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ヤドカリ  作者: まちこ
8/9

銭湯

なかなか時間が取れず更新が遅くなりましたm(_ _)m

もし読んでくださっている方がいましたら申し訳ありません!

続きをどうぞー

 日が傾いてあたりが暖かいオレンジ色に染まりはじめた頃、美月夜は部屋の中にちょこんと置かれた赤いランタンとにらめっこしていた。

 たぶん、これも前の同居人の使っていたものなのだろう。よく行く雑貨店で見るような電池式のものとは違い、ガラスの筒の中には見慣れない小さな袋がぶら下がっている。その袋や筒の中心を通る金属管が焦げているところを見ると、実際に使っていたものらしい。

 使い方が知りたいわけではない。これの持ち主がどんな人物だったのか、眺めていたら何かわからないかと思ったのだ。

 佐倉は特に語ろうとしないが、同居人のことは大事にしていたと推測できる。ポロッと漏らす思い出話は必ずと言っていいほど彼の表情を柔らかくするからだ。

「女の人、なのかな……」

 そう考えると面白くない。

 美月夜のことは年の離れた女の子として最初にあれだけ同居を渋られたのに、その前に暮らしていたのが相応の年齢の女性でそれが楽しかったと言われたら。

 考えただけで鳩尾が鈍い痛みを訴えてくる。

 この痛みには覚えがある。

 覚えがあるからこそ感じるのだろうが、何もここに来てまでとも思う。

 美月夜は顔を覆って、深呼吸を繰り返した。

 どうぞ、このランタンが男性の持ち物でありますように。

 世話になっているだけの関係でも、そう願うくらいは許して欲しい。

 しばらくしゃがみ込んだ姿勢のままお祈りをしていたので、コンコンと部屋のドアがノックされたときにはちょっと跳び上がってしまった。

「はい、どうぞ」

 答えれば佐倉が顔を覗かせた。

「出かけるから呼びに来た。一緒に来れるか?」

 この時間から一体どこへと思ったが、すぐに「ああ」と気づいた。

「銭湯ですか?」

 初めて会ったときも佐倉は銭湯帰りだった。この家の備え付けの風呂は佐倉には小さ過ぎることも今では知っている。美月夜でも膝を抱えなくてはならない浴槽では、男性の中でも背の高い部類に入る佐倉には気の毒だ。

「ああ、女湯はたぶん貸切だぞ」

「それはいいですね」

 準備をしようと腰をあげ、中腰で固まってしまった。

「どうした?」

「……この辺で銭湯って一軒しかないですよね?」

「まぁそうだな。熊さんのところだ」

 熊さん、という名前はめいから聞いたことがある。喜一に様子を訪ねていたのだから、もしかしなくても喜一の面倒を見ている人のことだろう。

 佐倉が困ったように聞いてきた。

「喜一に会うのは嫌か?」

 正直に言えばその通り。ただでさえ苦手なタイプなのに、私事に巻き込んで迷惑をかけた。できる限り避けたい相手だ。でも、事実を確認しているようでいてこちらを気遣う佐倉の声に、なんとかして応えたい気持ちがむくむくと膨れ上がる。

 美月夜はすっと立ち上がった。

「いいえ、できるだけ早く謝りたいと思ってました。私も行きます」

 逃げていても仕方ない。また発作を起こすかもしれないけれど、それならなおさら、喜一には謝罪と説明が必要だ。

「ミツはそう言うと思ってた」

 佐倉は満足そうに頷き、美月夜に洗面器を差し出した。

「これ、またお下がりで申し訳ないけど、ないと困るだろうから」

 クリーム色の小ぶりな洗面器の中で、ことんとグレーの石鹸ケースが滑った。これまた女性ものとも男性ものとも判断できない元同居人の品を受け取り、とりあえず「どうも」と礼を言った。

