3話
時ならぬ戦闘が始まってしまった。宇宙戦闘機同士が撃ちあう混戦が、こちらに近づいてくる。キーランがこちらに誘導するように命じたからだ。宇宙での戦闘の主力は、この宇宙戦闘機同士の戦いになる。
「うまく誘導できているようですね」
「みんな、腕のいいパイロットだね」
そこだけ戦闘中とは思えない静かな会話だった。生真面目な副官と、落ち着いた司令官。キーランはスクリーンを見るオリガの横顔を見た。
美しい女性だ。しかし、考え方はキーランと近しい。彼女も戦術一般論をちゃんと踏まえている。キーランに、彼女を育てろと言うことだろうか。今のところ、教えることはなさそうだ。むしろ、キーランが助けてもらっているし。
敵が引きつけられてきた。キーランは静かに指示を出す。
「全艦、荷電粒子砲発射用意」
その指示に、主砲の起動と戦闘機の退避指示が同時に行われる。
「放て」
ぎりぎり退避が完了するタイミングで主砲が撃たれた。もちろん、敵宇宙戦闘機も動きが素早いので、だいぶ避けられたが。キーランはため息をつく。
「まあ、衝撃は与えられたかな。戦闘機を再展開。タイミングを見て引くよ」
「徹底抗戦はされないので?」
形式的にオリガが尋ねた。わかっているだろうに、彼女はわざと尋ねる。キーランの思惑を、周囲にもわからせるためだ。率先して副官が確認するので、他のクルーたちも疑問を抱きながら仕事をしなくて済む。
本当に優秀だと思う。苦手意識は消えないが……。
「まあ、双方ともに不本意な遭遇戦だからね。特にこちらは、演習目的で出て来たわけだから、長期戦の用意をしていない」
だから、逃げられるときに逃げてしまおうと言うのだ。オリガがうなずく。
「わかりました。そのように」
「あ! このまま伝えないでくれ!」
さすがにぶっちゃけ過ぎだと自分でも思い、キーランは叫んだ。ちょっと微笑んでくれてもいい場面だと思うのだが、オリガは生真面目そうな表情を崩さずに「わかりました」とだけ答えた。まじめすぎる……。
背後の指揮官席で繰り広げられる喜劇に、ブリッジの雰囲気が和む。って、司令官のキーランが一人で騒いでいるだけだけど。
相手も遭遇戦で時間を取られるつもりはなかったのだろう。どうにか退却すると、キーランは息を吐いてシートの背もたれに身を預けた。
「どうにかなりましたね」
斜め前の副官席に座っていたオリガが立ち上がり、ふわりと指揮官席のシートをつかんで降り立つと、キーランにそう話しかけた。キーランは「何とかね」と肩をすくめる。
「ブルーベル大尉、助かったよ。さすがに優秀だね」
さすがは士官学校を優秀な成績で卒業しただけはある。そして、突然指揮をとらされて、うまくまとめあげた力も本物だった。基本的な能力は平凡であるキーランとは違う。オリガは言われ慣れているのか、「恐れ入ります」と頭を下げた。
悪い子ではないし、もう少し笑ってくれればとっつきやすいんだけど、と上官らしからぬことを思いながら、キーランは言った。
「演習は取りやめ。このまま基地に帰ろう。進路を変更」
「了解」
ブリッジ・クルーがその指示に従う。演習どころか、まさかの実戦になってしまった。戦時中なので何が起こるかわからないのは事実だが、計画上では失敗である。今回の『損害率』を確認しながら、キーランはため息をつくしかなかった。ただの演習のつもりが、本当に、世の中何があるかわからない。
結局、戦闘はスクランブルで発進した艦隊が到着する前に集結している。基地の司令官も、「まあ、オブライエン少将の部隊だし、大丈夫だろう」くらいの調子だったようだ。それは信頼されているのか、微妙なところだと思う。
なんにせよ、彼らは無事に低軌道ステーション基地に戻ってきた。兵たちは安堵の表情だが、司令官や副官の表情は芳しくない。まあ、副官殿はいつも通りのまじめな表情なだけだが。
「……部隊を再編しなくちゃ……」
「新兵訓練のはずでしたからね。始末書ものですね……」
顔はまじめだが、口調からさすがのオリガも困っているのだろうな、と察したキーランである。少し人間らしい面を見て、キーランは微笑んだ。
「動かないと何も始まらないからね。ブルーベル大尉、まずは状況をまとめて報告してくれ」
「了解です」
彼女はてきぱきと状況をまとめ、各部署から上がってきた報告を照らし合わせる。さらにそれをキーランが確認する。一度オリガの目を通しているので、特に問題はなさそうだ。そのまま、連合軍の管理部署に流せば必要な物資などの見積もりが届くだろう。
基地に到着するころには、オリガはきっちり自分の仕事を終わらせていた。キーランが確認だけで済ませられたのは彼女のおかげ。
「ブルーベル大尉、お疲れ様。おかげで助かった。今も、戦闘中も」
「いえ。差し出がましい口を利いてしまい、申し訳ありませんでした」
職務を越えるようなことをしたかな、と考え、そう言えば、往路の時に一時的に指揮を任せたなぁと思った。第八特別機動艦隊には、副司令官が置かれていない。むしろ、オリガを副司令官に任じたい。
部隊が再編されることになり、第八特別機動艦隊は事実上の開店休業中になった。せっかく準備が整ったところだったのだが、やり直しだ。命令系統が独立している彼らは、地上に降りることになった。理由は簡単。宇宙基地にいてもすることがないのである。正確には、何もできない。
艦隊は再編中で、人員も武器も足りない。司令官を含む上層部は、どちらにしろ地上連合首都メイエリングにある統合参謀本部に報告に行き、宇宙軍司令本部から新たな命令を受けてこなくてはならない。そして、事務手続きは地上で行った方がスムーズだ。
「少将、搭乗手続きが終わりました。このまま先に降りましょう」
「ああ、ありがとう、ブルーベル大尉。じゃあ行こうか」
キーランは後を他の幹部に任せると、オリガを伴って軌道エレベーターに乗り込んだ。そのまま地上に降りる。その間にも事務処理を行う。……のは、基本的に、オリガが。
「少将、確認お願いします」
「あ、うん」
キーランは送られてきたデータに目を通し、サインをするのみ。キーランもやってできないことはないのだが、オリガがやった方が早いのだ。
軌道エレベーターは赤道付近に建てられているため、地上についても北半球にある連合首都メイエリングまではシャトルで移動することになる。首都に着いたらついたで、二人は人事や陸海空宙軍を統括する統合参謀本部、宇宙軍を統括する宇宙軍総司令本部を駆けずり回ることになった。軍事施設は首都近郊に集まってはいるが、それなりに距離があるので、行ったり来たりと大変だった……。
キーランは途中で飽きてきて、オリガに引きずられるように職務を行っていた。オリガ、見た目に寄らずタフだった。
「ブルーベル大尉、助かったよ……まだしばらく、よろしく頼む」
「ええ。仕事ですので」
オリガの型どおりの返答に、キーランは肩をすくめる。オリガが敬礼した。
「それでは、本日は失礼いたします」
「ああ、お疲れ様。また明日」
「はい」
キーランが答礼し、二人は別れた。キーランが苦手とするかはともかく、オリガは優秀な副官であるので、ありがたい話ではあった。
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