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ヤドカリ  作者: まちこ
4/9

翌朝

なんとか更新を続けられています。

やっと主役の二人が雰囲気良くなってきました。

よろしくお願いしますm(_ _)m

 夢の中で、母の声を聞いた気がした。

「おはよう、ミツ」

 いつもみたいな疲れた声。

 元気ないね。

 話、聞こうか?

 そう言ってあげたいのに、声は届かない。

「じゃあね、いってきます」

 パタン、とドアが閉まる。



 目を開けると、視界が真っ白だった。カーテンを透かして日の光が差し込んできていて、その強烈な光線が顔面に降り注いでいた。

「やだぁ、またそばかす増えちゃうぅ…」

 枕を被ってうつ伏せになったら、少なくとも顔面は守れる。寝起きで火照った頬をシーツにこすりつけると、その瞬間はひんやりするが、すぐに熱が移ってしまって物足りなかった。不満に思って起き上がり、水を求めて部屋を出た。

「おはよぉう…」

 口を開けたらあくびが出てしまい、語尾が溶ける。ふらつく足を前に出し、冷蔵庫に向かって歩いているつもりだった。

「おかぁさん、私の分の卵ある?」

 母の返事の代わりに、何やら楽しそうな男の声が答えた。

「あるぞ。何が食べたいんだ?」

 その聞き慣れない低音で、やっと覚醒した。

「あ…、す、すみませんでした!」

 とりあえず出てきた洋室に飛び込み、乱れたままの布団に突っ伏した。母を夢に見たせいか、すっかり安心して自宅にいると思いこんでしまったらしい。

 寝起きの顔を男の人に見られた!いや、見せたのは私なんだけど!ああ、しかも私ったら制服のまま!寝る前に着替えもしない奴だと思われた…

 あれもこれもと失態を数えていてもきりがないので、せめて着替えをすることにした。昨晩、めいが持たせてくれた着替えの中から、胸元に刺繍のつるが広がる白い綿シャツと、膝丈ほどのベージュのキュロットを合わせてみた。普段は制服以外だとジーンズを選びがちなので、落ち着かないがおかしくはないはずだ。手櫛で髪もまとめ上げ、高い位置で結んだ。

 布団を押入れに片付けてから、洗濯物を抱えてドアを開けると、テーブルについていた佐倉が「おはよう」と声をかけてきた。

「おはようございます」

「支度ができたみたいだな。朝飯は?」

「食べたいです」

 さっきの寝ぼけた姿は流してくれるのかと胸を撫で下ろしていると、佐倉は手元に準備していた卵を顔の横で軽く振った。

「残してあるけど、どうする?」

 楽しそうに聞いてくる佐倉から目を逸らした。これは確実にからかわれている。

「………お米があるなら卵かけご飯がいいです」

 やけになって素直に答えた。美月夜の朝の定番メニューだ。

「へえ、お…ミツも好きなのか」

 佐倉の声が嬉しそうなので、ぱっと顔を上げた。

「え、佐倉さんもよく食べるんですか?」

「ああいや、俺じゃなくて。前の同居人がな。だから鶏を飼ってる」

「え!すごい!じゃあ産みたて卵?」

 興奮して駆け寄ると、佐倉が美月夜の手に赤い卵をのせてくれた。表面にふわふわとした羽毛がくっついていて、さっきまで鶏のお腹に抱かれていたのがわかる。

「うわぁ、テレビでしか見たことない…」

 美月夜の素の感動に、ぶふっと目の前で佐倉が吹き出した。そのまま手で顔を覆って震えはじめたのでもう放っておくことにした。昨日はあんなに無愛想だったから、一晩で打ち解けてもらえて嬉しいが、それが全部美月夜の失態に起因するのが面白くない。

 行き場のない洗濯物を仕方なく床に置いて、テーブルにつく。佐倉が笑いを治めるまで待つしかないと諦めて、改めて周りを見回してみた。

 今いるのはリビング兼ダイニングとしている部屋らしい。廊下との仕切りの襖はすべて取り払われ、縁側の窓も開け放たれているため、広々として風が通って気持ちいい。廊下を挟んでドアが2つ。美月夜が借りた部屋じゃない方は佐倉の部屋で間違いない。たぶん、廊下を奥へ進むとキッチンや洗い場があるのだろう。

 目覚めて正気になってみても、ここが死後の世界だとはまだ信じられなかった。日差しも、風も、本物だとしか思えない。何より、自分が死んだことが実感できなかった。納得しようにも記憶にない。思い残したことがあって『中州』に導かれたというなら、死に様くらいまざまざと思い出せてもよさそうだが。

