表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤドカリ  作者: まちこ
6/9

宣誓

遊びに来てくださってありがとうございます(*^^*)

相変わらずの拙い文章ですが、楽しんでいただけたら幸いです。

今回はじりじりとした攻防戦をお届けいたします笑

 ◇ ◇ ◇



 客人を全て送り出してから夜の仕事をひと通り終え、一息ついたのは月が明るく輝きはじめる頃だった。

 まだ暑い日は続きそうだが、日が暮れると風がひんやりしてきた。めいは麻の浴衣に着替え、寝間で布団に座っていた。

 思い出されるのは、昼間の出来事。

 美月夜の怒りには圧倒された。

 あっという間に燃え上がり、居合わせただけで肌に熱を感じるほど強烈な怒り。

 彼女の無念もまた、相当なものなのだろう。

 そして、気になることがもうひとつ。

「どうした?今夜は早いな」

 寛治が寝間に入って来るなり苦笑した。

「はい、伺いたいことがあったので」

「めいがそう言う時は、もう解っている時だね」

 めいの正面で膝をつき、諦めたように寛治はため息をついた。するりとめいの顎を撫でる指は、いつものように冷たい。

「発作を起こして閉じ込められていたのは、寛治さんなんですね」

 寛治の指は首を掠めて、鎖骨をたどり、肌を滑って肩を包んだ。

「私のことは根掘り葉掘り聞いたくせに、まだご自分のことは教えてくれないんですか」

「本当に聞きたい?」

 寛治の声が震えた気がして、めいは彼の頬に手を添えた。

「私が聞いて慰めになるなら、いくらでも」

 寛治はゆるゆると首を振った。

「誰にも慰めてほしくはない」

 嘘つき。と、めいは言わなかった。

 毎夜、眠るのが怖くて、かと言って一人で起きているのは寂しくて、自然とこういう関係になった。

 このまま寛治のそばにいられるなら、あと何年、何十年過ぎようと、いつかを待ち続けられる。

(どうせ、私の無念は、寛治さんでなければ晴らせない)

 だから、この手さえあれば、それでいい。

 めいはそっと目を閉じた。



 ◇ ◇ ◇



「こんな感じでどうですか?」

 聞きながら、美月夜は首から下げた手拭いで額の汗を拭った。足元には見様見真似でこしらえたうねがまっすぐに伸びていた。

「うん、いいじゃないか。上出来だ」

 ふう、と息をついて佐倉もくわを地面に倒した。彼の畝も出来上がったようだ。美月夜の作ったものとは形が違うので、別の野菜を植えるのかな、と予想する。

 今日は、朝一番の涼しい時間を狙って、佐倉と二人で裏の畑に来ていた。夏の盛りを過ぎた頃には次の種や苗のために準備をしなくてはならないそうで、さっそく美月夜も人工にんくに数えてもらい、みなぎるやる気を鍬に込めて振るっている次第だ。

 土を触るのは小学生の時以来で純粋に楽しかった。カラカラに乾いた場所を指して「ここに人参を植える」と言われたときは本当に育つのか不安になったが、水を撒いてから草を引き、丁寧に土をほぐしていけば、いつの間にやら豊かな土のにおいがするようになり、白かった地面は濃く深い茶色になった。牧場で譲ってもらったという牛糞の肥料を撒いているときは鼻がもげそうになるほど臭かったけれど、ギャーギャー騒ぎながら体を動かすのはいい気分転換になった。

「あんなに臭かったのに、もう気にならないなんて嘘みたい。鼻がおかしくなったのかな」

 日陰に腰を下ろして休憩しているときに呟くと、佐倉が教えてくれた。

「土に混ざってしまえばそんなに気になるもんでもないさ。その辺の畑がずっと臭いなんてことないだろ」

「そういえばそうですね」

 だんだん日が高くなって、陽射しも強くなってきたので、美月夜は気合を入れ直して立ち上がった。

「次は種まきですか?」

「さすが若いな。でも今日はもう終わりだ」

 どっこいせ、とおじさんくさい掛け声と共に佐倉も立ち上がって伸びをした。

「え、でも私の作った畝に人参作るって……」

「うん、作るけどな。肥料が馴染むまで少し置いとくんだ。あとは収穫だけしていこう。オクラがでかくなりすぎてた」

 歩き出した佐倉の後を、長靴をがぽがぽいわせながらついて行く。前の同居人、と佐倉が呼ぶ人の長靴を使わせてもらったので、サイズが合わず歩きづらい。小さくてはけないよりはマシだ。

