「この者を魔導の空間へと連れて行け」

「いやだ、やめろぉぉおおおお!」


ベリアルの言葉で、悪魔達が一斉にオリアスに飛びついた。そして、ベリアルが指をパチンと鳴らすと、悪魔たちはオリアスを黒い円に引っぱっていく。


オリアスが黒い円の中に引きずり込まれると、円は小さくなって消えた。


ベリアルがローナの元に歩いていき、


「他に用は?」

「ないわ。ありがとう。戻っていいわよ」

「了解」


ベリアルは姿を消した。







「ローナ!」


俺はローナに駆け寄った。


「油断してしまいました……」


どんどんと、ローナの体が石化していく。もの凄いスピードだ。


「これを飲め!」


俺は聖水を差し出すが、ローナは首を横に振った。


「なんで……」

「これは、油断した私のミスですから。私はいいですから、駿之介くんが飲んで下さい」

「でも!」


ローナは再び首を振った。ローナの首まで石化が進む。


「先輩がもうすぐ来るはずです。先輩に、すいませんとお伝え下さい。そして駿之介くん、ありがとう」


ニッコリ微笑んだローナの顔が一瞬で石化してしまった。


俺は考えた。自分に使って、俺は元の姿に戻り、ローナは百年石化したまま。そんなの、できるかよ!


俺は急いでローナの肩に飛び乗ると、瓶の蓋を開け、液体をローナの口に注いだ。少し、口の端から聖水が零れ落ちてしまう。これで大丈夫だろうか。ちゃんと治るのか? 不安を押し殺しながら聖水を全て流し込むと、液体をかけた場所から、みるみるうちに石化が治ていく。すぐにローナは元の姿に戻った。


「駿之介くん……どうして」


 ローナが悲しそうな顔で俺をしていたが、


「良かった」


 俺は心の底から安堵した。


「ローナ! オリアスは倒したの⁉」


彩先輩が戻ってきて、俺たちの元へ駆け寄った。


「これはーー」


彩先輩は、数メートル先で横たわるナオキを見た後、呆然と座り込むローナと、俺の側に落ちた空の聖水を見て眉をひそめた。


「……先輩、私が」


ローナが言おうとした時、遠くから、人の声がした。


「とにかく、急いで事を終わらせるわよ」


先輩がナオキの側に落ちていた鞄の中から魔導書を取り出した。


「やはり、持ち歩いていたのね」


すぐにナオキの体を起こすと、ナオキに記憶の欠片を見せた。


「あなたの中から、魔導書に関する全ての記憶は失われる。あなたは疲れて眠っていた」


記憶の欠片が光ると、ナオキは目を覚ました。


「……あれ?」

「ナオキ、起きたか」

「生徒会長。俺……ヤバイ、寝ちゃってた」

「いいの。きっと、疲れてたのね。ここ数日、良く頑張ってくれたから。今日はもう先に帰って休むといいわ」

「すいません、なんだか体が重い……。カゼ引いたみたいなんで、そうさせて貰います」


ナオキはよろよろと立ち上がると、教室を出て行った。


「とりあえず、私たちも家に行きましょう」


彩先輩がそう言った。


「ちょっと、お願いがあるんすけど」


そう言って俺は二人を見た。












俺は一人で、高台に来ていた。ここからは夜景が良く見える。


自宅のある方向を眺めながら、一人でいるであろう母さんのことを思った。


十年前。父さんが亡くなった次の日、母さんはそれまでよりも元気に振る舞っていた。俺は、子供ながらに母さんが自分を心配させないようにしているのだと感じた。そう思った俺は、母さんが寂しくないようにと、友達と遊ぶのを辞め、学校が終わればすぐに帰宅した。母さんはそんな俺を見て、悲しそうに笑っていた。


これから寂しい思い、させちまうな……。


どのくらい時間が経ったのか分からない。夜風に吹かれながら、しばらく街並みを眺めていた。すると、後ろから足音がした。


「……駿之介くん」


ローナがやって来て、俺の隣に座った。


「サンキューな。お願い、聞いてくれて」


俺は彩先輩とローナにしばらく一人にしてほしいと頼み、誰にも会わないことを条件に、お願いを聞いてもらっていた。


そう言って横にいるローナを見ると、


「ごめんなさい。私の石化に聖水を使ってしまったせいで……」

「え⁉」


大粒の涙をこぼして、ローナは俯いた。俺はなんて言ったらいいのかわからずに焦った。


「泣くなよ!」

「だって、だって。私のせいで、駿之介くんが人間に戻る機会を無くしてしまって……本当にごめんなさい」

「ちげーよ。ローナは悪くない」

「でも……」


ローナは顔を上げ俺を見た。涙で頬を濡らし、顔は悲痛に歪む。


「いいんだ。ほら、カエルの姿も慣れてきたし、なんだかカエルの人生を送るのも悪くねぇなって思うんだよ。まぁカエルになったお陰で、うるせぇ先生達の説教も言われなくなったしよ! 見ろよ、これ!」


俺はピョンピョン高く飛び跳ね、ベロで目の前の柵を掴むと、そのまま上に行き、上手く柵の上に乗って見せた。


「こんなこと、人間じゃできねーだろ?」

「駿之介くん……」


俺は努めて明るく言った。内心、このままずっとカエルのままなのかと思うと悲しくなった。だが、そうでもしなきゃ、きっとローナは自分を攻め続けるだろう。俺は、彼女のそんな顔を見たくなかった。

自分がローナに対してそんな事を思うなど、まさか夢にも思わなかった。俺は、彼女の事が好きなんだとはじめて自覚した。だが、そんなこと彼女に一生、告げられることはないだろう。だって、カエルなんかに告白なんかされても困るだけだろうから。


