25話
「まったく訳が分からない……」
「それ、戦争が終わったことについてですか? それとも、ご自分が撃たれたことについてですか?」
「両方……」
軍病院の一室で目覚めたキーランは、翌日、副官のオリガから戦争が終結したことを聞いた。聞けば、キーランは二日ほど目を覚まさなかったそうだが、その二日の間に一体何があったというのか……。
「まあ、『Coal』と呼ばれる戦争ビジネス集団が一斉検挙されたことでしょうか。統一機構とも連携を取れたので、早かったですね」
と、こちらはキーランの元副官グランデ少佐。副官二人に睨まれてキーランは小さくなっている。
「戦争が終結したのは、戦争を続ける意味が無くなったからです。連合も統一機構も、経済が疲弊していますし、反戦運動も強まってきていましたからね。戦争を奨励する連中がいなくなれば、終わるのは当然です」
しれっとグランデ少佐は言うが、それは事前に準備しなければこんなに短い期間で片付かないだろう。おそらく、終戦派が内々のうちに準備を進めていたのだと思われる。
便宜上『Coal』と呼ばれる戦争ビジネス集団は、戦争を起こすことで利益を得ていた。戦争は破壊しかない、と彼の師は言ったが、利益を得る族もいたということだ。まあ、それも一瞬のこと。戦争は生産性がないため、消費しか生まない。そんな世界は疲弊して行くに決まっている。
三十年前に第三次宇宙戦争が終結し、やっとまた経済が盛り返してきたところだったのだ。
議員や軍幹部の一部、おそらく他にも協力者はいるのだろうが、彼ら彼女らは彼らから金を受け取って、戦争を誘発していたわけだ。その動きは不自然だったろうし、情報部はもともと警戒していたのだろう。
そこに踏み込んできたのがヴィエラやオリガの母娘だ。妙に賢い子の母娘は、踏み込んではならないところまで踏み込んでしまったのだ。つまり、真実に迫りすぎてしまった。
二十三年前、統一機構軍宇宙要塞鳳天へのテロ攻撃も、『Coal』が裏で糸を引いている。あわよくばそのまま開戦すれば、と思ったのだろう。その場にいたヴィエラがテロ組織を攻撃したのでその時は開戦とならなかった。
それから二十年以上の時を経て、その娘が真実に迫り始めた。中継地点であったコロニー・アニスを調査に行ったのは完全に瞥見であったが、今となってはオンドルシュ長官の戦略の一部だったのではないかと思えてくる。
「……まあいいや。そっちはグランデ少佐たちに任せた方がよさそうだし」
「専門ですからね」
ならなぜ艦隊司令官の副官などやっていたのか……経験の一つなのだろうか。
「終戦したら問題ないしね」
イザークも無事であるようだし、後の処理は任せてしまえばいい。
と言うより、何故自分は撃たれたのか。急所にあたったわけではないので、見つかるまでに多少時間がかかったが、無事だった。ただ失血が多くて目覚めるまでに時間がかかったようだ。
「ああ、それはブルーベル大尉関係です」
『Coal』に全く関係がなかった。
「ブルーベル大尉が好きだという士官が提督を撃ったそうですよ」
「は? どうして?」
「私の恋人に間違われたらしいですよ。面白いですね」
「……」
さらっと言ったオリガにキーランの心がちょっと傷ついた。司令官とその副官なのだから、一緒にいることが多いのは当然だ。そこだけを見て撃たれたのではたまらない。
「と言うことで私、異動になりました」
「は?」
オリガがさらっというので聞き流しそうになった。オリガがキーランの副官になってから半年ほどしかたっていないのだが。
「二か月後、終戦条約締結式を最後に、統合参謀本部総合戦略部に配属になりました」
連合軍全体の行動を決める中心部だ。彼女にはそれだけの能力がある、と判断されたのだろう。
「提督にもそのうち辞令が出ますよ」
「そうしたら大学に戻りたいな」
グランデ少佐の言葉に、キーランはつぶやいた。戦争が本当に終結したのなら、実働部隊は解体されていくだろう。一緒に戦ってきた仲間がバラバラになると思うと、寂しい気もした。
△
キーランは終戦条約締結式を宇宙で迎えていた。第八特殊機動艦隊、最後の任務だ。条約の締結を見た後、この特殊部隊は解体されることが決まっていた。もともと、大学教授を筆頭にした寄せ集めの特殊部隊だった。戦力が足りないために急ごしらえされたもの。ある意味エキスパートの集団であったが。
