20話
キーランは自宅に帰る前に、オリガの家に寄った。キーランの住まう官舎の裏の官舎に住んでいるし、何度か食事にお邪魔したことがあるので、部屋は知っていた。
インターホンを押すと、出てきたのはオリガの従弟イザークだった。時間的に、第二航空宇宙学研究所での作業も終わっていてもよさそうだが、オリガの養母であるブルーベル技術少将が足止めされている可能性は大いにあった。
「あれ、オブライエン提督。こんばんは」
「こんばんは、イザーク君。お母さんは帰ってきてる?」
「遅くなるって連絡はあったけど」
イザークはそう言ってキーランを見上げた。
「姉さんからもそう連絡があったけど、提督がここにいるってことは、何かあった?」
「……うん、まあ、そうだね」
もう遅いと言えば遅いのだが、イザークを巻き込んでしまったかもしれない。いや、オリガと一緒に住んでいる時点で監視が付いただろうけど……。
「まあ提督、入りなよ」
「あ、うん。ありがと……」
十二歳の少年に招き入れられる三十二歳の図である。もしかしたら、イザークの方がしっかりしてるんじゃないかな……。
「提督は母さんに会いに来たってことだよね。姉さんに何かあったの?」
「……いやぁ、その」
しっかりしているとはいえ、十二歳の少年にどこまで話していいのか判断できず、キーランは言葉を濁す。十二歳と言えば、オリガが実父に連れられてコロニー・アニスに行ったころだ。それを考えると、言わない方がいいのか、とも思う。
「……提督、うちに来ちゃった時点で話すしかないと思うよ」
「……やっぱり?」
さすがにオリガの従弟で技術少将の子供だけある。鋭い……。
「大丈夫だよ。母さんに怒られるときは一緒に怒られてあげるから」
と、イザークに気を遣われる始末である。キーランは苦笑して、時間がないことも思い出して言った。
「実はね。大尉……オリガさんが機密情報漏洩の容疑で法務士官に連行された」
「……それって、軍法会議にかけられるってこと?」
「いや、その前に査問委員会が開かれるはずだけど、そもそもが冤罪だからね」
「だよね」
イザークが、うん、とうなずいた。彼も従姉のことを信じているようだ。
「それで、どうするの? ここに来たってことは、姉さんを助けてくれるつもりはあるんだよね」
「あ、そうだね……。オリガが連れて行かれる時の様子から察するに、彼女は何かの手がかりを残しているはずだ。彼女の部屋……というか、端末を調べられたらと思ったんだけど……」
「いろんな意味で難しいと思うよ。姉さん、自分の機械類にはプロテクトかけてるし」
「ですよねぇ」
軍人の中では珍しい文系の思考回路を持つキーランに解除できるとは思えない。
「そもそも、若い女の人の部屋をあさろうなんて、変質者だって訴えられても不思議じゃないよね」
「……ですよね」
キーランはうなだれた。だから、彼女の養母の技術少将に頼もうと思ったのだ。キーランはしばし考える。一度閉じた目を開く。
「わかった。イザーク君はこのままここで今まで通り……は、無理だろうけど、何も知らない風に過ごしてくれ」
もしかしたらつなぎ役を頼む可能性もある。
キーランも動転していたらしく、まっすぐブルーベル家に来てしまったが、良く考えればオリガが一番に捜索されるであろう自宅に情報を置いておくはずがない。少なくとも分散する。彼女の性格なら、フェイクくらいは残しておくだろう。
「おそらく、捜索が入るだろうけど、それも普通に家にあげてくれ」
「拒否したら逆に疑われるもんね。逆に食って掛かって時間稼ぎしてもいいよ」
「君のそのポテンシャルの高さは何なんだろうね……。うん、それもいいけど、君を巻き込むとあとで大尉に怒られそうだからね……」
イザークは喜んで法務士官を論破してくれそうな雰囲気があるが、さすがに十二歳の少年に頼むことはできない……。
やはりイザークには、事情は詳しく知らないけど家族が何事かに巻き込まれているらしい、くらいの立場でいてくれるのが一番自然でいい。
「まあ俺も自分の限界くらいはわかってるから、危ないことはしないよ。提督は頑張ってよね。俺の母親と姉が帰ってくるかがかかってるんだから」
「おっしゃる通りです……」
十二歳の少年に脅された一艦隊の提督は、ブルーベル家を後にして自宅へ戻った。イザークが一人になるが、緊急用の連絡先として、キーランともう一人の連絡先を教えてきた。彼から違う用件でかかってきそうな気もするが……。
ひとまず帰宅したキーランは、オリガが昨日差し入れに来た料理の入ったタッパーを片っ端から取り出した。ミートボール……ではないな。ムニエル……崩したら再形成できなさそう。
ということは、これだ。ロールキャベツ。いくつか入っているロールキャベツを取り出して、包丁で半分に切ろうとして……やめた。中身まで斬ってしまったらシャレにならない。包丁くらいでは切れないと思うが、念のため、手でほぐすことにした。
すると、あった。小型の記憶メモリ。防水のそれはラップにくるまれていたが、一応軽くぬぐい、端末を立ち上げてデータをチェックする。パスワードがかかっている、という壁に直面はしたが、適当に名前を入力して言ったら、当たった。ちなみに、『Admiral Vera Bluevell』だった。もう少しひねればいいのに、とも思ったが、ひねりすぎると、キーランがわからなかったのでこれでいいのかもしれない。
ざっとその内容に目を通し、キーランは時間を確認した。夜の九時。少し迷ったが、迷っている場合ではないと判断して、キーランは一本の電話をかける。
『……はい』
少し間をおいてから、相手は出た。夜であることと、発信者がキーランであることを見て少しためらったのだろうと思われた。
「こんばんは。久しぶり、グランデ少佐」
『……オブライエン提督……なんですか、こんな時間に。いえ、わからなくはないんですけどね』
若い男性の声だ。キーランが電話をかけたのは、マチアス・グランデ少佐。連合宇宙軍所属の軍人で、オリガの前任の副官だった。異動となり、統合参謀本部情報部に現在籍を置いている。
『現在の副官殿、ブルーベル大尉ですね?』
「うん。あ、そんなに迷惑はかけてないと思うよ、たぶん」
グランデ少佐(当時は大尉)が去り際に、「迷惑かけちゃだめですよ!」と言っていたので付け足してみた。グランデ少佐がため息をつく。
『相変わらずみたいで安心しました。……まあ、彼女もちょっと複雑な身の上ですからね。法務士官に連行された後、だんまりを決め込んでいるようです』
「ああ……うん。そっか」
オリガならそれくらいやるだろう。自ら連れて行け、と言ったわりには情報を吐かない。法務士官も苛立ってるだろうな……。
『で、ブルーベル大尉のことで、私になにさせる気ですか』
「……ええっと。お願いがありまして……」
何故か下手にでる元上司である。頼み事は、情報部にいる彼にとっては難しくないこと。しかし、彼がうなずいてくれるかはわからなかった。
だから、『いいですよ』とほぼ即答で返ってきたときは驚いた。
「え、いいの?」
『ええ。どうやら、闇にメスを入れる時が来たということでしょう』
この切れ者が、何故キーランの副官をしていたのか、激しく謎であった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
もうすぐ完結なのですが、完結まで連続投稿できるだろうか……。




