22話
実は、オリガを査問委員会から解放することだけなら、できなくはないのではないかと思っている。今は収賄疑惑と『Coal』との裏取引が絡んでいて身動きできないように見えるが、もともとオリガが連れて行かれたのは『機密保持違反』によるものだ。
問題は分けて考えたほうが簡単だ。オリガがそう言っていたが、その通りだ。オリガを連れ戻すには、彼女が機密情報漏洩などしていないことを証明すればいいのだから。
ただ、彼女を完全に解放するためには、『Coal』を何とかしなければならない。そういう意味で、裏で、というか、統合参謀本部が動いているのは安心だ。キーランは安心してオリガを助ける作戦を実行することができるわけだ。
あることを『ある』と証明するのは難しくないし、ないことを『ある』と言い張るのも実は難しくない。ないことを『ない』と言うのは難しい。物証がないからだ。
で、あるならば、彼女を捕らえた人物の背後にいる人物を捕らえてしまうのが早いと思ったのだが、そちらは時間がかかるようなので、強硬手段に出ることにしたのだ。
「提督にしては思い切りましたね」
「逆に、ブルーベル大尉なら一挙にそこまで行きつきそうですけど」
リンドロード少佐とシレア大尉の言い分である。この二人はオリガと仲が良かったので、声をかけたのだ。二人とも乗ってくれたが言いたい放題だ。
「可愛い顔して思い切りがいい……と言うよりは、常に最善の一手を切ってくる感じだね、大尉は。それが非情な判断だとしても」
リンドロード少佐が言った。確かに、そんな気もする。本人はどちらかと言うと心優しい人物だと思うのだが。
「私、彼女と結構付き合いが長いんですけど、どこまでが読みかわからなかったりするんですよね……」
と、シレア大尉。まあ、オリガの読みの深さはともかくだ。
「まあとにかく、ブルーベル大尉が捕らえられているだろう場所は陸軍第二補給部隊第三倉庫。今はほとんど使われていない場所だね」
「……提督も頭の中どうなってるんでしょうね」
リンドロード少佐が苦笑気味に言った。キーランは無視し、話を続ける。
「査問委員会と言いつつ、あちらは正規の手続きを踏んでいない。これは、統合参謀本部に確認を取ったから確かだ」
「でも、後から手続きをするつもりだったと言われたら、それまででは? 提督も良くやりますよね」
シレア大尉に突っ込まれて、キーランはうん、とうなずく。
「別に無理やりブルーベル大尉を連れ出そうというわけではないよ。彼らが、彼女を手放さざるを得ない状況に持っていけばいいだけだ」
「さらっと恐ろしいことを言われた気がしますが、具体的にどうしますか」
リンドロード少佐も微妙に失礼だ。しかし、これは生活態度の問題のような気もする。そして、時間もない。
「難しくはないよ。シレア大尉、この施設のシステムに介入できる? 最警報を鳴らしてほしいんだ」
「……できますけど……」
スプリンクラーもつけます? とハッカー・ロザリア・シレア大尉。本業は通信管制官なのだが……。キーランも変わっているが、類は友を呼ぶというか、そう言う人材が集まってくる。
「警備システムも全部突破できると思いますが……と言うかこれ、私が協力しなければできないやつでは?」
とシレア大尉が首をかしげる。その通りだ。
「そうなれば、別の方法を取ったよ」
ただ、シレア大尉がいるのならばこの方法が一番速くて簡単だと思ったのだ。
「警報がなれば、警備隊が集まってくる。査問委員会に関わった法務士官たちは、素直に非合法の査問会を開いていた、と言うか、逃げるしかない」
「前者はないので後者ですか。しかし、ブルーベル大尉を連れて逃げるのでは? 彼女が隙を見て逃走する可能性もありますが……」
リンドロード少佐が考えながら口にする。確かに、キーランより軍人として洗練されているオリガなら、混乱に乗じて脱走くらいできるだろう。
「いや、彼女の性格上逃げないよ。だから、連れて行かれる前に突入して確保しないとね」
「……それ、俺がやるんですね?」
「提督にやらせるよりましでは?」
