14話
今日から令和ですね。
「……どうも」
キーランは振り返らずに視線だけを向けた。闖入者たちは宇宙用の戦闘服を着ていて、顔はうかがい知れない。年若いクルーたちは緊張の面持ちだが、少なくともキーランと艦長は落ち着いていた。上が落ち着いていると、何となくそれが伝染するものだ。
「何の御用かな」
冷静に尋ねると、闖入者の一人が外部マイク越しにしゃべった。
『この艦は我々が占拠した。我々の指示に従ってもらう』
「へえ。面白いことを言うね」
おそらく、オリガが見ていたら「母さんそっくり」とつぶやくだろう。もちろん、キーランはこの辺りの態度、ヴィエラを参考にしていた。
『第八特殊機動艦隊、キーラン・オブライエン少将だな。艦内のデータをすべて確認させてもらう』
キーランは内心舌打ちした。こちらの身元がばれている。と言うことは、わかって襲撃してきたということだ。何が狙いなのだろう。
さすがに強固なセキュリティなどは開けなかったようだが、閉ざされていたシャッターはすべて開かれた。
『ちっ……おい、お前の副官はどこだ』
「連れてきていない」
しれっと答えた。キーランの中では、そちらが狙いか、と襲撃者たちの目標を改めることになった。ある意味、彼女がコロニーの方へ行っていてよかった。
まだ、オリガではなく前任者が目的の場合、もしくは、副官なら知っているであることが目的の場合も考えられるが、彼らの情報は最新のような気がする。キーランでも、情報は最新のものを入手するし、彼らもそうだろう。
と言うわけで、彼らの言う副官はオリガのことだろうと考えた。彼女なら、この場に連れてきていない、と言ってもいいわけがたつ。もともと、連れてくるつもりはなかったのだ。
『嘘をつくな!』
「本当だ。少なくともここにはいない」
きっぱりと言い切る。クルーたちがかたずをのんで見守っているのがわかる。
「というか、名乗るか、目的を言うくらいしたらどう? 何かの役には立つかもしれないよ」
と、探りを入れてみるが、彼らは何も言わなかった。心の中で舌打ちする。情報を漏らさないようにしているのだろう。なら、動きから察するしかない。
キーランは、会話などの小さなことから、何となくの背景を感じ取ることができるタイプだった。この辺りはヴィエラからコツを学んでいる。キーランに合っていたのもあり、すんなりと飲みこめたのだが。
体格の良い男だ。外部マイクを使っていてわかりにくいが、おそらく、リーダーは五十を越えているのではないだろうか。……キーランの師、ヴィエラと同年代だ。
だとしたら、ヴィエラと対峙したことがある可能性がある。キーランを知っているのであれば、彼がヴィエラに師事したことも知っているだろう。警戒されている……のだろう。
しかし、そんな警戒してまでキーランの艦隊を襲わなければならなかったのはなぜだ? 失礼だが、もっと襲いやすい艦隊もあったのではないだろうか。第八特殊機動艦隊が、コロニー・アニスに近づいたから?
