19話
「私、閉所恐怖症なんです」
宇宙司令本部のカフェテリアで、オリガがそんなことを言いだした。キーランは顔をあげて自分の副官を見る。
「十年前、コロニー・アニスで襲撃を受けた時、父が私を小さなシェルターに放り込んだんです。中から、開けられなくて、閉じ込められて。私を守ろうとしたのだと理解はしているのですけど」
シェルターはそのまま脱出ポッドになることが多い。彼女が入れられたシェルターもそうだったのだろう。
結局、脱出ポッドは切り離されることなく、彼女は救助された。助けに来たのは、彼女の叔父だったそうだ。つまり、母ヴィエラの弟にあたる人。陸軍所属だったが、志願して有志として同行したそうだ。そのまま彼女は叔父夫婦に引き取られて今に至る。
「閉所恐怖症はそのせいだろうって、先生に言われました」
「……じゃあ、戦闘機パイロットにはなれなかったんだね」
基本的に、宇宙戦闘機パイロットには閉所恐怖症だとなれない。狭い空間に、ずっと閉じ込められることになるからだ。キーランは閉所恐怖症でではないが、反射神経とかその他もろもろの問題で宇宙戦闘機に関する成績はあまりよろしくなかった。オリガは操縦に関する成績は良かったんですけどねぇ、と言っていた。
「でもほら、宇宙にいると、戦艦の部屋とか狭いでしょ。大丈夫なの?」
これまで大丈夫だったのだから、大丈夫なのだろうと思いながらも尋ねる。オリガも、それは平気ですね、と平然としたものだ。何が境界線なのだろう。
「私、父の遺体を確認していないんです。見ない方がいいと言われて、叔父が確認していました。父には親族がいなかったので」
もろもろの手続きは、全て叔父がしてくれたのだ、とオリガは語った。キーランはカフェオレを飲みながら聞いていたが、何が言いたいのだろう、と内心思っていた。
「……叔父が見ない方がいいと言ったのは、父の遺体が無残だったからでしょう。そんな結果に終わってまで、父は何を見たかったのだろうと思うんです」
それが今、オリガの手の届きそうなところまで来ている。きっとオリガは、それが喜ばしくもあり、怖くもあるのだ。
「……リーシン少将が何を見ようとしていたのかはわからないけど、きっと、自分を追って娘が傷つく姿は見たくないと思うよ」
キーランの言葉に、オリガは「そうですね」と苦笑した。
「優しいですね、提督」
「うーん、どうなんだろう。性格が悪いって言われることはあるけど」
と言うか、この副官の女性とこんな会話をしていることも不思議だ。
「次はどこへ行くことになるのでしょうか」
「うーん……私たちは何でも屋ではないんだけどね」
どこにも振り分けられない仕事が振りかかっている気がするキーランだ。
和やか過ぎて、見過ごしていた。キーランは、もう少し副官の身の回りに注意を払うべきだったと後悔することになる。
△
地上にいても、宇宙軍の軍人にはそれなりに仕事があるものだ。事務作業については、副官のオリガの方がキーランより何倍もはかどっている。
静かな執務室に、その部屋の主たるキーランの許可も得ず、騒々しい連中が入ってきた。軍の法務士官を示す階級章をしている。
「法務士官が何の用だい?」
キーランが珍しいほど冷たい声で言った。この執務室にいる彼の部下たちは、これくらいで驚いたりはしなかった。
「第八特殊機動艦隊所属オリガ・リーシン・ブルーベル大尉。貴官に機密情報漏洩の容疑がかかっている。速やかに業務を停止し、査問委員会に出頭せよ」
視線が、金髪の美貌の副官に集まる。第八特殊機動艦隊の人間は、誰もオリガがそんなことをしたとは思っていないだろう。
「……彼女の上官から見て、ブルーベル大尉が機密情報の漏えいを行うとは思えないのだが」
キーランが言うと、法務士官は言った。
「容疑と言った。確定しているわけではありません」
「……」
そう言われると、キーランも強くは出られない。疑われている張本人のオリガはと言うと、口元に指を当て、この状況で思考モードに入っていた。と思ったら、突然笑い出した。