 軽くため息をつくと、非難と受け取ったのか、佐倉が咳払いして向き直った。

「はぁ、すまん。まずは飯だが、今日は仕事が入ってるんだ。俺はそろそろ出る。ミツはどうする?」

「お仕事?何するんですか?」

「今日は配達だな。3日おきに牛乳を運ぶ約束をしてる。車で山の方へ行っていろいろ手伝いもしてくるから、戻ってくるのは夕方から夜かな」

「そうなんですか。ええと、どうしようかな」

 残ってもやることがないし、ついていっても役に立てそうもないなと悩んでいると、佐倉は別の解釈をしたようだった。

「まぁ、俺と1日話す事もないだろう。行きに源さんのところへ送っていく。めいと一緒に居たらいい」

「え?あ、はい…」

「決まりだな。よし、今のうちに奥の説明をしておこう。ちょっといいか」

 席を立ち、廊下の奥へ歩いていく佐倉を追いながら、美月夜は置いていかれることを寂しいと感じていた。邪魔じゃないから一緒においで、と言ってくれる気がしていたのに。こんな反応はらしくなかった。ふと、寝る前に頭を撫でてくれた手を思い出して自分を慰めてみると、顔が熱くなってさらに困惑することになった。


 源崎の家を訪ねてみれば、やはり一番に顔を出すのはめいだった。

「みつやちゃん、いらっしゃい。あ、その服を着てくれたのね!とっても可愛い。似合ってるわ」

 聞けば、持たせてくれた服は全てめいの手作りなのだそうだ。さすがに糸や布地は譲ってもらうそうだが、ある程度の染色やミシンを使っての縫製は手慣れたものらしい。最近の力作だと言う、胸元の刺繍を見下ろして感心しきっているところに、ぬっと源崎が現れた。

「やぁ、これは華やかだ。私のような年寄りには贅沢過ぎるが、二人も綺麗な女性を側に置けるとは至福だな」

 結局は美月夜を佐倉に押し付けたくせに、源崎は調子がいい。それでも、見目麗しい二人に格好を褒められると、どうしようもなく嬉しくなった。

「すみません。遅くとも夜には迎えに来ますので、よろしくお願いします」

 玄関先で律儀に頭を下げる佐倉に、源崎は少し驚いたようだった。

「おや、聡一郎。もう機嫌が直ったのか?」

「もともと怒ってませんよ」

「さっそく美月夜による良い効果が出てるじゃないか。引き取って正解だったな?」

 源崎のような美丈夫がニヤつくと、色香が倍増してとても目を合わせられたものではない。佐倉もそそくさと目を逸して逃げの体勢に入った。

「本人の意志を尊重したまでです。今日でそれが変わるなら従いますよ」

「心にも無い。意地を張っても寂しくて飛んで帰ってくることになるぞ。ほら、美月夜、見送ってあげなさい」

 源崎に背中を押され、ずいっと前に出された。それだけで何故か恥ずかしくなって、俯き加減で声を掛ける。

「その、…お待ちしてます。気をつけていってきてください」

「……!いっ、て、きます…」

 言い終えるやいなや、ぱっと身を翻して佐倉は出ていった。何かに追われているかのように、玄関がぴしゃん!と音を立てるほど加減なく閉めていく。その態度を咎めるでもなく、源崎がうなじをさすった。

「珍しいものを見たな。この分だと本当に飛んで帰ってくるぞ。美月夜、あの曲者相手にどんなじゅつを使った?」

「ええ?何もしてないですよ」

 両手を振って否定すると、めいがにっこり笑って美月夜の両肩に手を置いた。

「みつやちゃんの天性の魅力ね。寛治さんが意地悪しなかったら、佐倉さんてきっともっと素直な方なんだわ」

「ふむ、性悪じじいとしてはこの成り行きは大変面白い。いいぞ、美月夜。もっとやれ」

 はっはっは!と団扇うちわ片手に満足そうに笑う源崎は、まるで時代劇で観る将軍様のようだ。

「もっとやれって…、何を?」

「まぁ、あれは寛治さんの戯言たわごとよ」

 さて!と手を打っためいに振り返ると、笑顔で2階に誘われた。

「まずは一緒にお裁縫でもしない?藍染あいぞめ手拭てぬぐいでシュシュを作ったら今日のコーデに合うと思うの」

 なんとも女性らしい趣味のお誘いに、美月夜は嬉しくて跳びついた。

「授業でしか針と糸を使ったことが無いですけど、やりたいです!教えてください」

「ふふ、もちろん」

 めいと二人で意気揚々と階段を登っていくうちに、置いていかれた寂しさが薄まっていった。ヤドカリとして認めてくれている間はずっと一緒にいられるのだから、一日くらい平気だと思うことにした。

ありがとうございましたm(_ _)m

次回も更新できるように頑張ります!

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