いや、逆に考えるべきか。彼らはここにキーランたちが来ると知って、網を張っていた。だから、ここにいるのがキーランだと知っているし、その副官がおそらく、ヴィエラ・ブルーベル・リーシン退役少将の娘だと知っているのだろう。
と言うことは、キーランたちの身内に情報を流した者がいるはずで……。
『プロテクトを外せ!』
襲撃者の一人が、若い女性クルーに銃口を向けて脅していた。まだ新兵の域を抜けない彼女は、かわいそうに、震えている。
「やめてくれ。部下に手を出すな。プロテクトをかけるように命じたのは私だ。責任者も私だ。私を狙うべきだろう」
キーランが口を出す。彼は生身の戦闘に関しては平均点程度でしかなく、その価値は頭の中にしか見られない。しかし、この場ではヒエラルキーの一番上。彼にクルー全員の未来がかかっている。
その時、空気を読まない電子音が通信を求めた。位置とタイミング的に、調査に出たオリガたちのような気が……する。
『出ろ』
そう言うだろう。艦長はともかく、他のクルーは明らかに動揺したから、襲撃者たちも何かある、と思ったのだろう。
通信オペレーターがキーランの表情をうかがった。彼がかすかにうなずいたので、通信回線を開く。
「……はい、こちら、旗艦シャムロックです」
『あ、良かった。こちらオリガ・ブルーベル大尉です。無事に偵察を終えましたので、合流したいのですが、座標を送っていただけますか?』
落ち着いた女性の声。自分で名乗っていたが、オリガだ。タイミングの悪い……わけではなく、オリガはわかって通信を求めてきたのだろう。出たのは偵察ではなく調査で、座標を送らなくてもあちらはシャムロックの位置を把握しているだろう。
『座標を送れ』
襲撃者が指示を出す。通信オペレーターはちらりとキーランを見やり、キーランが目を伏せるようにうなずくと、座標を送信した。オリガから確認した、と連絡があった。
『もう一つ、提督は起きていますか?』
キーランは伏せていた眼を開いた。
「うん」
その声が聞こえたのかわからないが、オリガは『ならいいんです』と微笑むような声音で言うと通信は切られた。今の、何かの暗号だったのだろうか。
要するに、襲撃者と戦闘になる場合とオリガが助けに来る場合とを考えればいいということだろう、とばかりにキーランは考えたが、考える時間が与えられない。どちらかと言うと深謀遠慮の人である彼は、行動するまでに少しの時間が必要だった。
こういう差し迫った状況での判断はオリガに分があるだろう。その時の最善だからと言って、後からの状況でも最善であるとは限らないのだ……。
たぶん、『起きていますか?』は、起きているなら対処してくれますよね、と言う意味だ。何をやらかす気か、こちらも身構えなければならない。普段粛々と仕事をこなす彼女だが、やっぱりヴィエラの娘だな、と思うこともある。
第八特殊機動艦隊所属の巡洋艦が近づいてくる。そろそろ肉眼でも見えてくる。射程圏内に入る、と言う時、再び艦体が揺れた。キーランはとっさに投げ出されないように指揮官席のアームレストをつかんだ。
「巡洋艦リンデンからの砲撃です! 右舷をかすめました!」
戦況オペレーターのシレア大尉が叫んだ。はっきりとした口調で、まるで聞かせているようだった。実際に、聞かせているのだ。襲撃者たちに。だが、襲撃者は「仲間割れか?」「クーデターでもするんじゃないか」と笑っていた。違う。良く見ろ。
「……接舷艦が被弾、離れていきますが」
爆発に旗艦が巻き込まれる可能性だってあったのに、すごい決断だ。シャムロックが動かず、まっすぐ航行していたからこそ取れた戦法でもある。狙う易かったのだ。
「こちらの被害は?」
艦内管制官がキーランの質問に答える。
「第七区画を閉鎖していますので、人的被害はありません」
我が軍は、と続くのだろう。襲撃者たちがついてこられていないので、キーランは襲撃者たちのリーダーらしい男に向かって言った。
「君たちが帰るところがなくなっただけのようだね」
「っ! この!」
事実を指摘され、うすうす気づいていただろう襲撃者はキーランの肩をつかみ、その顔を殴った。ブリッジで悲鳴が上がる。
ブリッジは低重力だ。殴っても、殴られた方は吹っ飛ぶだけで痛くはない。むしろ、その勢いで壁などにぶつかった方が痛い。殴るには、相手の体を固定し、殴るしかない。まあ、キーランなら低重力化で殴ったりしない。
前の艦隊に所属していたとき、オリガもこうして殴られたのだろう。彼女は手が当たっただけだ、と言っていたが、少なくともオリガをその場に固定できないと、頬が腫れるほどの強さで殴れないはずだった。
口の中で血の味がする。切ってしまったようだ。例えここでキーランをなぐり殺しても、すぐにオリガが乗り込んでくる。彼らにはもう逃げ場などない。
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