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Recollection  作者: 雲居瑞香
11/25

11話









「怪談話をしませんか」


 そんなことを言いだしたのは、第八特殊機動艦隊旗艦シャムロックの戦況管制官ロザリア・シレア大尉である。現在、シャムロックは月軌道を哨戒中であった。

 三交代シフトの休憩時間。レストルームでの発言である。副司令官を兼ねるオリガも休憩中である。副官かつ副司令官とはいえ、年齢的に士官ルームに入りにくいのだ。同じく大尉であるシレアもそうだろう。たぶん、キーランが一緒なら入るが、彼はブリッジでお勤め中だ。


「怪談話って、まあ、軍とかにいたら結構聞くけどさ」


 と、言ったのは宇宙戦闘機部隊のリンドロート隊長である。基本的に、戦闘機部隊は戦闘がないと、訓練をしているか暇を持て余しているか、である。もちろん、哨戒任務などはあるが、これもローテーション制だ。人数に余裕があるので、二日に一度程度まわってくる。


「そうでしょう? もともと別の部隊にいた人が多いんですから、その部隊でどんな話があったとか、聞いてみたいんです」


 ロザリアとリンドロート隊長の話し合いを聞きながら、オリガはコーヒーを飲んだ。

「まあ、確かに面白そうではあるな……」

 つぶやいたのはリンドロート隊長だ。要するにみな、暇を持て余していた。戦争中ではあるが、戦闘がなければ基本的にすることもないのも事実。

 ここに、怪談話大会が開催された。


 その一。話し手は言いだしっぺのロザリア・シレア大尉である。


 ある日、宇宙軍の某艦隊に所属する軍曹は、今の我々と同じく哨戒任務に就いていた。その軍曹はブリッジの通信士。

 今の我々と同じく、敵にも遭遇せず穏やかな時間に待機していたそんな時。イヤホンから不可解な音が流れ込んできた。何かを話しているようだが、雑音がひどい。軍曹は音声をクリアにすべく、計器を操作した。

 すると、助けて、助けて、と声が聞こえてくる。尋常ではない様子に、軍曹は艦長に報告した。報告を聞いた艦長は、哨戒に出ていた分隊長に上申する。すると、その艦は助けを呼ぶ声のいる宙域に向かうことになった。言いだしっぺの法則と言うやつである。

 順調に、その宙域に近づく。スペースデブリが漂う宙域だった。その中の一隻の民間船から、声は発せられているらしかった。

 どうやら、操舵を誤ってデブリ帯に突っ込んでしまったらしい。生きている人がいるのなら助けなければならないと、人が派遣された。

 生体反応は確認できない。では、通信機器が勝手に電波を送信しているのだろうかとも思ったが、違うようだ。派遣された軍人たちは首をかしげる。

 その時、客席を見て回っていた軍人が、子供の遺体があることに気が付いた。そっと近寄ると、その子供の体がこちらを向いた。唇が動く。

――――助けて……。


 悲鳴が上がった。たぶん、ロザリアの語り口が怖かったのだろう。いや、話としては確かに怖かったが、オリガは落ち着いてコーヒーを口に含んだ。

「怖っ! 戦艦乗りとして、ありえないと言い切れないところが怖い!」

 パイロットの一人がそう言って震えていたが、まあ、ロザリアが笑っているので作り話なのだろう。


 さらに次、次、と怪談話をしていく。リンドロート隊長の話も怖かった。パイロットらしい、宇宙戦闘機の操縦訓練中の話であった。

 操縦訓練には通常、シミュレーターを利用する。本物の宇宙戦闘機に乗って訓練をすることもあるが、今回の話はシミュレーターでの出来事だ。

 宇宙戦闘機パイロットが使用するシミュレーターは、本物のコックピットを模しており、完全個室になる。閉所恐怖症の人は、パイロットになれないだろう。

 いつも通り、シミュレーションを開始した。難易度を設定し、AIが組んだ状況を飛び回る。結果が良くなかったので、もう一度、と二度目に入る。

 すると、シミュレーションが対戦モードに切り替わった。つまり、AIが組んだ戦況を自分だけで飛び回るのではなく、他のシミュレーターを使用しているパイロットと対戦形式でシミュレーションを行うということだ。