シレア大尉の言葉に、リンドロード少佐が「ああ」とうなずいた。
「どさくさに紛れて、警備隊と一緒に突入します」
「お願い。裏工作……話は通しておく」
「今、裏工作って言いましたよね?」
リンドロード少佐がちょっと引き気味に言った。裏工作と言うか、根回しが大切なのだが、今は時間がない。
「さて、もうちょっと作戦を詰めて決行と行こうか」
いつも通りの口調で言うのが、逆に怖い、と非難された。
△
真昼間に陸軍第二補給部隊第三倉庫でけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。この倉庫には格納庫が隣接されており、整備員たちがぞろぞろと野次馬になる。
「ちょっと空けてくださ~い」
鳴り止まないサイレンに、警備隊が出てきた。しれっともぐりこんでいるリンドロード少佐は訓練服で、服務規程には何とか違反していない。
けたたましい警報は止まない。シレア大尉がシステムに介入しているので、そのシステムを改修しなければ止まらないのだ。警備隊の指示が聞こえないふりをして、リンドロード少佐はキーランが予測した査問会が開かれていると思われる小会議室を目指す。
「……何をしているんですか。今日、この会議室の使用予約はなかったと思うんですが」
ちょうど、小会議室から出てくる一団と遭遇した。上着で隠しているが、法務士官だとわかる。
「……我々が何をしていようと、警備隊には関係ない」
リーダー格らしい男性が言った。リンドロード少佐はちょっと顔をしかめたが、言った。
「まあ、そうですね。この状況なので、整備を含め一連の業務は一時停止となります。そちらのお仕事も一旦保留とするよう指示が出るでしょうね」
この指示は本当に出してもらった。グランデ少佐を通して統合参謀本部から業務停止指示を出してもらったのだ。
つまり、ハッキングが合法的に行われているという……。まあ、深くは考えない。
査問委員会ならば、業務停止となった場合、対象者を一時解放しなければならない。そっちは手続きを踏んでないけど、こっちは踏んでるんだから解放しろ、と言うわけだ。
「少佐」
部下がリーダー格の軍人に囁いた。業務停止命令が来たのだろう。少佐は少し悩むと、部下だけ連れて行った。さすがに、統合参謀本部の指示に逆らう勇気がなかったようだ。
「大尉」
声をかけながら小会議室の中をのぞいてみたが、誰もいない。隠れているのかと探してみたが、結果は同じだった。リンドロード少佐は即座にキーランに連絡を取る。
「提督! いません!」
すると、我らが指揮官殿はしれっと言った。
『うん。わかってるよ』
まだサイレンは鳴り響いている。キーランの作戦が終了していない証拠。
そのキーランは、サイレンを鳴り響かせたシレア大尉と共に基地の搬入口にいた。
「すみませーん。一応、荷物のチェックをします」
サイレンが鳴っているので、当然の対応だ。見張りの警備隊員は正しい。そして、そのそばの小屋から様子を見守っているキーランたちの何とも怪しいことよ。
サイレンが鳴っている以上、出入りするものには警戒する。襲撃があったとかならともかく、今回は違う。ただの誤報ではあるのだが、諜報員が侵入している可能性だってあるのだ。
「……ん? 報告より一人多くありません?」
輸送車の荷台を覗き込んだ警備隊員が言うのが聞こえた。シレア大尉が身を乗り出して「ブルーベル大尉でしょうか」と目を凝らしている。
「報告通りのメンバーと人数で移動してください」
警備隊員の言葉に、一人が輸送車から降りてきた。細身の人物だ。その人をおろし、輸送車はゆっくりとゲートを出ていく。
「シレア大尉、もういいよ」
「了解です」
持っていたコンピューターで、シレア大尉がシステムへの干渉を解除する。これで、しばらくすればサイレンが切れるはず。
二人は小屋から出る。警備隊員と話をしていた輸送車から降りた人物が振り返って微笑んだ。
「ありがとうございました、提督」
オリガ・ブルーベル大尉だった。
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