23話
無事にオリガを救出したキーランたちは、そのまま第二航空宇宙学研究所へ向かった。オリガの養母、ハリエット・ブルーベル技術少将の元へ向かったのだ。
「俺、突入する意味ありました?」
リンドロード少佐が移動中につぶやいた。キーランは「うん」とうなずく。
「ごめん、おとりにした」
向こうも査問会場に踏み込んでくると思っていたのだろう。案の定対策をしていた。キーランでも鳴り止まないサイレンとオリガの奪還作戦を結び付けて考える。
わかっているのなら、そのまま待っている謂れはない。先にオリガを連れて一部の法務士官が倉庫を脱出。リンドロード少佐が遭遇したのは、救出部隊を待ち構えていたのだろう。だから、あっさりと引いた。
この基地から出るには、空を使うか陸を使うかしかない。サイレンが響く中、スクランブルでもないのに航空機を飛ばすのは無理だ。必然的に、移送車になる。というか、人数的にも移送車の方が楽だ。
後は、先ほどキーランがやったように、門番をしている警備隊を抱き込み、(というか、もともと彼らの仕事である)ちょっと言わせるだけで良い。規定通りの人数で、と。オリガはもともといないはずの人間なのだから、人数が合わないのは当然なのだ。無理やり降ろさなくても、察したオリガが勝手に降りてくる。そして、彼らはそれを止められない。
リンドロード少佐には悪いことをしたし、少々回りくどかったが、わりと穏便に目的を達成できたのではないだろうか。
「敵をだますならまず味方から、とか言いますけど……提督、詐欺師になれるんじゃないですか?」
「僕の師曰く、戦術家は詐欺師と紙一重らしいからね」
キーランは苦笑してリンドロード少佐に答えた。研究所に到着し、運転席にいた女性二人が降りてくる。
「話し合いは終わりましたか」
軍帽をかぶり、サングラスをかけた女性の方が言った。いや、正装ではあるのだが、パイロットに多い格好だ。オリガである。
「俺がおとりにされたことはわかったよ」
「陽動は必要です。あの状況で一人にして、一番うまく切り抜けられる可能性が高いのがリンドロード少佐ですから、私が提督の立場でも同じ判断をしたと思います」
オリガの落ち着いた声の解説に、キーランは「フォローありがとう」と自分が助けたはずの人物に言った。
「ブルーベル大尉は提督の味方かぁ」
「合理的に判断した結果です」
しれっとオリガは言い切った。シレア大尉がそんな二人を見て笑っていた。
「やあ。思ったより遅かったね」
ふらりとやってきた女性は、第二航空宇宙学研究所に所属することを示すIDを首から下げ、白衣を着ている。軍人と言うより研究者のたたずまいで、アッシュブロンドの髪に濃い青の瞳をしていた。年はキーランよりいくらか年上に見える。
「エティも巻き込んでごめん。イザークは大丈夫?」
「あの子ならどこででもしたたかに生きていけるよ」
「それは親としてどうなのかしらね」
サングラスをかけた金髪の方が肩をすくめた。彼女の砕けた口調は初めて聞いた気がする。いや、イザークともこんな感じで話していたか。
「第二航空宇宙学研究所所属、ハリエット・レイクス・ブルーベル技術少将です。オリガがいつもお世話になっています」
「初めまして。宇宙軍第八特殊機動艦隊司令官、キーラン・オブライエン少将です。こちらこそ、ブルーベル大尉にはお世話になっています」
イザークには何度か会ったが、その母であるハリエットには初めて会う。なんと言うか、血はつながっていないのに何となく似ている二人だ。
「で、こちらが、宇宙戦闘機部隊隊長のマティアス・リンドロード少佐。こちらの女性が戦況オペレーターのロザンナ・シレア大尉です」
リンドロード少佐とシレア大尉が敬礼する。技術部であろうと、階級はハリエットの方が上だ。軍隊は序列に厳しい。その割には、オリガはハリエットに対して気安い口調だが……。
「とりあえず、中に入って食事にしよう。と言うか、オリガ、お前、そうしていると本当にお母さんそっくりだね」
「顔だけね」
と、彼女はサングラスを押し上げて言った。確かに目元を隠すとより母親のヴィエラに似ているかもしれない。と言うことは、目元は何となく父親の方に似ているのだろうか。
まあそれはともかく、ハリエットの先導で研究所の中に入った。ハリエットはこの研究所の開発主任にあたるとのことだ。
第二航空宇宙研究所は、その名の通り航空機開発を主に行っており、宇宙、大気圏内、両方で使える機体をメインに据えているようだ。
所属は統合参謀本部直属となるそうで、少し命令系統がキーランたちとは違う。どうしてもテストパイロットが必要なため、空軍と宇宙軍からの出向者もいるようだが、所属する技術者は統合参謀本部付となる。
つまり、情報部の息がかかっている。そもそも、技術開発と情報部は密接な関係にある。最新の技術は外に漏れないように管理されるものだからだ。
「統合参謀本部の状況は?」
食事をとり終えたオリガが尋ねた。キーランたちもご相伴にあずかったが、やはりオリガの料理の方がおいしいと思うのは、キーランが彼女を好きだからだろうか。
「『Coal』と取引があった連中ゆさぶりをかけてるみたいだね。どうも、直接指摘したわけではないようだけど……やり方がヴィエラさんに近いね。オンドルシュ宇宙軍司令長官の差し金だろう」
そこまでわかるんだ、とキーランはひそかに感心した。ハリエットは技術屋なのに。
そう思った後で、「ん?」と気づいた。
「ブルーベル技術少将、もしかして情報部の人間ですか?」
ハリエットはオリガのものより濃い青い瞳でキーランを見た。
「私はただの技術屋だよ」
その答えで、キーランは彼女は情報部の人間なのだろうと確信した。ただの技術屋にしては視点が広すぎる。まあ、キーランの知っている技術屋がただのマッドサイエンティストだった可能性もあるが……。
「あ、あと私からもいいですか」
手をあげたのはシレア大尉。
「昨日連れて行かれる時、ブルーベル大尉は何に気が付いたの?」
ああそう言えば、とキーランも思った。リンドロード少佐はその場にいなかったため、首をかしげるだけだが。
「何と言われても……おそらく、提督が気づいたことと同じかと」
「え、僕?」
「はい。軍上層部に『Coal』とつながっている者がいると言うことです」
「あ、うん。そうだね」
キーランもオリガも、軍内部に内通者がいるだろうと疑っていた。オリガが冤罪で捕まったことで、そのことがむしろ明るみに出たということだ。
「提督が私の残したメッセージに気付いてくださったようなので、あとは統合参謀本部が締め上げてくれると思うのですが」
「自分でやるとは言わないんだね」
ハリエットが言った。それにしてもこの義理の母娘、クールだな……。
「専門家に任せた方が早いわ」
確かにその通りである。オリガは複雑なことは分けて考えるものだ、と言っていたが、これもある意味分けて考えた結果だろう。それぞれが自分の職務範囲内のことを行う。まあ、つまり、それが今までできていなかったから現状なのだが。
「ひとまず、ここでかくまうようにグランデ少佐に言われてるから、ここでおとなしくしてな。たぶん、オリガを連れて行ったやつらも、自分たちに嫌疑がかかってそれどころではないでしょ」
ハリエットはそう言って義娘たちを押し込めた会議室を出て言った。
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