「じゃあ俺は玄関で待ってる。準備しておいで」

「はい、すぐ行きます」

 パタンと閉まったドアの内側でもう一度洗面器を眺め回した。ランタン同様、睨んでいたって答えがあるわけではない。

 直接佐倉に聞けばいい。

 前の同居人はどんな人だったのか。

 普段の美月夜なら臆することなく聞いているだろうに、こればっかりは聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちがせめぎ合って言葉にもならない。

 口を閉じていても鼻から漏れるため息に、自分のことながらがっかりした。


 佐倉と出会った土手に架かる橋を渡ると、こちらもやはり似たような集落が形成されていた。川のそばは田んぼがメインで、その向こうに畑や住宅が並ぶのも同じ。ただ、その一画に商店街がある点はこちら側だけの特徴だ。商店()と呼ぶには控え目な規模だが。

 時間帯もあるのだろう、通りはそこそこ賑わっていた。佐倉にくっついて歩いていると、すれ違う人達に「あれ、見ない子だね?」とか「あらあら可愛らしいお嬢さん連れて!」とか話しかけられ、都度自己紹介をした。

「吉良美月夜です。よろしくお願いします」

「ふふ、ご丁寧にどうも。何か困ったことがあったらいつでも誰でも頼ってね。みんなあなたみたいなヤドカリちゃんの役に立ちたくて仕方ないのよ」

 母より若干年下であろう女性は笑顔でそう言ってくれた。

「佐倉くんが連れてるってことは川向こうに住んでいるんでしょう?あっちは静かだけど人も少ないから。うちにもきっと遊びに来てちょうだい」

 心からの歓迎に嬉しくなってこくこく頷くと、それを見ていた周囲からも誘う声が上がる。

「それなら家にもおいで」

「私のところのネコとも遊んでくれる?」

「お、俺んちも汚いけどよかったら」

 わあわあと話しかけられて「は、はい、ぜひ!」と答えたところに佐倉が慌てて声を重ねた。

「あ、こら、ダメだ!俺の許可なしでは誰のところもダメ!」

 佐倉の大きな手に二の腕をつかまれていつの間にかできた囲いから引っ張り出された。真ん中が空洞になった人だかりからはブーイングが聞こえてくる。

「ズルいぞ!いくら佐倉のヤドカリだからって独り占めするなんて」

「いい大人が何言ってる!この子はまだここに来て日が浅いんだからみんなこそ遠慮してくれ!」

「じゃあせめて握手会をー!」

「勝手にミツをアイドルにするな!」

 ぎゃあぎゃあ言い合ってからくも美月夜を連れて逃げおおせた佐倉は、肩で息をするほど消耗していた。それでも成果を無駄にしたくないのか、常より早い足取りでその場を後にする。

「頼むからもう少し慎重になってくれ。ここの奴らにとってミツは珍しくてただただ可愛がりたい対象なんだ」

「そんな、私なんかがなんで?」

「なんでって、それは……」

 言い淀む佐倉の顔がだんだん赤らんでいく。あっと言う間に耳まで染まり、言いにくそうにやっと小声で答えた。

「か、可愛いから、じゃ、ないのか?」

 不意打ちに美月夜の頬まで熱くなる。言われ慣れていない褒め言葉を言い慣れていない男の人から聞くのがこんなにこそばゆいものだったなんて。照れ隠しに美月夜はまくしたてた。

「そんなこと誰にも言われたことないですよ!それにここにはすでにめいさんがいらっしゃるじゃないですか。私とは比較にならないくらい美人です!」

「めいはなぁ、源さんのガードが強固なんだよ。何人なんぴとたりとも!ってオーラが目に見えるくらいで、畏れ多くて近づけないんだ。まぁ、あの二人は連れ立って歩いてるだけで目の保養だから、それで満足って節もある」