キーランはブリッジで条約締結の中継を見ていた。記念すべき瞬間、などと言っているが、最初から開戦しなければよかっただけでは? と心の中でつっこんでしまった。
「終戦したというのに、浮かない顔ですね」
オリガがふわりとキーランのいる指揮官席の隣に降りる。背もたれに手をつき、慣れた様子で床に足をついた。
「……結局、僕たちは掌の上で転がされてたのかなって」
「仕方がありません。軍人ですから」
戦えと言われれば戦い、やめろと言われればやめる。軍人となったからには、仕方のない話ではある。まじめに答えてきたオリガに、キーランは目を細める。彼が口にしたことも事実だが、ここまで戦ってきた仲間たちと離れるのがさみしかったのだ。
キーランは席から立つと、条約締結式を映している画面に向かって敬礼した。続くようにクルーたちも敬礼する。勢い余って浮いてしまった者もいるが、そこはご愛嬌だ。
こうして、第八特殊機動艦隊の最後の任務は終了した。
△
次の配属先で、迷惑かけちゃだめですよ、とどこかで聞いたようなセリフを吐いてオリガは統合参謀本部へ移動していった。それに伴い、少佐に昇進したようである。いや、一年近く降格処分を受けていたため、元に戻っただけともいう。
キーランの方は士官大学の戦術理論の教授に戻った。その際、少将から中将に昇進したが、これは終戦祝いのようなものだ。
実践を経験したからか、キーランの話は実用的でわかりやすいと言われるようになった。しかし、これから平和に向かっていくのにこんなことを学んでどうするのか、という士官候補生もいる。そのたびに、キーランは戦術論は生活にも応用できることを説明することになる。
そして、オリガだが……意外と縁は切れなかった。そもそも住んでいる官舎が近いので、気軽に行き来ができるのである。……いまだに料理を差し入れてくれる……。うれしいしありがたいが、これってどうなのだろう……。
お礼と称してキーランがオリガを食事に誘うことは恒例行事になった。一緒に映画を見に行ったこともある。オペレーター育成教官として士官学校に赴任したシレア大尉に、それで何故付き合っていないんですか、と突っ込まれた。
「……ブルーベル少佐」
「はい」
今日は流行りだというカフェに来ていた。ちなみに、イザークに教えてもらった店だ。何故だかよくわからないが、キーランとイザークの交流も続いていた。さらっと毒舌な彼だが、何となく懐いてくれているので可愛いな、と思うこのごろだ。
クレープ生地を重ねたデザートを食べていたオリガが首をかしげる。軍服姿をほとんど見なくなり、彼女と会うのは彼女が私服の時だ。そうしていると彼女もただの女性なのだな、と思う。
「なんでしょうか」
いつものように淡々と尋ねられ、キーランはちょっと心が折れかけた。
「……いや、なんでもない……」
オリガは「そうですか?」と首をかしげる。それから彼女が言った。
「では、私から一つ」
「何かな」
「中将、私のことが好きでしょう」
「………………それ、自分で言う?」
キーランがうなだれる。オリガがくすくすと笑った。
「中将はわかりやすいですから」
作戦中であればポーカーフェイスも保てるのになぜだろう。顔が熱い。
「ええっと、好きです」
特に胃袋がつかまれている気がする。ぽつっとつぶやくと、オリガは「では、私の作戦勝ちですね」と何事もないように言った。え、とキーランは顔をあげる。
「待って、君戦略家だからホントに洒落にならないから!」
「私も好きだということです」
「いや、答えになってないよ!」
そのオリガの言葉はうれしいが、くすくすと笑うオリガの腹の内は、結局、キーランには一生読めることはなかった。
……そして、この時の『作戦勝ち』と言う言葉が本当かと言うことも、真相不明のままだった。
これまでお読みいただき、ありがとうございました。
これで最終話になります。
おつきあいくださった皆様、ありがとうございます!
実は『Foresight』の続編と言うか本編のつもりで始めたのですが、結局話数が一緒という……。




