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第九話  最後のお願い


「駿之介くん、ごめんね。お待たせ」


ローナが部屋に戻って来た。


「いや、大丈夫だよ」


ローナが隣に座る。沈黙が訪れる。先ほどのキスを思い出し、なんだか緊張する。


「国王様って人に報告はしたのか?」

「はい。国王様も安心されてました」

「そ、そっか」


再び、沈黙が訪れた。意識しすぎて、なにを話したらいいのかわからなくなる。


「駿之介くん。明日、遊園地に行きませんか?」

「へ?」


突然の発言に俺はマヌケな声を出してしまった。


「私、遊園地デートって夢だったんです!」


ローナは目を輝かせた。


「でも、明日は学校だぜ?」

「だから、ですよ! ドラマでやってたんです、好きな人と学校をサボってのデート。背徳感があって良いじゃないですか〜!」


ローナは言いながら側にあったクッションをバシバシと叩いた。


「いいのか、彩先輩に怒られるんじゃねぇの?」

「そこは私に良い考えがあるので、任せて下さい!」


 ローナは自信満々に胸を叩いた。実のところ、俺は人混みが嫌いで遊園地なんかは特に苦手なのだがローナが、喜ぶのなら行ってもいいかなと思った。


「よし、行くか」

「はい!」

「それじゃあ、明日な」

「あ、駿之介くん」

「ん?」


 ローナが目を閉じて上を向いた。一瞬たじろいだが、俺はローナにキスをした。

 離れると、お互い押し黙った。おお、なんだこれ。めっちゃドキドキしたぞ。ローナは頬を赤らめながら微笑んだ。


「明日、朝の9時に遊園地で」

「おお……」


 俺はそれだけ言うと、部屋を出た。めっちゃ緊張した……でも、可愛かったなぁ。そんなことを考えながら歩き出すと、彩先輩とバッタリ合った。

 彩先輩は俺の顔を見るなり、眉間にシワを寄せた。


「なにニヤニヤしてるの? 気持ち悪い」

「え⁉ い、いや、人間の体って最高だなと思って……」

「……そう」


 彩先輩は興味なさそうに部屋に入って行った。ふぅ、なんとか誤魔化せたぜ。しかし、いかんいかん。さっきのことを考えると顔がニヤけてしまう。両手で頬を叩いたが、それでもニヤけが止まらなかった。


 家に帰ると、勝手に泊まりを決めたことや連絡の一つも寄越さなかったことを母さんにこっ酷く怒られた。


「あんた、なに笑ってんのよ!」


 が、母さんに怒られている最中にも明日のことを考えただけでニヤけてしまい、さらに怒られる羽目になった、









 次の日。セットした目覚ましが鳴った瞬間に飛び起きた俺は、制服に着替えてリビングに向かった。


「あんた、今日はやけに早いじゃない」


 キッチンで朝ご飯の準備をしていた母さんが、俺を見るなり驚いた顔をした。


「別にいいだろ。ご飯ちょうだい」

「……今日は雨ね」


 母さんが茶化す言葉も、今日の俺には届かない。朝食を作り終えた母さんが俺にご飯を持ってきてくれた。何年ぶりかに母さんと一緒に朝食を食べながら朝のテレビ番組を見る。ニュースが終わると、占いコーナーが始まった。


