4話
戦後処理が落ち着いてきたころである。オリガと打ち合わせを終えて帰ろうとしていたキーランは、宇宙軍総司令本部内で、かつての教え子に捕まった。
「先生! お久しぶりです!」
「ああ、久しぶり、ディマス」
敬礼を返し、キーランはかつての問題児を見て微笑む。何故か、キーランは問題児に好かれたのだ。彼は「変わりませんねぇ」とキーランを見て懐かしげな顔をした後に、言った。
「で、先生、今日今から空いてます?」
キーランが終業と言うことは、彼も終業なのだ。キーランが「とくに予定はないけど」と素直に答えると、彼はキーランの腕をがっしりつかんだ。
「先生、一緒に合コン行きましょ」
「……ごめん、さすがに意味が分からない」
本当に意味が分からない。いや、わかるにはわかる。合コン、いくらでも行けばいい。だが、何故それにキーランを誘うのか。しかも、その口で『先生』と呼びながら!
「ああ、いや、さすがに俺でも非常識なのはわかってますけど、急遽欠員が出ちゃって、今のところ声かけた全員に振られてるんです」
それは日ごろの行いのせいでは? と思わないでもなかったが、さすがに口には出さなかった。
「と言うわけで、お願いします!」
ただそこにいてご飯食べてるだけでいいんで! とディマス。しかしキーラン、ひとつ気になることが。
「ディマス。君、今いくつだっけ?」
「へ? 二十五ですけど」
「階級は?」
「少佐です!」
元気よく問題児は答えたが、キーランは顔をしかめた。
「つまり、みんな二十代で少佐前後ってことだよね。私は三十二歳少将なんだが……」
「大丈夫です! 先生、若く見えますから」
「……」
とても微妙な気持ちになった。そりゃあ、確かに、教官をしていた時代も学生に間違われたけど。軍人はきっと、キーランの容姿を知っているだろうと言うツッコミは、双方ともに出てこなかった。おそらく、ここにオリガがいれば冷静につっこんでくれただろうが。
だが、残念ながらと言うか、この場にいる二人は問題児とちょっと抜けている少将だった。
結局、押し切られる形でキーランはディマス少佐と一緒に行くことになった。連れて行かれたのは、男性軍人が選んだとは思えないおしゃれなレストランだった。聞けば、女性側の主催者が選んだらしい。そう言えば、合コンなのだった。合コンに来る艦隊司令官ってなんだろう。確かに未婚だけど。
男女五名ずつ。宇宙軍も人数が多いので、ほとんど知らない人だったが、女性の中に一人知っている人がいた。というか、数時間前まで一緒にいた。
「……何してるんだい、ブルーベル大尉」
「それはこちらのセリフですが、提督」
少将と提督と行き来していたオリガのキーランへの呼びかけが、提督に統一されてきた。と言うのはどうでもいい。私服のシフォンのスカートを纏った彼の副官が合コン現場にいた。
生真面目な副官と合コンと言う単語の不一致がはなはだしい。似たようなことをオリガも思っているが、キーランはさすがにそこまで推し量れなかった。
合コンが始まっても、この二人はどこか浮いていた。知り合いなの、と一通りからかわれ、上官と副官だと言うと全員一気に興味をなくした。
「提督、なんでここに来たんですか」
サラダをとりわけ、キーランの方へ押しやりながらオリガが尋ねた。キーランはその皿を受け取る。
「いや……なんか、人数が足りないって」
「まあ何に参加しようが提督の自由ですが」
押しに弱すぎだろう、とオリガの顔に書いてあった。職務中はまじめな表情を崩さない彼女だが、プライベートだとちょっと読みやすい。
「君がこういう集まりに参加すると言うのは意外だ」
「……私は女性士官の交流の場だと聞いてきたのですが」
どうやら騙されて連れてこられたらしい。キーランは思わず笑った。
「しっかり者の君も、だまされることがあるんだね」
