2話
一方、ブリッジに残されたオリガたちである。クルーの半分は休息として一度外に出ている。残ったクルーはオリガを見ていた。司令官……というよりも、軍隊としてありなのか? と思わないでもないが、任された以上は仕方がない。
「……勤務中のクルーは、オブライエン少将の当初命令を続行してください。何か変更があれば、少将が戻ってくるまでは私が指示します」
オリガの落ち着きが良かったのか、クルーは「了解しました」と自分の作業に戻っていく。オリガは息をついた。
事前情報から、よく言えば常識にとらわれない、悪く言えば万人受けしない考え方をする人だとは聞いていた。一度、オリガは以前の所属先でキーランの部隊と合同作戦を行ったことがある。あの時の作戦も、かなり突飛なものだった。しかし、的を射ていたし、オリガは彼の意見が正しい、と思った。
その時のオリガの上官は頭の固い人物で、ついに彼の三分の二ほどの年齢のキーランの意見を聞き入れることはなかった。少しでもまともな思考力があれば、あの状況が続けば軍が瓦解するのは明白であったのに。
結局、彼女の上官はキーランの意見を受け入れないまま旗艦損傷による負傷で指揮継続不可となった。成り行きで指揮権を引き継ぐことになったオリガは、真っ先にキーランの作戦の受け入れを継げた。
まさか、あの時の共同作戦遂行者の部隊に異動になるとは思わなかった。作戦終了後、少佐であったオリガは、上官の命令に逆らったとして降格し、大尉となった。始末書も書かされたが、それだけで済んだのは、キーランが上層部に『オリガが作戦を受け入れて協力してくれたから、大きな被害を出さずに済んだ』と説明してくれたからだ。場合によっては営倉入りも覚悟していたオリガは、キーランにとても感謝しているのだ。
航行は問題なく進み、きっかり三十分でキーランも戻ってきた。オリガはそのままブリッジにとどまろうと思っていたのだが、休息なのだからとブリッジを追い出された。
この短い休息で何をしろと? ひとまずコーヒーでも飲もうかと食堂へ向かうと、彼女に気付いた一人の女性士官が手を振っていた。ウェーブがかかった栗毛に緑の瞳をした美女だ。コーヒーを受け取ったオリガは彼女の向かい側に座ることになった。
「お邪魔します、シレア大尉」
「構わなくってよ、ブルーベル大尉。もうこの部隊には慣れて来たかしら」
見た目通り妖艶な雰囲気を醸し出すロザンナ・シレア大尉は第八独立機動艦隊旗艦シャムロックの艦橋戦況管制官である。優秀なオペレーターであり、彼女がいなければこの艦隊はまともに戦闘を行うことすらできない、と言われている。多少は誇張があるだろうが。
「前にいた部隊とは、だいぶ雰囲気が違いますね」
「艦隊って、司令官の雰囲気に左右されるものね。ゆるいでしょ」
「……まあ、一言でいうのなら」
もう少し言いようがあるのではないかと思ったが、オリガが考えても『ゆるい』が一番しっくりくるな、と思った。尤も、共同戦線を張ったことがあるオリガは、第八独立機動艦隊が戦場では整然とした行動をとることを知っている。規律がしっかりしている、と言うことだ。
「オブライエン司令官はどう?」
「つかみどころがない方ですね。苦手にされていると思います」
「ブルーベル大尉、まじめだものね。まじめな若い女性にどう付き合えばいいのかわからないのだと思うわ」
ロザンナは的確な見解を述べた。そう言われると、そんなような気もする。
「私、特に真面目と言うわけでもないのですが……」
どちらかと言えばお転婆な部類に入るだろうし、口も悪い。これは確実に両親からの遺伝だと思っている。
「こういうのは、自分がどう思っているか、ではなくて、相手がどう見ているか、なのよ。大尉はどう? 司令とうまくやれそう?」
「任された以上は最善を尽くします」
「……やっぱり真面目だわ」
二人の大尉はそんな会話をしながら休憩を終え、ブリッジに戻った。予定通りに航行は進んでいる。
