12話
皆さんは10連休なのでしょうか……私も休みは長い方ですが、何すればいいんだろう……。
最近、自分は副官に胃袋をつかまれているのではないかと思う。哨戒任務を終え、地上に戻ってきたキーランは、副官オリガに渡された紙袋の中身をのぞいて思った。料理の入ったタッパーが三つほど入っていた。
オリガが初めてキーランの官舎宅に入ってから、彼女はよほど上官の栄養面を心配しているらしい。時々こうして差し入れを持ってくる。明らかに手作りとわかるので、オリガが作ったのだろう。家庭の味はキーランになじみ、最近は作り立てを食べたいなぁなどと思ってしまう。
それはともかく、上官副官を抜きにしても、これだけ世話になっているのだ。何かお礼をしたいところではある。
しかし、女性の喜ぶものがわからない。そう言えば、オリガとその従弟のイザークも、プレゼント選びに苦労していた。
下手に物よりも、食べ物とかのほうがいいだろうか。キーランは悩み、結局仕事終わりに彼女に声をかけた。
「大尉、明日の夜、時間はあるかな?」
「明日ですか? とくに予定はありませんが」
オリガは悩む様子もなく答えた。本当に予定はないのだろう。そう判断し、キーランは言った。
「よかったら、一緒に食事に行かない?」
「……」
オリガが無言でキーランを見上げてきた。キーランは軍人として背が高いわけではないが、比較的長身なオリガが見上げなければならないくらいの身長差はあった……ではなくて。
「いや、単純にお礼がしたくて」
「お礼ですか?」
きょとんとオリガは首をかしげている。最初のころはもっと生真面目な表情が多かったが、最近ではこういう表情も多い。可愛いなぁと思う。
「……いつも料理を差し入れてくれるでしょ?」
そこまで言って、オリガはやっと「ああ」と言う表情になった。
「気になさらなくていいんですよ? 家族に作る分と一緒に作ってるわけですし」
一人ぶんくらい誤差の範囲です。と言うオリガがやはり、食事を用意しているブルーベル家のようだ。
それでもそれだけ彼女が労力をかけたものをおすそ分けいただいているわけで。隣接した官舎とはいえ、わざわざ届けてくれているわけで。そう思うと、人間の良心としてお礼をしなきゃ、となるわけだ。
それをそのまま告げると、オリガはくすっと笑った。
「わかりました。そこまでおっしゃられるのなら、ぜひご一緒させてください」
ほっとしたのが顔に出たのだろう。オリガがまた微笑む。
「顔に出てますよ、提督」
「……うん。そんな気がした」
キーランは顔を押さえる。何となく和やかな空気が流れている中、失礼します、とリンドロート少佐が入ってきた。いつもタイミングの良い男だ。
「……え、なんですか。邪魔した?」
「いえ。何かありましたか、隊長」
一瞬で表情を引き締めて通常仕事モードになったオリガである。少し遅れてキーランも提督モードに戻る。
「いやー、大したことじゃないし……むしろ、提督と大尉の方が何かあったでしょ」
誰がうまいこと言えと。キーランが苦笑し、オリガが絶対零度の視線を向けると、リンドロート少佐は肩を竦め、案件を話しはじめた。
次の日の夜。さすがに軍服で食事に行くのはどうかと言うことで、キーランもオリガも私服姿だった。落ち着いた黒のスカートにカーディガンを羽織ったオリガは、普段の軍服とは違い、年ごろの普通の女性に見える。そして、キーランの隣を歩いているには不釣り合いなほど美人だ。
「どこへ行きますか?」
オリガがキーランを見上げて尋ねた。キーランもベージュのコートを羽織り、まるで普通のデートである。意識したら負けなような気がして、キーランはあえて意識を逸らした。
「ええっと。この先の『ミルフィ』っていうレストラン」
予約を入れてある。大衆レストランだ。特に高級でもなく、家族連れでも普通に入るくらいのレベルの店だ。……カップルも多い。
「こういう店に軍の将校がいると思うと、少し面白いですよね」
と、本当に面白そうにキーランの向かい側の席についたオリガが言った。キーランもキーランで「私は将校には見えないからね」とちょっとずれた回答をする。
