13話
さて。どうしてこんなことになったのだろうか。キーランは遠い目をして自分の行いを振り返った。自分の行いには確かに自信がないが、旗艦を乗っ取られるほどのふるまいをした覚えはなかった。
ことは、三時間ほど前にさかのぼる。
第八特殊機動艦隊は宇宙軍所属である。つまり、その本分は宇宙にある。と言うわけで、キーランたちは宇宙にいた。月基地のあるコペルニクス・クレーターを離れ、彼らは戦争前に破壊されたコロニーに向かっていた。
研究用コロニー・アニス。十年ほど前に、正体不明の敵の攻撃を受けてこのコロニーは破壊された。死者は一万人以上に上るとされている。
「結構な騒ぎでしたが」
そう言ったのは、中年の旗艦シャムロックの艦長だ。キーランもうなずく。
「ああ。私も任官したばかりのころだから、よく覚えている」
士官大学を卒業し、軍務につき始めて半年ほどたったころの事件だった。現在二十二歳の副官オリガは、まだ十二歳の子供だっただろう。
「私の父が亡くなった場所でもありますね」
「……リーシン少将ですか。戦死でしたか?」
艦長が言葉を選びながら尋ねた。残念ながら選べていないが。オリガはいつも通り表情を変えずに首を左右に振った。
「いえ。戦闘状態と認められなかったため、戦死とはされていません」
だから最終階級も少将のままなのか。キーランは変なところに納得する。しかし、彼女はこれから父親が亡くなった場所へ向かうということだ。もちろん、キーランは気づいていて、作戦開始前に彼女の意志を問うた。
「行きます。私は提督の副官ですから」
力強い言葉に、キーランは彼女を止めることはできなかった。そもそも、止める理由がない。上層部は調査に行くように指示しているのだし、軍人にとって上の命令は絶対である。
特に、彼女は優秀だった。キーランも彼女になら、安心して任せることができる。
研究用コロニー・アニスは、謎の襲撃者たちによって破壊されている。破壊されたとはいえ、一部の施設は生きている。もちろん、空気などは抜けているだろうが……。
一度破壊されたコロニー。基地として使うには十分だ。もともとは連合側のコロニーであるが、ここに統一機構が基地を作ろうとしている、と言う情報が入ったのだ。
確かに、元連合のコロニーであるので、連合の勢力圏内にある。基地にするにはよい位置だろう。攻めやすい。
「中の様子は? わかる?」
「熱源は感知できません。……破損度が高く、隅々までは観測できないのですが……」
オペレーターから困惑の声が上がった。オリガが副官席から立ち上がり、床を蹴って司令官席の背もたれをつかんで止まった。
「もともと研究用コロニーですからね。何か放射線のようなものでも漏れているのでしょうか」
「……大尉、君、専門はなに?」
「……量子力学ですが」
よくわからないけど物理学系と思われる。キーランはなるほど、とうなずいた。頭がよく、こうした工業関係にも多少の知識があるということはわかった。
「……先遣隊を出して、コロニー内を調査してみようか」
大規模……と言っても、第八特殊機動艦隊はそれほど大きくはないが、それでも、艦体規模が大きいほど見つかるリスクは高くなる。
「大尉、調査をお願いできる?」
「わかりました」
即座にオリガから返答があった。キーランも気になるが、彼は司令官であるので動けない。代わりに副官のオリガが行くのだ。
しかも、キーランよりもオリガが行った方が、白兵戦になった場合は役に立つだろう。キーランはこの司令官席に座っている間しか役に立たないのだ。
オリガは手早く調査隊を組織し、軽巡洋艦を一隻連れてコロニーの調査へ向かった。手際が良くて非常に助かる。
「良い副官ですな」
艦長が言った。その副官の部分に、『娘』という言葉が入るような気がしたのはキーランだけだろうか。
きっかり一時間後、報告が入った。モニターに映し出されたのはオリガの顔だ。
「中の様子は?」
『十年前に放棄されたままの状態ですね。いくつかの施設はエネルギーが生きてるようですが、人影などはありません』
