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戦え!社長秘書!  作者: 雫
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結局、社長と話をしてからもなんやかんやと業務に追われた美雨が会社を出たのは、7時を少し過ぎた頃だった。会社を出てスマホを見ると、件の恋人から連絡が来ていた。


『近くのカフェにいる。終わったら連絡を』


久々の連絡に思わず気持ちが緩む。近くのカフェといえばあそこだろうと検討をつけ、向かう旨を連絡すると、先ほどより些か軽い足取りでカフェに向かった。





カフェに着くと、平日の夜ということもあってか、人はまばらだった。カフェオレを頼んで席を見回すと、小難しい顔をして書類を見ている恋人の姿があった。2週間ぶりに海外から帰ってきたのにもう仕事をしている様子に、若干呆れた気持ちにすらなりかけたが、こういう人だったと思い直す。カフェオレを手に席に近づくと、やっと顔を上げた。


「残業お疲れ様」

「副社長こそ出張お疲れ様です」

「勤務時間外にその呼び方はやめてくれ」

「ふふ。おかえり、嶺」

「ただいま。…あんまり連絡出来なくて悪い」

「時差もあるし、忙しかったんでしょ?こっちも麻木さんの抜けた分のカバーでもう残業三昧だったから気にしないで」


その言葉を聞いた嶺は、少し眉をひそめたが、美雨はそれに気づかないふりをした。ワーカーホリックである彼は、自分のことを棚に上げて、美雨が残業を重ねることを好まないからだ。



「そうそう。その麻木さんのカバーの件なんだけど、今日社長から新しい秘書を入れるって言われて。あなた専属に」

「新しい秘書?見つかったのか、こんな中途半端な時期に」

「それがなんとね、社長のお姉様なんだって。お姉様と嶺は幼馴染なんでしょ?すごく優秀だし、幼馴染なら気兼ねしなくていいから良かったなって思って」



てっきり喜ぶかと思った恋人は意外にも険しい表情をしていた。美雨が社長の姉を人より知っているのは、嶺と姉が幼馴染で旧知の仲であると過去に聞いたことがあったからだった。元々現社長の父親で、今の会長が社長だった頃の専務が嶺の父親で、家族ぐるみの付き合いだという。今の若い社長は、実はこの年上の副社長を兄のように慕っているのだ。



「嶺?」

「いや、何でもない。…お前が俺について、アイツが社長につけばいいだろうにと思っただけだ」

「社長の気遣いじゃない?あんまり仕事でべったりしてたら、プライベートに支障が出るかもしれないし」

「…ちょっと冷たくないか?俺に」

「そんなことないって!…ただ、仕事が楽になるのは嬉しいけど」

「なるほど。だからさっきから顔がゆるゆるな訳だな」



それは久々に会えたからなのだが、それを伝えるほどの勇気はなかった。嶺の表情はいつも通りに戻っていたので、特に問題はないだろうと美雨は思い直したが、嶺の一瞬の苦い表情や物言いが少し気にかかった。それから、『アイツ』という呼び方も、彼にしてはやけに砕けた言い方であった。


(幼馴染って言ってたし、きっと仲良いだけだよね)


少し胸がざわつく気がしたが、いつもの会話に、すぐにそれは美雨の意識の外へと追いやられていった。







□■□■

■□■

□■



(もう、朝か…)


ふと微睡みから目を覚ますと、時計は5時40分を指していた。昨夜はそのまま嶺の家に泊まったので、当然彼は隣に寝ている。



「…私も休みたい」



隣で寝ている嶺は、海外出張明けで今日と明日は休み。自分だけ仕事に行くなんて、余計に後ろ髪引かれる思いである。そんな気分でふと出てしまったため息を飲み込んで、ベッドから抜け出そうとしたが、それは叶わなかった。



「じゃあ休めば?」

「嶺、起きてたの?というか、仕事遅れるから離して」

「美雨が熱視線で見てくるから目が覚めたよ」

「見てませんけど?第一休めるわけないでしょ?」



腰の辺りに抱きつく様子は小さな子供と同じだ。何ならそのまま寝ようとしているので、何とか抜け出さないといけない。



「れーい?」

「有給消化も大事な仕事だろ」

「もう、わがまま言わないで」

「…向こうにいる間、ずっと美雨のことを考えてたよ」

「急にどうしたの?」

「取引先のスタッフが、観光の時間を作ってもてなしてくれて、色々見て回ったんだ。どこもとても綺麗だった。…隣に美雨がいればって何度も思った」



この時ばかりは嶺が自分の腰に顔を埋めていて良かったと思った。付き合って5年以上経った頃から、一緒にいるのが当たり前で、中々お互いの思いを口にすることは無くなっていた。寝ぼけながらとはいえ、こんなことを思ってくれていたなんて、と久々に赤面するほど恥ずかしくなった。



「今度お互い休み合わせて旅行行きたいね」

「…出来るとしたら新婚旅行かな」

「…え?」



少し遅れて反応した頃には、嶺はすっかり眠りに落ちていたが、先程までの暗い気持ちは無くなって、力がみなぎるような気分になった。女とは案外単純な生き物なのだ。額に口づけて腕から抜け出すと、急いで準備を始めた。

1日が、始まろうとしていた。

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