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最終話


 木が生い茂る森の中、私は銀色の柔らかい毛の上で風にあたっていた。ここには人は滅多に来ない。小さな頃から、一人になりたい時に良く来る場所だ。


 一人になって、なにも考えず、ただぼーっと青い空だけを眺める。今回の任務を無事終えられることが出来たというのに、なぜかポッカリと心に穴が開いたような、虚無感に襲われている。


ううん、違う。本当は分かっている。私がどうしてこんな気持ちになっているか。思い出すのは、金色の髪。ぶっきらぼうで、少し口が悪いけれど、自分を後回しにしてでも私のことを助けてくれた、とても優しい人。最後の会話は、「待ってろよ」って言っていたのに、私は嘘をついてその場から居なくなってしまった。あの後、彼はどんな気持ちで家に帰っただろうか。

 会いたい。あの人に、駿之介くんに、会いたい。そう思うと、涙が溢れそうになるので、いつもここで思考をストップさせる。


「ローナ。ここに居たのね、探したわよ」


 サヤブレントの声がしたので、私は急いで涙をぬぐった。

 召喚した悪魔の頭の上にいた私は、むくりと起き上がり、なるべくいつもの調子で答えた。


「すいません、時差ボケですかね。寝ちゃってました」

「時差ボケもなにも、向こうと昼夜は一緒なんだから、ただの昼寝でしょう」

「アハハハ。そうとも言います」

「まったく……」


 サヤブレントは、ため息をついた。


「ところで、どうかしましたか?」


 私たちは任務を終えたばかりなので、しばらくは休暇のはずだ。サヤブレントは神妙な面持ちになった。


「フリクセル様からお呼び出しよ」

「フリクセル様が私に……?」


 一体なんの用だろうか。顎に手を当て思案するが、思い当たる節が無い。


「わかりました。とにかく、行ってみます」

「私も一緒に行くわ」

「え⁉ サヤブレントさんもですか?」

「なにか不満でも?」

「いえ……おそらく、良い話しではないかと思いますが」


 上の方から呼び出されることは、良くある。だがほとんどそれは叱責されるのだ。今回も、日本での失敗を怒られるんじゃないかと思ったので、サヤブレントにそう尋ねたのだが、


「そんなの知っているわ」


 サヤブレントはそっけなく答えた。


「はぁ……」



 私は銀色の毛をした悪魔の背中に乗り、先輩も私の隣に座った。そして、悪魔に王宮に向かうよう命じた。


 ちらりと隣にいるサヤブレントに目を向ける。魔法の国に戻って来てから、サヤブレントは優しくなった。というか正確には怒らなくなった。

 先ほどの私への言い方だって、以前なら眉間にシワをよせながら威圧感たっぷりに「そんなの知ってますけど、なにか?」と言っていただろう。それに、怒られるかもしれないというのに一緒に行くというのも、以前のサヤブレントなら絶対にあり得ないことだ。「自分の起こした失敗は、自分で責任を取りなさい」これが彼女の口癖だったから。

 ん? もしかして…

 私は日本で見たあるアニメを思い出した。主人公の少年は、人に貶されたり叩かれたりするのが好きな“変態”だった。もしかするとサヤブレントは、その日本のアニメを見て変態さんになってしまったのではないだろうか。とは思っても、サヤブレントに「怒られるかもしれないと分かってて行くだなんて、サヤブレントは変態ですか?」なんて聞いたらそれこそブチギレるだろうから言わない方がいいと思った。