「おっ、占いか。今日の俺は一位の気がするぜ」

「あんた占いに興味なんかあったっけ?」

「悪い占いが出たらそうならないように回避できるから、見といて損はないんだよ」

「乙女座なんて女らしくて見るのも嫌だーとか、占いなんて信じてるやつはバカだーとか言ってたじゃない」

「母さん、人の考えは日々変わっていくもんなんだよ」


 母さんは俺の言葉を聞いて、不思議そうに首をひねった。


『今日、最も運勢が悪いのはーーごめんなさい、乙女座のあなた。大切な物を無くしそう。どんなに探しても見つからないかもしれません』


 アナウンサーが乙女座を応援している。朝から嫌な物を見てしまった。


「あっはは! あんた、今日最下位じゃない」


 母さんが腹を抱えて笑う。少しイラッとしたが、今日の俺はそんなことで声を荒げたりしない。


「占いなんか、良い物だけを信じてれば良いんだよ」

「あんた、さっきと言ってること違うじゃない」

「人の考えは変わるものなんだよ」


 呆れた目で俺を見る母さん。


「あっ、いっけない! もうこんな時間!」


 母さんは急いで立ち上がった。父さんが死んでから、母さんは仕事の時間を増やしたため、朝の出勤時間が早い。

 慌てて玄関に向かった母さんは、「降水確率、見るの忘れた!」と叫んだ。



「今日は十%だよ」


 今日は遊園地デート。今まで降水確率なんて見たこと無かったが、雨が降らないか起きてすぐに確認していた俺は母さんにそう言った。母さんは俺の言葉を聞くと数秒固まって、


「……やっぱ今日は雨だわ」


 と言って傘を持って家を出た。


「……行ったな」


 一分待っても母さんが戻らないことを確認し、俺は急いで制服を脱いだ。


「よし、これでいいかな」


 お気に入りの金髪をワックスでセットし、俺の持っている中で一番のおしゃれ着を着た俺は、鏡の前で確認した。


「いや、やっぱりこっちの方がいいかな」


 もう一着のお気に入りの服を鏡の前で合わせる。黒シャツにネクタイのような物で、こちらもおしゃれで気に入っている。


「いや、でもこれはちょっと気合い入りすぎてる感がするよな」


 悩んだ挙げ句、やはり最初の服に決めた。家を出ると、空が真っ青だった。俺は走って駅まで向かった。








 電車を乗り継ぎ、遊園地に到着した。遊園地前で待ち合わせだったよな。俺は腕時計を確認する。


「ちょっと早く来すぎたか」


 時刻は八時半。待ち合わせ時間の三十分も前だ。いや、しかし女の子を待たせるわけにはいかないし。余裕を持って正解だ。遊園地の入り口で待っていると、次々と仲睦まじいカップルや子供連れの家族が園内に入って行く。前まではそんな光景を見てもなんとも思わなかった。だが、今はそんな気持ちもわかる。

 照りつける太陽がジリジリと肌を焼いた。


「あ、駿之介くーん!」


 声のした方向を見ると、遠くからローナが走って来た。俺の前まで走って来たローナは、息を切らした。


「別に、そんなに急がなくて良いのに」


 ローナは白いワンピースにサンダルを履いている。ワンピースから細くて白い腕が見える。走ったからか、額に汗をかいていた。


「駿之介くんが先に来るなんて予想外でした」

「そ、そうか」

「はい!」


 俺を見たローナが笑った。か、可愛い。


「でも、あの彩先輩が良く許したな」

「いえ、先輩には遊園地に行くことは言ってません」

「そうなのか?」

「はい。仮病を使っちゃいました」


ペロッと小さく舌を出すローナ。仕草がいちいち可愛い。

これまで特に意識して来なかったが、俺たちは付き合ったんだ。これからデートってやつをするんだよな。そう思うと柄にもなく緊張してきた。


「行きましょう」


 そう言ってローナが俺の手を取って歩き出した。ローナの手が柔らかくて、ドキリとする。手に汗が吹き出してきた。ローナは、嫌じゃないんだろうか。


 入り口をくぐり、人気アトラクションを次々と回る。


「キャーーーーーー!」

「うぉぉおおおおお!」


 ローナはビビることなくジェットコースターに楽しんで乗っていた。


「お前、こうゆうの平気なんだな」

「はい! すっごい楽しいです! あ、あれあれ! 次はあれに乗りましょう!」


 けっこう激しめの乗り物に乗りまくった。お店でチキンやチュロスなどを購入し、次乗るアトラクションを決めながらローナはチキンを頬張った。その顔は真剣その物で、なんだか俺は可笑しくなった。


 その後も、キャラクターの入れ物に入ったポップコーンを首から下げて喜びながら頬張ったり、


「美味しい〜! 幸せ〜!」


 頭に着ける派手な耳をお揃いで無理やり買わされたり、


「コレコレ、コレがほしいです!」

「お前よくそんな恥ずかしい物着けれるよな」

「え!? なに言ってるんですか? 駿之介くんも一緒に着けるんですよ?」

「は⁉ いや、俺は無理だから!」

「ダメです! こういうのは、お揃いで着けるから意味があるんです」

「無理無理無理!」

「ダメでーすー! 無理じゃないですー!」


 どデカイサングラスを着けて遊んだり、


「どうですか⁉ 似合ってます?」


 たくさん買い物をして遊んでいたので、俺の財布はすっからかんになってしまった。


「駿之介くん! 早く早くー!」


 だが、楽しそうなローナを見ると、まあいいかと思った。

 まだまだ乗りたいアトラクションは合ったようだが、辺りが暗くなってきて、もう閉園時間が迫ってきていた。


「次で最後だな」

「最後はあれに乗りたいです!」


 そう言ってローナが指さしたのは、園内のどこからでも見える遊園地最大の乗り物、観覧車だった。


 遊べる最終時間が迫っていることもあり、並ばずにすんなりと乗ることが出来た。


 俺とローナは向かい合って座った。ゆっくりと上がっていく観覧車。真ん中辺りに来たところで、ちらほらと帰っていく人たちが見えた。


 頂上に近づくと、綺麗な夜景が一望できた。


「きれーい……」


 外の景色を眺めるローナの横顔が少し大人びて見えて、ドキリとした。ここで俺はあることを思い出す。ローナが以前部屋で言っていた夢の中に、観覧車の頂上でキスをするというのがあった。


「頂上じゃなきゃ、ダメなんです!」


 とまで力説するほど拘っていた。これは、するチャンスではないだろうか。ローナの部屋でした時もそうだが、二回のキスいずれもローナからアプローチされてしていた。まさか、「頂上でキスしようか? 夢って言ってただろ?」なんて雰囲気もぶち壊しだしなにせかっこ悪い。ここは俺が男を見せる時ではなかろうか。そう思ったが、いざキスをしようとなると、体が動かなくなった。

 動け、俺の体! 立ち上がれ、俺の勇気!

