18話
現在の国際共同連合軍宇宙司令部長官はデニス・オンドルシュと言う四十代後半の男性である。その役職にしては年が若く、妻も軍人で、オリガの両親の境遇に似ていないこともない。そして、かつて、ヴィエラ・ブルーベル少将が現役であった頃、部下だった男性でもある。すらりとした、しかし、キーランよりはよほど軍人らしい体格の男性だ。
「オブライエン少将にブルーベル大尉。よく来たね」
手を振られ、二人は敬礼を解いた。オリガを見て、長官は微妙な顔をする。
「……その顔に敬礼されると不思議な感じがするな」
「……それほど母とは似ていないと思うのですが」
オリガが首をかしげている。オンドルシュ長官はヴィエラの副官をしていたとのことで、何か思い入れでもあるのかもしれない。
オリガは母親のヴィエラ似の顔をしているが、生真面目そうな性格が顔に出ており、受ける印象は母親とは違う。
「まあ、話してみるとだいぶ印象は違うな。まあ、座ってくれ」
ソファを勧められてオリガはさっさと座ったが、キーランはしり込みした。性格が出ている……。結局座ったけど。
「コロニー・アニスでの調査、ご苦労様。てっきり、ブルーベル大尉のことは置いて行くかと思ったが……」
そう言うオンドルシュ長官も、オリガがついていくだろうことを予想していたはずだ。むしろ、それを予測してこの命令を出したはずだ。この人も、温和そうな顔で食えない人だ。と言ったら、オリガから人のこと言えませんよ、と肩を竦められた。
副官であったということは、彼も少なからずヴィエラ・ブルーベル少将の影響と受けている人物だ。そして、長官になれるほどの才覚がある。味方だが、隙を見せるのはためらわれる。弱みを握られたらこき使われそうな気がする。
「えーっと……長官、質問よろしいでしょうか」
「当然だな」
かまわないそうなので、キーランはオンドルシュ長官に尋ねた。
「我々にコロニー・アニスの調査を命じたのはなぜですか。確かに、周辺に不審な組織は存在しましたが……」
あれを組織と言ってもいいのかよくわからない。わざわざ艦隊が派遣されてまで、何を調べたかったのか。コロニー・アニス自体ではなく、襲撃者の目的の方に用があったのではないだろうか。この点に関して、キーランとオリガの意見は同じだった。
「さすがに鋭いな」
オンドルシュ長官は薄く笑うと、うなずく。
「おとりにしてしまって申し訳ないが」
「それで、満足のいく結果は得られたのでしょうか」
落ち着いてオリガが尋ねた。おとりにされた張本人であるのに、とても落ち着いている。彼女らしいといえばらしいが。
「これは手厳しい。しかし、そうだな。おおむね満足のいく結果だったと思う」
説明しろ、とばかりに特殊機動艦隊の司令官とその副官は、じっと自分たちの上官にあたる男性をじっと見つめた。ともすれば不敬罪になりかねないが、私的感情で罰を下すような人物ではないと思っている。……たぶん。
「私の上官だったかの有名な女性提督は、自ら積極的に動くことのない人だった」
「……」
キーランもオリガも沈黙した。二人とも、思い当るところがあったのだ。自由な人だったが、受動的な人ではあった。
「二人は、鳳天解放事変を知っているか?」
突然話が変わる。キーランは名前は知っているが、詳細は知らない。オリガと言えば。
「母が戦線を退くきっかけになった、とは聞いていますが」
「……まあ、間違ってはない」
オンドルシュ長官は微妙な表情をしていたが、否定はしなかった。
「第三次宇宙戦争で母が半壊させた統一機構側の宇宙要塞ですよね。再建された後、中継施設に転用されたと記憶していますが」
さすがにオリガはしっかり覚えていた。最初にふざけてみたあたりがブルーベル家の血を感じさせる……。
キーランはオリガの説明を聞いてぼんやりと思い出してきた。仮にも約二年間、ヴィエラを師と仰ぎ一緒にいたのだ。どこかで聞いていない方がおかしいのである。
戦後、再建された宇宙要塞・鳳天の式典に、連合軍が招かれた。連合側の代表は、その当時初の女性提督として耳目を集めていたヴィエラ・ブルーベル少将。第八特殊機動艦隊の前身となる、第八特別機動艦隊を率いていた。様々な思惑の末、かつて自分が半壊させた軍事要塞に乗りこむことになったヴィエラだが、そこでテロに巻き込まれた。
「テロですか」
キーランは思わずつぶやく。今から二十二年前なので、キーランは十歳くらいだ。そんな報道、あっただろうか。オリガに至っては生まれる前だ。
「その時は統一機構軍と協力して撃退できたわけだが」
当時の鳳天の要塞司令官が柔軟な思考の持ち主だったらしい。何でも、第三次宇宙戦争鳳天戦役で二人は真正面から対決したらしい。お互いにお互いの力量を理解し、認めていたのだ。
まあそれはいい。統一機構軍の勢力圏で連合軍艦隊が戦闘を行ったため、多少は問題になったが、状況的に仕方がないし、協力して撃退もできたので、結局おとがめなしとなったそうだ。責を追うべき某提督がつわりでうなっていたせいもある。
統一機構軍も、連合軍も、その後そのテロリストたちの正体を追ったが、何者かもわからなかったのだそうだ。
「戦艦は統一機構軍の規格に見えたが、宇宙戦闘機などは連合軍側の者も混じっていた。宙域の残骸を調べたら、第三国で生産されている部品なども見つかった」
正体不明の襲撃者。今回、自分たちを襲った事件との共通点を見つけ、キーランとオリガは目を見合わせた。
「提督は、彼らの正体に迫っていたのだと思う」
「……それと、コロニー・アニスの襲撃と、どうつながるのでしょう?」
オリガが首をかしげている。キーランも首をかしげたいところだ。良くわからない。
「師は、彼らの正体を抱えたまま、逝かれたのでしょうか」
キーランも疑問に思ったことを尋ねた。オンドルシュ長官からは、「おそらくな」との返答がある。
「……だとしたら、その後、父が母の遺品の中から、手がかりを見つけていても不思議じゃない……父なら、母が残したものの中から、推察することができたと思います。その手がかりの中の一つが、コロニー・アニスだった。母は体が弱くて行けなかったけど、父は直接コロニー・アニスに向かうことを考えた」
「大尉を一緒に連れて行ったのは、下手に地上に一人で残すよりも、一緒に連れて行った方が安全だと考えたから。それに、子供連れだと相手が油断する」
オリガもキーランも自分の考えを述べ、オンドルシュ長官は肩をすくめた。
「さすがだな。私も同じ結論に達した。テロリストたちは……仮に『彼ら』としようか。彼らは、提督の配偶者であったリーシン少将がコロニー・アニスに向かっていることに気付いた。そして、施設ごと彼を葬り去ろうとした……」
オンドルシュ長官がそこで言葉を切ったのは、オリガの表情が微妙にゆがんだからだ。彼女は自分で気づいていないかもしれない。しかし、確かに苦しげな表情を浮かべていた。キーランはそっと彼女の背中をたたきながら、口を開いた。
「そして今、その娘である大尉が再びコロニー・アニスに現れ、彼らは『知っているかもしれない』と排除を試みた」
「と、考えている。君たちがうまく捕まえてくれたからな。何か分かるといいが」
運がよければ戦争が終わるかもな、と小さく付け加えられた言葉に、キーランは、オンドルシュ長官も『彼ら』の正体に、だいぶ迫ってきているのだろうな、と予測した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