二人とも注文したのはハンバーグだった。二人とも成人した大人である上に軍人であるため、それなりに食べるが大食漢と言うほどではない。
「そう言えば、普通に誘ってしまったけれど、家の方は大丈夫?」
「あ、はい。イザークが何とかしてると」
そこはブルーベル技術少将じゃないのか。たぶん、イザークにはオリガが料理を仕込んだのだろう。仲のいい姉弟だ。実際はいとこ同士だけど。
「本当はお礼にプレゼントでもって思ったんだけど、人にあげるものって難しいよね……」
「本当ですよね……私は次から本人に確認しようかと思っています」
確かに、それは外れがないだろうが、「いらない」と言われた時がより難しいのでは。
まあ、そんなことを言って場を白けさせるつもりはないので、キーランは「それもありだね」と相槌をうつにとどめた。
「参考までに、大尉は何をもらったらうれしい?」
「私ですか。そうですね……今一番欲しいのは小型の加湿器でしょうか。艦内に置くやつ」
前に持っていたのは、少佐からの降格事件の時に壊してしまったらしい。まあ、あれだけの戦闘の中だ。さもあらん。一応、居住区は重力制御がついているものだが、それ故に着弾時などの衝撃が激しく伝わるのだ。
「なるほど……」
「あと、普通においしいご飯も食べたいですね」
このレストランの料理もおいしいですね、とオリガが微笑む。このからりとしたあたりが、彼女の母でありキーランの師ヴィエラ・リーシン教授と似ている。
「そうだね。でも僕は、大尉が作った料理も好きだなぁ。いいよね。ほっとするというか」
「水を差すようで申し訳ありませんが、父のレシピなのです」
「……それを言われると何とも言えない気持ちになるけど」
オリガの今は亡き父の偉丈夫ぶりを思いだし、キーランは苦笑を浮かべる。
「リーシン、ってユジャノフ共和国風の名前だね。オリガもそうだ」
「ええ。父のルーツはユジャノフ共和国だと聞いています。育ちはメイエリングだとのことですが」
「なるほど。そういう人も多いよね」
キーランなんかは出身であるフェレル王国で育ったが、生まれは地方国だが育ちは首都、という人は結構多い。
食事を終え、二人はレストランを出た。夏が近いので、夜でも寒くはない。何となく、二人して空を見上げる。
「また宇宙に上がるのでしょうね」
「私たちは宇宙軍だからね。宇宙にいるのが本分だ」
未だに不思議だ。見上げている宇宙に、自分たちがいるのだ。
「提督」
「なんだい?」
「手をつなぎませんか」
突然の提案に、キーランはぎょっとする。オリガは微笑んで手を差し出している。そのほっそりした手を見て、キーランは言った。
「大尉、あまりそう言う冗談は言わない方がいいと思うよ」
「あら、残念です。本気だったのですが」
「そんなからかうような顔で言われてもね」
朗らかに笑う顔は、彼女の母親にそっくりだった。リーシン教授も人をからかう人だった。
住まう官舎が近いので、キーランはオリガを自宅まで送る。その際に、彼女はしれっと尋ねてきた。
「次は何が食べたいですか?」
ご要望があれば作って差し入れます、と言われ、キーランはどれだけこの副官に食生活を心配されているのだろうか、とわが身を顧みてしまった。
「……そう、だね……煮込んだ肉とか?」
炒め物くらいなら自分でもするが、煮込むものなどは絶対に自分で作らない。できなくはないと思うが、キーランの性格上しないのだ。
キーランの言葉に、オリガは「わかりました」とうなずく。彼女は笑みを浮かべて言った。
「今度持っていきますね」
「あ、いや、正直君の料理はおいしいし、ありがたいんだけど、私の好きな物でいいの?」
「料理を作る側としては、食べたいものを言ってもらえると作るものに迷わなくていいんです」
完全に主婦のセリフだった。おやすみなさい、と言って、彼女は官舎に入って行った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
とりあえず、本読んで小説書くことにしました。