「怒られるかもしれないと分かってて行くなんて、サヤブレントは変態ですか?」


 が、思うだけで言ってしまうのが私だった。


「…………」


 意外そうな顔をしたサヤブレントは、少しして、


「あの件で怒られるなら責任は私にもあるから、一緒に謝罪しようと思っただけよ」


 怒り狂うと思ったが、サヤブレントはそれだけぼそっと答えた。

 なんだか、調子狂うな。サヤブレントの優しさが、逆に胸が痛くて苦笑した。



 王宮に着くと、門番が王室に案内してくれた。豪製な王室の扉を門番がノックする。


「フリクセル様。ローナ・カルニャードとサヤブレントがお目見えです」

「よろしい。中へ」

「はっ!」


 門番が開けると、フリクセル様が椅子に座っていた。


「こちらへ来なさい」

「「失礼します!」」


 私とサヤブレントだけ室内に入ると、扉は閉められた。

 私とサヤブレントはフリクセル様の前で片膝をつき、頭を下げた。


「此度の任務、ご苦労だった」

「はっ! ありがとうございます」

「顔を上げよ。して、今回貴方を呼び出したのは、日本の少年に呪いをかけてしまったという失態についてだが……」


 頭を上げ、フリクセル様をみる。フリクセル様の言葉に、予想はしていたものの、ドキリと心臓が脈打つ。


「あれはイカンのぉ……」


 フリクセル様が、長い白ひげを触りながら顔を歪める。重い空気が室内に漂う。


「申し訳、ありません……」

「フリクセル様、あの件につきましては私にも責任がーー」

「サヤブレント!」


 フリクセル様に手で制され、サヤブレントが口をつぐんだ。


「そして、任務を終えた次の日、お前はなにをした?」


 フリクセル様が真っ直ぐと私を見ている。


「最後の仕事をサボり、その呪いをかけてしまった少年と、遊んでいました…………」

「我々が異国の人間と極力関わってはいけないということは知っていたな?」

「……はい」

「では、恋愛感情を抱いてはいけないということも?」

「……存じておりました」

「……よかろう」


 掟を破ったことは理解していた。どんな罰も受ける覚悟でいた。だけど、フリクセル様の言葉は想定していなかった。


「ローナ・カルニャード。今回の失態、並びに異国人との恋。掟を破った罰として、国外追放を命じる」


 頭が真っ白になった。国外追放は、魔法の国に二度と足を踏み入れてはいけないということ。国での一番の重罪を意味する。

 隣にいたサヤブレントが声を荒げた。


「フリクセル様、あまりにも刑が重すぎます!」

「サヤブレント。それは国王の判断が間違っていると申すのか」

「いえ……私ごときがフリクセル様に発言する無礼は重々承知です! ですが、お考え直し下さい!」

「ならん! もう決めたことだ!」

「そん、な……」


 サヤブレントがこんなに取り乱しているのを見たのは初めてだった。国外追放という刑はあまりにも重罪だが、掟を破った私がどうこう言える立場ではない。あの冷静沈着な彼女が、自分のために声を上げてくれたことが嬉しかった。



「ローナ・カルニャード。しかし、お主のこれまでの功績を考えれば、今回の処罰も帳消しにしてもよい」

「え?」


 フリクセル様の言葉を、私は理解出来なかった。確かに私は、国に尽くしてきた。けれど、国外追放という重刑を“帳消し”にするなど聞いたことがない。いや、そんな軽い刑ではないはずだ。フリクセル様の意図がわからずに戸惑っていると、フリクセル様が指を振りながら言った。


「国外追放を受け、自分の好きなところに行くか、刑を無くすかはローナ・カルニャード。お主が決めて良い」


 自分の好きなところ……そこまで聞いて、私はようやく理解した。私が今、行きたいところは一つしかない。


「国外追放を受けます!」


 そう答えると、フリクセル様の顔が厳しくなった。


「……辛い思いをするかもしれんぞ?」


 確かに、彼の記憶から私という存在は消えている。けれども、私の気持ちは変わらなかった。


「構いません。それでも、私は行きたいです!」

「……うむ」


 思い出す、最後の彼の後ろ姿。また、彼に会える。


「ローナ・カルニャードを国外追放と処す!」


 私は、フリクセル様に深々と頭を下げ王室を出た。

 







 つい最近のことなのに、懐かしい気持ちで私は教室に入った。


「あー、転入生を紹介する。藤崎ローナだ。親の仕事の都合で、東京に来たそうだ。皆、仲良くしてくれ」


 担任の金丸先生が私を紹介した。


「藤崎ローナです! よろしくお願いします」


 私は教室の一番後ろの席に目をやった。だが、


(あれ?)


 駿之介の席に、彼は居なかった。今日は休みなのかな? カゼでも引いてるのかな?


「じゃあ、そうだな……一番後ろの駿之介の隣が空いてるから、あそこに座ってくれ」

「はい!」


 駿之介が居ないことは残念だったが、別に会えるのは今日だけではないのだ。私は金丸先生の指示に従い、一番後ろの駿之介くんの席の隣に座った。


「出席確認をする」


 金丸先生がそう言った瞬間、教室の後ろのドアが開く音がした。


「こら、駿之介。また遅刻か!」


 駿之介くんだ! 私は嬉しくなって教室の後ろのドアを見た。


(ーーーーえ?)



 そこには、確かに駿之介が居た。が、彼のトレードマークの金髪は真っ黒に染まっていた。


「早く席に座らんか!」

「へいへい」


 駿之介くんはポケットに手を入れながら気だるそうに私の方へ近づいてくる。


「ん?」


 駿之介くんが、席の方まで来て、私と目が合った。私は嬉しくなったが、駿之介くんの


「誰?」


 という言葉で現実に戻された。

 そう、そうよ。今は私の記憶は無くなっているんだから。


「はじめまして、藤崎ローナです。今日からよろしくお願いします!」


 そう言うと、駿之介くんは「あぁ……」とそっけなく言って席に座り窓の方を向いてしまった。


 髪を黒く染めた駿之介くんは、なんだか私の知らない駿之介くんのような感じがした。


 一日、駿之介くんは授業を眠ったりしていて話しをしなかった。


 ホームルームを終え、金丸先生が駿之介くんに言った。


「駿之介、ローナに学校の案内をしてくれ」

「なんで俺が⁉」

「隣の席なんだから、そのぐらいしろ!」

「ったく……」


 駿之介くんは面倒くさそうにボヤいた。


(やった! 駿之介くんと二人きりになれるチャンス到来!)