 この艦には、彼以外にも何人もパイロットが乗っていた。そのうちだれかが訓練に来たのだろうと思った。そのまま対戦し、彼は相手に惨敗した。相手は素晴らしい飛び手で、誰か確認しようとシミュレーターを出た。

 だが、他のシミュレーターはすべて空席。近くにいた整備士に尋ねてみたが、パイロット以外には人は来ていないという。パイロットは蒼ざめた。

 あわてて他のシミュレーターを確認して回った。どれも動いていた気配はない。なら、自分が対戦していた相手は誰なのだ?

 ぞっとした。自分は幽霊とでも対戦していたのだろうか。それとも、シミュレーターの不具合? 動きはどう見てもAIの動きではなかった。誰かが動かしているような動きだった。

 ほかのパイロットにも同じ経験をしたやつがいないか聞いてみるが、いなかった。何故自分だけ? しかも、相手はかなりいい飛び手だった。そんな飛び手、知らないはずがない。

 そして、思い出した。あれは、士官学校時代の同級生と同じ飛び方。しかし、彼は先日の会戦で亡くなったのではなかったか……!?


「……」

「……怖っ」


 誰かがつぶやいた以外、誰も声を上げなかった。恐ろしすぎて逆に声が出なかったのである。オリガも怖いな、とは思ったが、それまでだった。紅茶を飲み干す。


「ブルーベル大尉は何か知らない? 怖い話」


 艦隊に怪談はつきものである。ロザリアに尋ねられ、オリガも少し考えた。彼女も艦隊勤務が長い。さらに、両親養父母全員が軍人であった。実母と実父は宇宙軍、養父母は陸軍であるが。とにかく、軍隊式怪談話のネタには事欠かない。

 二十年前の宇宙戦争末期の話である。この度復活した第八特殊機動艦隊に、、かつてオリガの母ヴィエラは所属していた。娘と同じく副官であった。

 当時は戦争真っ只中。昨日まで一緒に笑っていた同僚が次の日にはいない、と言うことはざらだった。

 ある日……まあ、宇宙で昼夜の感覚があるかと言われれば微妙だが、眠っている時間に目が覚めた。何故目が覚めたのだろう。ぼんやり考える。まだ起床予定時刻には早かった。彼女は靴を履き、上着を羽織ると静まり返った廊下に出た。艦内時間も夜中のようだった。

 当てもなく歩いていると不思議とにぎやかな声が聞こえた。食堂の方だ。そちらに足を向ける。食堂を覗き込むと、こんな時間に宴会をしていた。

 何をしているんだ、と呆れて立ち去ろうとしたが、ふと、気づいた。あそこの大尉も、あちらの軍曹も、そこにいる一等兵も。みんな、みんな、この前の戦闘で亡くなったのではなかったか?

 仲の良かった同僚たち。もう手の届かないところへ行ってしまった仲間たち。それが、手の届くところにいる。彼女はふらふらとそちらに足を踏み出した。

 がっとその肩がつかまれる。急速に現実に引き戻されて、目の前の光景はただの暗い食堂に変わった。だれだ、と彼女は肩をつかんできた人間を睨みあげたのだった。


「……何その話。途中までは怖かったのに」


 と言ってのけたのはロザリアである。オリガもそう思う。

「ええ。母が話してくれたのですが、最終的に惚気で終わりました」

 つまり、彼女=ヴィエラの肩をつかんだのは、オリガの父、つまりヴィエラの未来の夫だったというだけの話だ。しかし、なんというか、この手の体験は戦時中にはよくあることらしい。オリガは今のところないが。

 しかし、そういうことが当たり前だった時代なのだと思うと、それはそれで怖いと思うのだ。母も父もからりとした人ではあったが、その胸の内にどれだけの悲しみを秘めていたのか、オリガはもう知る由ものないのだ。

「では、私はそろそろ提督と交代してきます」

「ああ、私も」

 オリガが立ち上がると、ロザリアも交代時間だったらしく、同じく席を立った。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


宇宙ならではの怪談ってなんなんでしょう…。


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