 覚悟を決め、ローナを見た。


「ロ、ローナ!」


 緊張して声が裏返ってしまった。

 が、もう止まらない。ローナが俺に振り返り、俺は立ち上がってローナに近づいた。


「っ!」


 ローナの肩を掴み、ゆっくりと顔を近づけ、もう少しでキスをしそうになったところで、


「あっ、駿之介くん! 見て下さい!」

「へ?」


 ローナがバッと外を指さした。指さした方向を見ると、一つのアトラクションハウスが合った。


「あれ、入るの忘れてました〜!」


 ローナは鞄からノートを取り出し、付箋が貼ってあるページを見せた。そこには、やりたいことリストと書かれていて、しっかりとあのアトラクションが書かれている。


 涙目で落ち込むローナに、


「まあ、次来た時に遊べばいいじゃん」と言った。

「そうですね」


 ローナが微笑んだ。気づけば、頂上はとっくに過ぎてしまった。これも、次回だな。そう思って、観覧車の夜景を楽しんだ。


 観覧車から降り、帰ろうとすると、ローナがアイス屋さんを指さした。


「あの、グルグル回っている白いやつがどうしても食べたいんです!」

「ソフトクリームだろ? でも、もうやってないかも知れないぜ?」

「お願いします! あれを食べないと心残りで……最後のお願いです」


上目遣いでそう言われると、ドキッとする。


「……ったく、しょーがねぇな」

「やったー!」


これが惚れた弱みというやつか。


「ちょっと待ってろよ!」


俺は走ってアイスを買いにいった。

幸運な事に、アイス屋さんが閉まるギリギリでアイスを買うことができた。お店の店員さんが最後のお客様だからという理由で、多めにアイスを入れてくれた。


「ありがとう」


これはローナも喜ぶだろうな。俺は走ってローナの元に戻った。


「おい、店員がサービスしてくれたぞーーあれ?」


しかし、その場にローナの姿は無かった。


「おかしいな……確かにここだったはずなのに。トイレにでも行ってんのか?」


俺は少しその場で待ってみることにした。が、一向にローナが来る気配がない。


「どこいったんだよ」


俺は携帯を取り出した。画面を着けたところで気づく。


「あ、俺ローナの電話番号……知らねぇや」


閉園のアナウンスが流れた。


『お客様にお知らせです。本日の営業は、終了いたしました。ご来店ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております』


園内のアナウンスが流れ、次々と人が帰りはじめる。

ドロドロに溶けたアイスを持ちながら一人で立っている俺の前を通る人たちが、チラチラと見ていた。

数分して、ついに周りには誰もいなくなり、通りがかった従業員が俺を見て声をかけてきた。


「すいません、お客様。もう閉園のお時間ですので」

「いや、ちょっと待ってくれ。連れがいるんだ」

「お連れ様ですか……?」


従業員は驚いた顔をした。暗く辺りを見渡すが、広い園内には俺たち以外に誰も居ない。


「お連れ様と連絡は?」

「いえ、連絡先を知らなくて」


従業員は困った様子だった。それもそうだろう。連絡先も知らない人と遊びに来ているなんて、そうそういない。


「もしかしたら、もう先に帰ってしまったのではないでしょうか?」

「そう、ですね……。すいません」


手に持ったアイスが原形を無くして溶けていた。俺はそのアイスを持ったまま、園を出た。


「くそ、どこに行ったんだよ。もしかして本当に先に帰ったのか?」


俺は携帯を取り出し、ナオキに電話をかけた。ナオキだったら同じ役員同士、ラインくらい知っているかもしれない。携帯を打つ手が震えていた。

少しのコールの後、ナオキが電話に出た。


『もしもし? どうした、こんな遅くに』

「あぁ、ナオキ悪い。ローナの電話番号知らねぇか?」

『……ローナ?』

「あぁ。二人で遊園地に来てたんだけどよ、ちょっとはぐれちまって」


学校を休んで二人で遊園地に行ったという事を咎められるかと思ったが、ナオキの口からは思いがけない言葉が返ってきた。


『ローナって、誰だ?』


一瞬、時が止まったかのように感じた。


「……え? 何言ってんだよ、藤崎ローナ、俺らと同じクラスだろ? お前と同じ、生徒会役員の」


言いながら、嫌な予感がした。冗談だよ、という言葉が返って来るかと思ったが、


『何言ってんだよはこっちのセリフだよ。そんなやつ、クラスにも生徒会にもいねーだろ』


嫌な汗が流れた。幼い頃一緒にいたから分かる。ナオキがそんな冗談を言わないということが。言葉が出なかった。


そうか、そういうことか。


『おい、駿之介?』



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