彼女のことだから、機械も使って徹底的に調べるだろう。今は簡易調査結果を報告しているのだ。本格的に調べようと思ったら、三日はかかる。
「汚染物質は?」
『今のところ、観測できません』
ではなぜ観測不可能なのか。破損度が高いとはいえ、それとレーダーは関係ないはずだ。
『……提督。考えたくはないですが、すでにわれわれが敵の手中にある、と言うことは考えられませんか』
「……ジャマーか……」
オリガの報告を聞いて、キーランもそれを考えざるを得なかった。ブリッジ・クルーの表情が「頭のいい人同士の会話はよくわからん」というようなものになったが、キーランは気づかなかった。
キーランは自分の顎を撫でる。本当に敵の手中にあるのなら、この規模の艦隊では不利だ。となれば。
『早急に撤退します。一時間後に、合流ポイントで』
「……ああ。気を付けて」
キーランが指示を出す前に、オリガが彼の思考を先読みしていた……。うちの副官が優秀すぎる件について。
「艦長。私たちも移動しよう」
このままこの宙域にいるのは避けたい。しかし、声をかけた瞬間、アラートが鳴り響いた。
「どうした!?」
艦長が焦った様子で状況を尋ねる。艦内管制官が「右舷で爆発を確認しました!」と叫ぶ。即座に被害状況が上がってきた。
「右舷ハッチ閉鎖、火器管制、E‐4からG‐1までのコントロールが閉鎖されました」
「第七区画、閉鎖します」
これは重症だ。何かがつっこんできたようだが、特攻艦だろうか。続く攻撃などは無いし、謎すぎるのだが。ああ、オリガが隣にいたら的確なツッコミをくれるのに。しかし、今回彼女には取り残された調査団の指揮を取ってもらわねばならない。
今のところ指揮官として研鑽中と言うことになっているが、もう十分に指揮官としての能力を身に着けていると思う。むしろ、キーランの副官なんぞやらせてしまって申し訳ない。
彼女と話していると、考えがよくまとまる。キーランはオリガの母ヴィエラに教えを受けたが、やはり個人で考え方に差がある。というか、目の付けるところが違うのだろう。それが、キーランに見えなかったものを見せてくれ、思考が冴えわたるのだ。
おかしい……少し前まで、一人でやってきていたのに。前の副官は優秀だったが、オリガとは違って事務手続きにおいて真価を発揮するタイプだった。だから、その時に戻ったのと同じことと思えばいいのに、どうにも考えが鈍るようでいただけなかった。
「! 第六区画に侵入者! Bブロックに進んでいます!」
管制官から新たな報告が上がった。艦長があわててブリッジを閉鎖する。Bブロックの先、Eブロックがブリッジにあたるのだ。
なんだか地上戦の模様を呈してきた。残念ながら、キーランは苦手である。むしろオリガの方が得意だろう。だからこそ、調査に名乗り出たのだし。彼女はやはり、外見は母親に似ているが、中身は結構父親に似ている。
艦長が艦内すべてのシャッターを閉じるように命じた。そのころには、突っ込んできたのが特攻艦ではなく、敵艦に乗り込むための移譲接舷艦だということが判明していた。キーランは目を閉じる。
数十秒ほどで目を開け、キーランは口を開いた。
「もういっそ、招き入れよう。情報端末系にはすべてプロテクトをかけてくれ。機密情報は絶対に漏らすな。自分の身の安全を第一に考えるように」
まあ、殴られるとしたら自分か艦長だろう、とキーランはタカをくくる。ブリッジ・クルーには女性も多いので暴力沙汰になるのは困る。もう避けられないけど。
「……大尉の方がうまくさばけそうなんだけど」
機械類にもカウンターとかを簡単に仕込んでくれそうだ。しかし、彼女は外にかすかに見えるほどになったコロニーにいる。
乗り切らないと、彼女らが戻ってくる場所もなくなる。苦手なだけで、できないわけではない。キーランがそう腹をくくった時、硬く閉じたはずのブリッジへのドアがスライドした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