「うーん、それはそうかも」

 仲睦まじい美男美女は存在だけで癒やされる。わざわざ特攻かける意味はない。

「その点ミツは話しかけやすいし、愛想もいいし、皆安心して近づいて来れるんだ。でもそれだと俺が気が気じゃない」

 不安そうに表情を曇らせる佐倉を見て、ハッとした。気の良い人達は何も知らずに誘ってくれたが、美月夜と一緒にいて危険なのは周りの人達なのだ。

「そうですよね、発作のことを説明もせずお家に行ったりしたら怪我をさせてしまうかもしれないのに。招待を受けるなら、きちんと治してからですね」

「あ?ああ、そうだな…」

 ぞんざいな同意に違和感を持ったが、問いただす前に佐倉が足を止めた。

「着いたぞ、ここだ」

 生成りの布地に墨で『熊の湯』と書かれた暖簾のれんが風に揺れていた。コンクリート造の無骨な建物で、空に向かって高々と太い煙突がそびえ立ち、あまり客を歓迎しているとは思えない店構えだ。

 こくりと唾を飲む美月夜などお構いなしに、佐倉がガラス戸を開けた。入ってすぐは風除室も兼ねた下駄箱のみの空間で、その先の壁には右側に男湯、左側に女湯のプレートが掛かったアルミドアが控えていた。

 すのこに上がって靴を収める美月夜に「俺が二人分払っておくからそのまま入っていいからな」とだけ言いおいて、佐倉はドアの向こうにいなくなってしまった。

 右手で無駄にぐっと力を入れてドアノブを握り込み、覚悟を決めてドアを押し開ける。

「……おじゃまします」

 そろりと足を踏み出した美月夜の視界右上で、誰かの膝が跳ね上がった。

「おま…!何しにきたんだ?」

 見上げると、青くなった喜一が番台からこちらを凝視していた。

「お風呂をいただきに。大丈夫、これ以上は近づかないから」

 手の平を喜一との間に掲げて誓えば、いくらか喜一の表情も和らいだ。

「あと、昨日は本当にごめんなさい。私のせいで怪我をさせるところだった」

「……もういいよ」

 ぶすくれてはいるが、歩み寄りを見せるように喜一が答える。

「驚いたけど、キラのせいじゃないんだろ。ちゃんと俺も聞いてたし。デコピンにあそこまでキレるとは思ってなかったけど」

「痛かったけど、デコピンは関係ないよ。何となく、嫌いな人と言われたセリフが重なってて、それでものすごく嫌な事を思い出したっていうか」

 それで体が言う事をきかなくなるのだから困ったものだ。今の自分が記憶や思いのかたまりなんだと、改めて理解する。

「おい、ちょっと」

 番台の向こうから低い声が飛んできた。佐倉だ。

「今ちょっと聞き捨てならん事を聞いたが、デコピンてなんだ」

「え、いや、だってこいつがピザ作り過ぎるから、その流れで」

 あたふたと男湯に向かって言い訳する喜一の背中は、かわいそうなほど丸まっている。どうやら、佐倉の形相がそうさせているらしい。

「何が流れだ。知り合ったばかりの女の子に手を上げる奴だとは思ってなかったぞ。今までは多少やんちゃでも知らん振りしてきたが、ミツに関わるなら容赦しないからな。熊さんはどこだ?」

「ええ!ちょっと勘弁してよ!あ、謝る!ちゃんと謝るからさ!」

 番台からひょいと飛び降り、バタバタと後を追う足音が何処か遠くへ消えていく。デコピン程度ではびくともしないから本当になんでもないのに、喜一には少し気の毒な展開かもしれない。

「ま、いっか」

 美月夜は無事謝罪ができたことに満足していた。喜一との関係も当初の予感より悪くならないと思えた。何より今は番台の目線を気にすることなく服を脱ぐことができ、広い浴槽に浸かれることが楽しみでならなかった。

最後までありがとうございました(*^^*)

喜一はこのあとお尻ペンペンでしょうか笑

次回は熊さんも登場させたいと思っています。

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