「……見抜けませんでした。不覚です」
少しむすっとした顔をしているオリガは、いつもより人間味がある。表情がないと、人形めいた美貌で少しとっつきづらいのだ。
それにしても、表情が付くと何となく懐かしいような顔立ちだ。さて、どこで見たのだろうか。
オリガが楽しげに会話をしている他の八人を見る。キーランは苦笑を浮かべて言った。
「大尉、私に気を遣わず、参加してくればいいよ」
「……興味がないわけではありませんが、苦手なのでいいです」
「ああ……うん、私も」
何しろほとんど知らない人だし。まだ彼女と一緒の方が、キーランも落ち着く。
「少将、何か飲みますか」
「え? ああ、うん。じゃあ……」
オリガがキーランのグラスが空になっているのを見て言う。キーランは端末のメニューから酒を選ぶ。話していないのでグラスを空けるのが早い自覚はあるが、オリガもグラスを空にしていた。
「ちょっと、オリガ。あなたも参加しなさいよ」
「ブルーベル大尉よね。上官を殴って降格したって本当?」
おいそれ今聞くことか? とキーランは無神経な質問に内心顔をしかめたが、オリガはけろりとしたものだ。
「上官の命令に逆らったという意味なのなら、本当です」
「それで、先生の副官にとば……異動させられたんだ」
これはディマスだ。彼の方が五つばかりオリガより年上だろうが、階級は一つしか違わない。オリガの昇進が早すぎるのだ。
「提督にはよくしていただいております」
「ふーん。まあ、先生抜けてるところあるからオリガちゃんくらいしっかり者が副官の方がいいかも」
「オリガちゃん……」
小さな声でオリガがつぶやいた。そんなふうに呼ばれたことがなかったのだろうか。
「何の話してたんだっけ?」
「そうそう。どうして宇宙軍に入ったか!」
「少将はどうして軍人に?」
女性陣に問われてキーランはたじたじとなりながらも「……成り行き?」と答えた。正直に。
「先生なら納得の理由ですけど、成り行きで少将にまでなれるんですか」
と言うディマスの疑問だが、それはキーラン自身が聞きたい。
「まあ……私は士官大学に行きたくて士官学校に入ったからなぁ」
「なんでまた士官大学に?」
エリート思考? 頭いい! と女性たちが騒ぐ。女性の一人であるはずのオリガは酒のお替りを頼んでいたが。この子、本当に酒に強いな。
「ああ、いや、昔……子供のころに、士官大学の教授の公開講座を受けて、この人から学びたいと思ったんだよな。時々士官学校でも教えてたけど」
「何教えてたんですか?」
「戦術論全般だ」
戦術論は士官候補生の必修授業だ。この場にいる全員、受けたことがあるだろう。
「へえっ。私たちも知ってる先生ですか?」
キーランは発言した女性を見た。オリガよりいくつか年上に見える。キーランは首を左右に振った。
「いや、私の世代か、士官学校卒の軍人でも、二十代後半じゃないと知らないだろうな。私が大学を卒業する年に亡くなったから」
結構高名な元軍人で、第三次世界大戦を生きぬいた人だ。教え方の上手な人だった。この人を知らなければ、キーランは士官学校に行こうなどと思わなかっただろう。
「提督。失礼ですけど、提督っておいくつでしたっけ」
聞いていないようで話を聞いていたらしいオリガの発言だった。キーランは「三十二だけど」と首をかしげる。
「それがどうかした?」
「……いえ。少し、気になったので」
珍しく歯切れの悪いオリガだ。突然、彼女の隣の女性が「あ!」と声を上げる。
「そう言えば、オリガはなんで宇宙軍に入ったの?」
「両親が連合宇宙軍の軍人だったから」
簡潔すぎる答えだった。キーランも協力する気がないが、彼女もないんだな、とキーランは手元のグラスをあおった。
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