 そんなことを思っていると、ナオキがやって来て言った。


「髪も染めて真面目になったんだから、案内ぐらい喜んで受けろよ」

「先生がうるせぇからだよ」


 駿之介くんが吐き捨てるように言った。ナオキは手を振り教室を出る。


「あー……行くか?」

「はい! お願いします」


 駿之介くんに学校内を案内してもらった。

 駿之介くんがカエルになった倉庫、駿之介くんが操られた男子生徒から私を庇ってくれた校庭、一緒に悪魔を退治した教室、お前に似合いそうだからとペンダントをくれた屋上、大切な思い出の場所を、駿之介くんはなにも覚えていない。


隣にいるのに、こんなにも近くにいるのに、遠く感じる。

 一通り学校を案内してもらい、


「今日はありがとうございました」

「あぁ」


 校門まで行くと、雨が降りだした。

 駿之介くんは傘立てから黒い傘を取り出したが、私を見て、


「傘、持ってねぇの?」

「忘れちゃいました」


 苦笑すると、


「送るよ」


 駿之介くんが言った。

 雨の中、相合傘をして好きな人と歩く。これもやってみたいことの内の一つだったんだけどな……。


 駿之介くんと話しをすればするほど、あの時の記憶がないことを思い知らされて、悲しくなってくる。


 フリクセル様の言葉が脳裏をよぎる。


 ーー辛い想いをするかもしれんぞ?


 覚悟はしてました。でも、想定外の辛さでした。涙が堪えきれなくなり、


「もう、ここまででいいです!」


 つい、耐えられなくなり、私は走った。が、


「おい、待てよ!」


 駿之介くんが私の腕を掴んだ。


「なんで……泣いてんだよ」


 見られてしまった。なんて答えていいかわからない。好きなのに、駿之介くんは私のことを、私との記憶だけを無くしている。


「え? なん……で……」


 私は顔を上げて驚いた。駿之介くんの濡れた部分の髪が、金色になっている。あの、トレードマークの金髪。


「髪が……」

「ん? ああ、これ。スプレーで染めてるだけだから」

「でも、先生に怒られちゃいますよ?」


 駿之介くんは、


「まあ、お前が金髪が良いって言ったからな」


 さらりと言った言葉に、一瞬時が止まったかと思った。


「今、なんて……」


 そんなはずはない。だって、記憶は消えたはず。


「あ、今、どうして覚えてるんだって思ってるだろ?」


 ニタリと笑いながら駿之介くんはポケットからある物を取り出した。それは記憶を取り戻す魔導具だった。


「どうしてそれを⁉ それは、ケルちゃんの部屋に置いてたはず」

「取ったんだよ、ケルちゃんの部屋に入って」

「無理です。あり得ません! ケルちゃんが私以外を攻撃しないなんて」

「そう。だから、ケルちゃんの気を逸らした」


 駿之介くんが、悪魔の実を取り出した。


「盗んだんですね?」

「お前、金丸に取り憑いてた悪魔に使う時に言ってただろ? 魔法使いのことを知られたら記憶を消さないといけないって、だから絶対俺の記憶も消すと思ったんだよ」


 駿之介くんは、してやったという顔で笑う。

 やられた。駿之介くんが悪魔の実を取るなんて思いもしなかった。


「そ、それじゃあ、どうして二人になった時に記憶が戻ってること言ってくれなかったんですか⁉」

「仕返しだよ。俺が遊園地で置いてかれたあの時、どんな気持ちだったか」

「そ、それはーー」


 言い終わる前に、駿之介くんが傘を捨てて私を強く抱きしめた。

 駿之介くんの温もりが私を包み込む。少し彼の体が震えていたのは、寒いからではないと思う。雨にうたれたまま、駿之介くんはなにも言わない。


「…………カゼ、引いちゃいます」

「……………………あぁ」

「…………ケルちゃんの部屋に入るなんて、自殺行為ですよ……」

「………………忘れたく無かったんだ」


 はじめて聞く弱々しい彼の声に、熱いものが込み上げてくる。駿之介くんが体を離し、真っ直ぐ私を見つめた。


「もう、離さねぇから……」

「……………はい、私も」


 雨の中キスをする二人を、近くにいた一匹のカエルが見ていた。

これで、この作品は完結となります。

拙い文章ですが、最後まで見て下さりありがとうございました!

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