 家の敷地とほぼ同じ面積の畑は、よく手入れされているように見えた。「これくらいしかやることがないから」と佐倉は美月夜の賛辞を受けてはくれなかったが、毎日毎日、畑と向き合うのは根気のいる尊敬すべき仕事だ。

 支柱に優しく括られた茎を信じてこぼれんばかりに実るのは、ミニトマト、ナス、ピーマンにキュウリと夏野菜が揃い踏みだ。空を指すオクラは確かに育ちすぎて硬そうなものもあったが、スーパーで売られているものよりずっと食欲をそそる。

「美味しそう。ああ、お腹空いたー」

 佐倉が腕に抱えた大きめのボウルがいっぱいになるまで、野菜たちが次々放り込まれていく。まだ朝食を食べていないお腹には辛い見せ物だ。

「俺も腹減った。朝は手っ取り早く、昨日のピザを温め直して食べよう」

 美月夜はすぐさま「賛成ー!」と同意して、少しでも早く朝食にありつけるよう農具を片付け始めた。


 3枚も作ったピザはどれも半分以上残っていたので、朝からピザパーティーになった。フライパンで温め直したピザは、カリカリとはいかなくとも十分美味しかった。

「まぁ腹ペコだったら何でも美味いよな」

 身も蓋もない評価だったが、美月夜の倍以上をペロッとたいらげてしまう佐倉の食べっぷりは作った側としては嬉しい。配達分より多めに分けてもらった牛乳も食卓に並んでおり、美月夜はすでに3杯目だ。

「牧場の牛乳ってなんでこんなに濃くて美味しいんだろう。太りそうー、でもどんどん飲めちゃうー」

「その前に腹壊すぞ。そのへんにしとけ」

 もっともな忠告に渋々了解して、最後の一杯をちびちび飲みはじめた美月夜に、佐倉は「なあ」と切り出した。

「少し思い出話をしないか」

 きょとんと佐倉を見つめると、努めて朗らかな表情を保っているのがありありとわかる顔をしていた。口角の上がり方が不自然極まりない。

「俺のことも話すから。その、生きてるときのこと、覚えてる範囲でさ」

「もしかして、私が思い出すのを助けてくれようとしてます?」

 直球過ぎたのか、佐倉はがくりと頭を落とした。

「ミツには遠慮とかそういうのは効かないんだな」

 不服そうにブツブツ文句を垂れてから持ち直した佐倉は、いつもの無表情に戻って話を進めた。

「まぁそういうことだ。今なら家に二人だけだし、ミツが暴れたとしても被害は最小限だ。少しでも魂との齟齬そごを解消するとしたもんだろう」

 佐倉は昨夜、美月夜と約束をしてくれた。発作が治まるまでなるべく一緒に行動すること、佐倉以外の誰かを傷つけないよう手段を選ばず止めてくれること、それから、一日も早く記憶を取り戻せるよう助力してくれること。

 源崎曰く、前例が10年もかかったのは同じ場所に閉じ込められていたのが下策だったとのことで、様々な人と関わることで記憶が戻るきっかけを誘発し、短期に完治することを目指す事になった。最初のきっかけが喜一との会話にあったのは明確なので、美月夜も一応は納得したが、当たり前に佐倉を巻き込むことにはまだ抵抗があった。

「すごくありがたいです。でも、積極的に記憶を呼び起こすのは危険ですから」

 何の見返りもなく助けてくれるという佐倉の提案をすげなく断るのは心苦しかった。でもやはり傷つけたくない。人の良い佐倉はハズレくじを引かされただけなのに、嘘みたいに親身になってくれる。その気持ちが嬉しいだけに簡単には頷けないのだ。