俺の言葉に、ローナは涙を拭いて悲しそうに笑った。


「もし、駿之介くんが嫌じゃなければなんですけど、私と一緒に魔法の国にいきませんか?」

「え?」


予想もしていなかった言葉に、俺は思考が固まる。


「駿之介くんがさっきご実家に行かれた時に、私と先輩で魔法の国の王様と話しをしたんです。王様に今回、駿之介くんの呪いを解くことが出来なかったことを伝えると、駿之介くんも一緒に魔法の国で過ごす許可を頂いたんです」

「俺が、魔法の国に……?」

「はい。もし、駿之介くんが良ければなんですがーー」


ローナは少し恥ずかしそうな顔をしたが、俺を真っ直ぐ見つめた。


「私は、駿之介くんと一緒に居たいです」


ドキリとする。


「それって……」


ローナも、俺と同じ気持ちってこと……?


一気に顔が熱くなる。俺は顔を振った。


「いやいや、でも俺、カエルだし! 変な顔だし、気持ち……悪いだろ?」

「確かに、最初は気持ち悪いと思っていました」

「ストレートだな」


少しはフォローしてくれよ。傷ついたじゃないか。


「違うんです! 確かに、最初はそう思ってしまいましたけど、駿之介くんの優しいところが好きというか」


好き、という言葉に俺は固まった。


「ああああ! 違うんです!」

「違うんかい!」

「いえ、好きです! 私は……駿之介くんが、好きです。駿之介くんは、私のこと……好きですか?」


ローナが上目遣いで俺を見てくる。再び、ドキリとする。


「俺、も……」


好きという言葉が中々出て来ない。こんなに勇気がいるものなのか。ローナは俺の言葉を待ってくれた。


「俺も、ローナが好きだ」


 俺とローナは見つめ合った。ゆっくりと、ローナが顔を近づけてくる。ゆっくり、ゆっくり。俺たちは、キスをした。

頭の中が真っ白になる。彼女の暖かい感触が優しく口に触れ、一秒が永遠に感じた。

瞬間、俺の体から光が溢れ出した。


「キャッ!」

「な、なんだぁ!?」


神々しい光は、しばらくするとすぐに収まった。


「なんだったんだ……」

「しゅ、駿之介くん!」


ローナが手で口を抑えながら俺を指さしている。


「ん?」

「か、体!」

「体?」


俺は自分の体を見て言葉を失った。見慣れてきた緑色の体ではなく、十六年間過ごしてきた、人間の姿だった。


「戻ってる……人間に、戻ってる!」

「駿之介くん!」


ローナが俺に抱きついた。俺も、抱きしめ返せることが嬉しかった。


「良かった……本当に、良かった……!」


ローナが俺から離れて、目尻をぬぐった。


「でも、どうして呪いが解けたんだ?」

「分かりません……とにかく、先輩に話しましょう!」


俺は頷いた。ローナが呪文を唱え、現れた魔法陣から悪魔を呼び出した。金丸に取り憑いていた悪魔だ。


「セーレ、私たちを先輩のところに連れていって」

「はいはい、分かりましたよ」


セーレが手をかざした場所に、人、一人ほどの大きさの宇宙空間が現れた。


「どうぞ、こちらへ」


セーレがお辞儀をして宇宙空間に手を向けた。ローナの後に続き、俺も宇宙空間に入った。





入ると、すぐにローナの部屋が合った。


ローナが部屋を出て、先輩の部屋をノックする。


「どうしたの? ーーっ! あなた……」


先輩は俺を見て目を見開いた。


「一体、これはどういうこと?」


ローナの部屋に移動した俺たちは、先輩の前に正座していた。


「私たちにもどうして呪いを解けたのか分からないんです」

「分からない……呪いはいつ解けたの?」

「今さっきです」

「場所は?」

「高台です」

「高台……? その時の状況を教えて」

「え?」


先輩は眉を潜めた。


「え、じゃないわよ。呪いが解けた時の状況を教えなさいと言っているの。まさか、なにか言えない理由でも?」

「いやー、それはそのー……なんと言いますか〜……」


ローナは頬を赤らめながら、両手の人差し指をツンツンと合わせた。

それを見て、彩先輩の視線がさらに鋭くなり、俺を見た。


「私の考えが見誤っていたようね。まさか、カエルのあなたが高台でローナと不純異性交遊だなんて」

「違うから! ただ、キスしただけだから!」

「あら、やっぱりそうだったのね」


俺はまんまと彩先輩のカマに引っかかったようだ。ローナは「不純……?」と、首をかしげている。先輩は真顔のまま言った。


「そうね、考えられることは二つ。一つは、ローナに飲ませた聖水が体内に残っていて、キスをしたことで聖水の効果が幸運にも駿之介に効いたということ」


なるほど、それは納得できる。


「二つ目は、真実の愛、かしら」

「真実の愛?」

「ええ、愛し合った者同士のキスが奇跡を起こし呪いが解ける。なんとも信じられない話しだけれど、昔一度だけ聞いたことがあるの。どう? 素敵な話しでしょ」


どう? と言われても。彩先輩は、赤面して恥ずかしそうにするローナと俺を優しい眼で見た。


「明確な理由は私にもわからないけれど、まずは国王様に報告をしましょう。ローナ、私の部屋に行くわよ」

「はい!」


彩先輩とローナが部屋を出て行った。俺は一人部屋に取り残された。


「真実の愛、かぁ……」


俺はニヤけてきた。ふと、ローナの部屋の隅にある、魔女の実が目に入った。




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