事務官たちはぎょっとした表情でオリガを見つめた。キーランもびくっとしたが、彼はどこか懐かしい思いにも駆られていた。……そう。この自嘲するような低い笑い方。彼女の母親にそっくりだ。
「ふふふ……なるほど。そういうこと……」
え、何に気付いたのか、教えてほしい。笑い終わったオリガは、自ら一歩前に出た。
「連れて行くがよろしいでしょう。抵抗はしません」
笑い終えた後も、口元は笑みの形を保っていたが、目は笑っていない。細められた碧眼は、視線に物理的な力があったら相手が凍り付いているであろう程冷たい。
「わ、わかればいい」
オリガがまじめでおとなしい人物だと聞いていたのだろう。法務士官が戸惑ったように言った。
「た、大尉」
キーランが呼びかけると、オリガは振り返って微笑んだ。今度は放蕩の笑みだ。
「提督、私がいなくても、ちゃんと仕事してくださいね」
「……」
言うことがそれなのか。心の中でツッコミを入れている間に、彼女は連れて行かれてしまい、キーランは部下たちから非難を受ける。
「何してるんですか提督! 大尉、連れて行かれちゃったじゃないですか!」
「あ、いや、うん……そうだね……」
キーランは部下たちの剣幕に引き気味だ。
「ブルーベル大尉が機密情報漏洩とか、するはずないですけどね! やつらが証拠をでっち上げないとも限らないんですからね!!」
「そ、そうだね……」
部下たちの指摘は正しい。この時点で何の証拠もないのにオリガを連れて行くということは、後からでっちあげる、と言うことと見て間違いないだろう。だからキーランは部下たちに非難されているわけで。
「……君たち、本当に大尉のことが好きだね……」
「……ブルーベル大尉のことが好きなのは提督でしょう」
不思議そうに作業中だった女性士官に言われて、キーランは「へ?」と首をかしげた。
「胃袋をつかまれているような気はするけど……」
人間的に好きか嫌いか、と言われれば、キーランは好きだと答えるだろう。だが、彼女が言っていることはそういうことではない、とキーランにもわかった。
「いやいやいや。私と彼女は十も年が離れてるんだよ」
「それに何の問題が? 今時普通ですよ、それくらいの年の差なら」
「……」
若い子の普通がわからない。
「提督、いい加減認めておいた方がいいですよ。自分たちから見ても、結構バレバレです」
「だから何が!?」
「明らかにブルーベル大尉のこと気にしてますもんねぇ」
この状況でも作業中の曹長に言われて、若干自覚のあるキーランは黙り込む。最初の女性士官が言った。
「では提督。もし、ブルーベル大尉が結婚するってなったらどうします? 例えば……そうですね。リンドロード隊長とかと」
「……」
反射的に、嫌だな、と思った。それが何かを考え、結論に至ったキーランは頭を抱えた。その耳は赤くなっている。
「うわぁ。マジかぁ」
あまり使わないような口調でキーランは悶える。自覚したら猛烈に恥ずかしい。
「自覚したところで、大尉を助けないといけないと思うんですけど」
「……そうだね」
いろいろと話がそれてしまったが、それが目下の問題だった。オリガが何もせずにただ捕まるとは思えない。ということは、どこかキーランが気づけるようなところにヒントを残しているはずだ。軍の機械などに残すとは思えないので、そのほか……となると、オリガが昨日差し入れに来てくれた料理辺りが怪しい。
「……うん。ちょっと一日時間くれるかな。情報を集めてくる」
「提督……まじめにしてると、結構かっこいいのに……」
普段は残念だと言いたいのだろうか。激しく余計なお世話だ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
頭の中で『かーそくしーてゆくせーなかにいまーはー』って響いているけど、あれってBメロなのだろうか。




