21話
翌日、キーランは宇宙軍総司令本部長室にいた。朝早くのことである。
「早朝からのぶしつけな申し出を受けてくださり、ありがとうございます」
キーランがオンドルシュ長官に向かって頭を下げると、彼は首を左右に振った。
「いや。統合参謀本部からも情報が下りてきていたから、君が来るだろうとは思っていた」
グランデ少佐も仕事が早い……。昨日の今日、というか、まだ十二時間も立っていない間に、情報をオンドルシュ長官にまで降ろしてきたようだ。
「まず初めに聞かせてください。長官は、ブルーベル大尉を助けるつもりはありますか」
キーランには珍しい毅然とした態度で尋ねると、オンドルシュ長官は「珍しいな」と言うような表情になった。
「そう尋ねるということは、私が助けないであろう可能性も考えているということか」
「むしろ、その可能性の方が高いと思っています。長官から見れば、ブルーベル大尉は大勢いる士官の一人にすぎません。多少優秀であっても、代わりが効かないわけではない。彼女を助けることで、他の大きな敵を作ってしまうのであれば、このまま彼女にすべてを『持って行ってもらう』可能性が高いと推察した次第です」
「……」
そうなのだ。いくら、オリガ個人に思い入れがあったとしても、大局で見れば彼女はちょっと優秀な士官に過ぎない。その能力は、替えが効く。別のものを揺り起こしてしまうのであれば、触れずにおくほうが無難かもしれない、と考えるのは、決して不自然なことではないのだ。
「嫌なことを聞いてくる。もちろん、ブルーベル大尉を助けず、そのままにしておくほうが波風は立たないだろう。けれど、昨日の夜中、統合参謀本部情報部の方から機密指令が来た」
読んだら即座に削除するように、との命令で、最重要機密であることがわかる。軍上層部、および連合議会議員の一部が絡む収賄疑惑を捜査する、とのことだった。そもそも、情報部とはそのためのものである。
「で、君は情報部の君の元副官に何を頼んだんだ、オブライエン少将」
そこまで御見通しであるらしい。オリガの言動にもどきっとさせられるが、年季が入っている分、オンドルシュ長官の踏込の方が鋭い気がした。
「戦争に入用なものを売買している組織をご存知ですか。『Coal』と呼ばれることが多いようですが」
キーランも踏み込んでいくことにした。オンドルシュ長官が驚いたように目を見開く。
「そこまで行きついたのか」
「あ、いえ。ブルーベル大尉がだいぶヒントを残してくれていたので」
彼女がキーランに託した記録メモリに入っていたものだ。この情報を、オンドルシュ長官がオリガを助けないと言うのであれば、キーランは開示するつもりがなかった。
仮に『Coal』と呼ばれている組織の、取引記録。十年以上前からの記録だ。十年以上前のものは、オリガの両親が調べたのだろう。しかし、その後オリガが引き継ぐまで間があったはずだ。実際に、ここ数年のデータは飛んでいる。さしものオリガも、数週間前に知ったものを年単位でさかのぼって調べるのは難しかったのだろう。
だが、四年ほど前までは記録が取られている。誰が取ったのか? 決まっている。戦死したという、オリガの叔父だ。イザークの父にあたる男性。こうなると戦死と言うのも怪しく思えてくる。
「さすがだな……抜かりはないということか」
昨日、自宅に捜索が入って本人の機械端末が押収されたらしいが、プロテクトが強固でしかもカウンターを食らったそうだ。警察部は大騒ぎであるそう。
「サイバーチームに頼むところでは?」
「冤罪で勝手にブルーベル大尉を査問会にかけているからな」
それは頼めない。サイバーチームは情報部にある。どうして? となるわけだ。
「警察部、敵に回す相手を間違ったな」
ふっと笑ってオンドルシュ長官は言った。その眼は遠くを見ている。何となく、気持ちは分かった……。しかも、これからこの長官も敵にまわろうとしているのだ。
何となく、大丈夫なような気がしてきたキーランだが、オリガが憔悴する前に助け出したいところ。
「グランデ少佐には、『Coal』と取引しているであろう軍上層部の動向について調べてもらいました。彼らからの情報を元に動いているのであれば、どこかで必ず不自然な点が出てくるはずです」
何故その結論に至ったのか? その過程で必ず不自然な部分が出てくる。その部分をグランデ少佐に調べてもらったのだ。
そのグランデ少佐が宇宙軍司令本部長室にやってきた。キーランにも「お久しぶりです」と声をかけた彼は、オンドルシュ長官に向かって言った。
「機密指令としてお出しした件で、宇宙軍所属オリガ・リーシン・ブルーベル大尉が巻き込まれていることが判明いたしましたので、直接お伺いしました」
どうやら状況が動いたらしい。グランデ少佐が何も言わなかったので、キーランはそのまま彼の話を聞くことにした。
「軍幹部に十四名、議員に三名、収賄疑惑があります。で、その金、どこに動いているのかと言うと」
「『Coal』か」
「ご明察です」
グランデ少佐がオンドルシュ長官に向かって笑った。前から思っていたが、グランデ少佐は心が強い。
「ブルーベル大尉は踏み込み過ぎたのでしょう。いろいろな要件が重なり、最初から警戒されていた気もしますが」
「……」
「とにかく、ブルーベル大尉に実被害が出てしまったので、統合参謀本部もこの機会にこの状況にメスを入れることにしました」
「できれば、ブルーベル大尉が捕まる前に動いてほしかったが」
「耳が痛いですね」
そう言いながらも、グランデ少佐は微笑んだままだ。こういうところが図太いというか、心が強いというか。声に出すと、提督には言われたくありません、と返ってくるのが落ちだから言わないけど。
「だが、メスを入れると言っても、一斉検挙しなければ意味がない。逃げられるからな。陸海空軍も無関係ではいられないだろう」
オンドルシュ長官の当然の指摘に、グランデ少佐が「はい」とうなずく。そこで、彼は思い出したようにキーランを見る。
「提督ならどうしますか」
「え? 僕に聞く? 僕はブルーベル大尉が戻ってくるなら何でもいいよ」
さくっとした答えに、グランデ少佐とオンドルシュ長官は驚いたようで。
「提督……さらっと不穏な発言を」
「彼女が無事なら世界なんて滅んでもいいというやつか」
「いや、長官、そこまで言ってません」
さすがにツッコミを入れた。急に話を振られても、陸海空軍の現状が良くわからないし、統合参謀本部がすでに計画を立てているだろう。それを引っ掻き回すようなことは言いたくない。
「まあ、一斉検挙になるならちょっと時間がかかるし、ブルーベル大尉が人質にとられる可能性もある」
「……まあ、ないとは言い切れませんね」
グランデ少佐が認めた。そんなことはない、と言いたいのだろうが、実際に時間がかかっているし、オリガは軍人だ。民間人ではないため、人質にされても救出が後回しになる可能性は十分にあった。
「だから、邪魔はしないので独力で助けに行ってもいいですか」
しばらく沈黙があった。それから、グランデ少佐が言った。
「結局そうなるなら、僕に頼む必要、なかったですよね……」
そうだろうか。
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