 頑なになりかけた美月夜を、佐倉は腕を組んで軽く睨んだ。

「ミツ、昨日源さんが言ったことをちゃんと思い出せ」

佐倉が言いたいことはすぐにわかった。美月夜はくっと喉を締めて目を伏せた。

「喜一の前で起こした発作はたまたま相手に危害を加えるものだったが、毎度毎度暴れるわけじゃない、と言われたな?ミツに精神的な負荷がかかるのは俺も耐えろとしか言えないが、俺の安全を理由に断るのはやめろ」

 皿に残ったピザの最後の一欠片を口に放り込み、佐倉は椅子にもたれた。

「ミツを俺のヤドカリだと認めた以上、そのためにこうむる全ての事に俺はもう腹を括った。それとも、だらだら長引かせる方が俺に迷惑がかからんとでも思ってるのか?」

「思ってません!……ません、けど」

「けど、なんだ」

 美月夜は逡巡して、しかしずっと気になっていたことを聞いた。

「どうしてそこまでしてくれるんですか。ヤドカリって言ったって、会って間もない私を体張ってまで助ける理由なんてないでしょう?」

 魂だけの存在になっても、記憶を頼りに痛みも感じるし怪我も残る。実際、土手で佐倉を転ばせた際の手のひらの怪我はまだ痛々しいかさぶたが目立っていた。

 最初からそんな目に合わされていれば、美月夜を放り出したくなっても仕方ないのに。ヤドカリとして置いてくれるばかりか、さらなる身の危険に晒されようとする佐倉がわからなかった。

 佐倉は痛いところを突かれたとばかり、背を丸めて縮こまってしまった。しばらくそのまま動かなかったので、このまま話はうやむやに終わるかと予想し始めた頃、聞き取れないほど小さな声が返ってきた。

「俺のせいだからだ」

 怪訝な顔をした美月夜に、佐倉は補足も強いられる。

「ミツが『中州』に来てしまったのは、俺のせいだ。俺が呼ばなかったら、ミツはたぶんそのまま『彼岸』に行けた」

 佐倉が美月夜に言わずに抱えていた気持ちが、こぼれた瞬間だった。たぶん、出会った時からずっと彼の中に在り続けた罪悪感だ。

「私は私の判断で降りましたよ」

「俺が声を掛けなかったら、判断しようとする意識すらなかったはずだ」

「でも私は今『中州』に来たことを後悔してません!」

「してなくても」

 体を乗り出して反論していたのに、見据えられると落ち着かなくなるその目に、あっさり黙らされてしまう。

「俺は俺で勝手に責任感じてるんだ。だから、気を遣わずに甘えろ」

 大きな手が伸びてきて、美月夜の頭をサッカーボールか何かみたいにがしっと掴んで揺さぶった。

「発作が治るまで、ミツも、周りの奴も、気になるなら俺自身も。傷つけないよう守るから。安心して治せ」

 佐倉は勝手だ。

 勝手に責任を感じて、勝手に美月夜に優しくしてくる。

 でも、ここまで言わせて断るのは、いい加減往生際が悪い。

「……よろしく、お願いします」

 せめて笑おうと試みたが、変な力が入って上手く口端が上がらなかった。

 絶対に佐倉の好意に甘えるだけにはならない、と心の中で自分だけに誓う。

 きっと治して、今度はあなたの力になってみせる。

「よし、気が変わる前にとっとと話せ」

 頭から手を離し、テーブルに肘をついて顎を支えた佐倉は、仏頂面で美月夜を促した。長くなるのはわかってる、と言われたみたいで安心する。

 美月夜は他人から見たらあまり幸せではない今までの暮らしを、ぽつぽつ語りはじめた。

ここまで読んで下さり、ありがとうございますm(_ _)m

次回も更新できるよう、頑張ります!

喜一のフォローはまたいずれ笑

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