演習宙域への到着予定一時間前にはクルーたちは所定の位置についていた。航宙士と航路の確認をしていたオリガは、床を蹴って司令官席の背もたれをつかんで隣に立った。
「今のところ順調です。予定時刻より前に、演習宙域に到着できそうです」
「……それはよかった。定期的に航行予定宙域の確認を頼むよ」
「了解しました」
オリガは答えると逐次状況を確認する。そして、演習宙域に間もなく到着するころ。
「……オブライエン少将。提督? 通信妨害の影響が大きいです。この辺りはまだ通信明瞭宙域のはずなんですが……」
「そうだね。ジャミングの影響が大きい気がする……」
頬杖をついていたキーランが姿勢を正す。自然と、オリガももともと正しい姿勢を正した。
「大尉、索敵を強化できるかい。近くに宇宙船か何かがいるのかもしれない」
「わかりました」
オリガは索敵担当管制官に索敵を強めるように指示を出す。キーランは、近くに宇宙船がいるかも、と言ったが、本当は戦艦がいる可能性を考えているのだろう。オリガも同じことを考えていた。一般的な宇宙船、輸送船などなら、ここまで通信妨害が入ることはない。
「レーダーに反応。慣性移動しているようですが……」
レーダー索敵担当管制官が不安げに司令官を見上げる。キーランが冷静に「数と距離を報告」と伝えた。別の管制官が報告する。
「数は三。距離は五百」
「それぞれ、宇宙船規模の物体ですが」
最後に付け加えたのはロザンナ・シレア大尉だった。オリガはキーランをちらりと見る。彼は目を閉じて考え込んでいた。二週間彼の副官を務めて気が付いた、彼の癖である。
ゆっくりと彼は目を開いた。
「シレア大尉、照合できるか?」
「お待ちください。少し遠いので……」
やがて、ロザンナが声をあげた。
「照合の結果、ありません」
「……所属不明船と言うことでしょうか」
「いや、隕石やデブリの可能性もまだ否定できないね」
オリガの言葉にキーランが答えたが、彼自身がそう思っていないことは明白だった。
「低軌道基地にスクランブル要請。尤も、本当に敵だったら、間に合わないだろうけどね……」
この三隻が敵軍だった場合、応援が到着する前に第八独立機動艦隊はこれらとぶつかることになる。
「ですが、少将。数の上ではこちらの方が有利です。そこまで警戒することもないのでは?」
一応、オリガはそう主張した。もちろん、彼女も油断は禁物であるとわかっている。仮にも、彼女も戦術一般論を学んだのだ。
キーランも、オリガがわかって言っていることに気付いていた。彼は微笑むと彼女に向かって言った。
「ブルーベル大尉、わかっていて言っているだろう。たった三隻であろうと、油断は禁物だよ。罠が張り巡らされているかもしれないし、他にも船が隠れているかもしれない」
「失礼いたしました」
キーランは珍しく、じっと自分より十歳年下の副官の顔を見た。まじめそうなその表情に何も見いだせなかったのか、すぐにスクリーンに向き直ったが。
どうやら、ただの演習では済まなくなりそうだ。すでにブリッジでも、演習から実戦へ、思考が切り替わっている。
「……ブルーベル大尉。新兵たちをどうするべきだと思う?」
まだ敵と決まっていない。しかし、その可能性は極めて高い。このままいけば会敵する。キーランの問いに、オリガは答えた。
「出撃させるしかないでしょう。新兵で初陣もまだとはいえ、彼らは軍人なのですから」
「軍紀のお手本みたいな回答だね」
「失礼ですが少将。そういう回答をお望みだったのでは?」
さすがに踏み込み過ぎたかな、と思ったのだが、キーランは怒らなかった。苦笑して、立ち上がった。
「総員、戦闘配置に付け。宇宙戦闘機部隊は、先遣部隊を出してくれ。交戦になった場合、徹底抗戦はせず帰還を目指す事」
つまり、目の前まで敵を連れて来い、と言うことだ。
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