●とある午後・ファミレス
そして俺たちはファミレスに入った。
先頭に立った加山が店員さんに人数を告げ、いつもと同じ席に通される。八人という結構な大所帯が一度に座れる席はないので、隣り合った四人がけのボックス席二つに別れて座るのが通例だった。
俺たちはこの店によく来る。店員さんにも顔を覚えられているようだ。いつも騒がしくて申し訳ない気分にさせられる。
「なに辛気臭い顔してやがるツトム。早くメシにしようぜ!」
さっそくメニューを手にして空腹を訴える加山。俺の抱いた謝意なんて微塵もなさそうな表情で。まぁ、こういうのって気にしても仕方ないことかもしれないな。
「さって、今日の相手はどいつかなあ?」
挑戦的な笑みを浮かべながらページをめくる。加山はこのファミレスでメニューを端から順番に制覇していくという謎のチャレンジを行っている。季節によってメニューは度々更新されてしまうので、意外に達成は難しいとのこと。どうでもいい。
「今日は……フレンチトースト!マジか!? うおー、ハラ減ってるのに!」
そして目下攻略中は軽食のページのようだった。常時腹ペコの加山には辛い局面といえる。
「肉が食いたいぜー!」頭をかかえて身悶えする加山。
「……肉類は大体がメニューの最初の方なんだからもう一生食えないだろ」
というかこのアホな遊びをやめれば良いだけの話なのだが。
「ま、いいや」しかし俺の言葉は黙殺された。「せっかくだからこの機会に一気に制圧前進しておこう。次のオニオンスープとフライドポテト、あとほうれん草ソテーも頼むぜ!」
「副菜ばっか」
しかし加山はメニュー制覇達成を大幅に近づけて満足げだった。ついていけない。昼飯まで遊びに発展させることないだろうに。
しかもこの流れだと、あと数回来た後には猛烈なデザートラッシュが待ち受けていることになる。チョコパフェといちごパフェを同時に頼む男子高校生か……。
「だが、食べ物はいくらでも出てくる」と加山の隣でメニューを眺めながら言う島本。
「また食い過ぎて払えないとかになんなよ」
「安心しろ。ツトムに借りる」
「俺かよ!?」
さらっと言うなよ!
普段あれだけ大量のエネルギーを消費しているだけあって、島本はよく食う。前にそれで支払いが足りなくなり、家まで金を取りに行ったことがある。
普通そういう時は身分証とかを置いていくものだが、普段から小銭入れしか持ち歩かない島本はその手の物を携行しない。そういうわけで、その時は代わりに俺と和泉が人質として残った。理由はジャンケンで負けたからだ。
「おいおいまたか?勘弁しろよな」と和泉。「次はユーミンに残ってもらうか?」
「嫌だよ!てゆうか、あの時って和泉お金持ってたじゃんか!」
「あの後使う予定があったんだよ。島本のメシ代なんぞに使わせてたまるか」
「お金あるのに家まで走らされて……なんか不憫だなぁ、シマ……」
「んなわけあるか。後先考えず食いまくるあいつが悪い」
どっちもどっちだ。
……さて、俺はなにを食おうかな。昨日今川焼きおごったりしてあまり金がないから慎重に選ばないと。ステーキとかは高いからナシ。肉類はカロリー計算的にも気になるけど、まあ、トレーニング量でフォローしよう。
初見は既に選ぶものを決めたらしく、向かいの加山と談笑中。隣のボックスのユキちゃんはデザートのページを食い入るように眺めている。
「おいしそう……、チョコパフェ食べたいなあ……」
まさしく垂涎といった様子のユキちゃんに、向い合って座る和泉が呆れ顔をした。
「……めんどくせえヤツだな。食いたきゃ勝手に食えばいいだろ」
「うるさいなー。食べられるなら食べてるよ!この一口がブー子の元なのっ!」
「へえ、じゃあオレが食うかな。いくら食っても別に太らねえし」
「ッッ――!?」
和泉の何気ないその一言に、ユキちゃんの目つきが冗談じゃない感じに変わる。
「ユミくん!そいつ殺してっ!殺してっ!」
「ちょっ、落ち着いてよユキ!フォークなんか振り回したら危ないよ!」
絶叫しながら錯乱するユキちゃんに組み付いてなだめすかすユーミン。その必死な様子を見て和泉が笑っている。いやいや、笑ってるけどさ和泉、おまえそんな調子だとマジでいつか誰かに刺されるぞ……?
このナチュラルに敵を作るこいつの性質は周囲的にはおっかなすぎるので、ホントどうにかしてもらえないかな……。
「ってか桜はどこ行ったんだよ。店員呼べねえだろうが」
「多分トイレよ。さっき、なんかポーチみたいなの持って入ってくとこ見たから」
「…………」「…………?」「――」「……あ?」「ちょっ……」「……、…………」
初見の目撃証言に、場の空気が硬直した。
「あれ、何かに使うものなのかしら?」
「お、女の子の方からそんなこと言い出したらダメだろ!初見ちゃん!」
空気の読めない初見にユーミンが必死な形相で叫んだ。ユキちゃん止めたり初見にツッコミ入れたり大変そうだな……。
「ゆ、ユミくん……?どうしたの」
「いや、だからさ、乙女心っていうかさぁ……、」
たじろぎつつ問い返されて恥じ入るユーミン。さすがにこれ以上は言えないといった様子だ。
「強いなぁ、天然は……」
「……なんか、ひどいこと言われてない?ねぇツトム」
「いや、今だけはユーミンの肩持っておくよ……」
俺も苦笑するしかなかった。というか初見も気づいてやれよ。
……いいのかおまえは、仮にも女の子としてそんなんで。
「てゆうかなんで男の僕がフォロー入れてるんだろう……」
「……ああなんだ。桜は生理か」
更に空気を読まない発言をしている和泉には、ユーミンはもう黙って水をかけた。
「ぬおあ!?」
コップの口から飛び出した水は見事な放物線を描き、綺麗にセットされた和泉の頭髪をまんべんなくズブ濡れにした。
「うおお!せっかくさっきセットしなおしたのに!?」
よほどショックだったのか、ユーミンに文句を言うこともなくボックス席を飛び出してトイレへ駆け込む和泉。
と、すれ違うように出てくるジャージ姿の美女。何故か前方に突き出されたその両手には、件のポーチが授与された卒業証書のように乗せられていた。
「…………桜さぁぁん……!」
その堂々としすぎな姿にユーミンが虚脱する。
「はっはっはー、多い日も安心! やはり男性と生理用品は包容力で選ばなくてはならないな和泉くん」
「ああはいはいわかりましたよ!どうせ僕だけ常人ですよ!」
やさぐれてしまう。
……確かに。普通なのがユーミン一人だけかどうかはさておき、一番常識や良識があるのは間違いなくユーミンだ。それで毎回こうして打ちひしがれるのだから、いい加減無視することを覚えればいいのにとは思わなくもないけど。
とは言え考えるまでもなく、読まなくちゃいけないところで読まないこいつらの方が悪いわけで、ユーミンにはがんばって欲しい。
仕切り直し。
水浸しになってなんとなくみすぼらしい感じになった和泉も戻ってきて、八人で改めてガヤガヤとメニューを回す。
「みんな、もう決めたのか?」
「あとはお前だけだよ。とっとと決めろ」
先程までいなかった桜さんの言葉に、微妙に不機嫌そうな和泉が返す。
ちなみに視線はユーミンに向いていた。「後で覚えとけよ」とでも言うつもりだったのだろうが、ユーミンがいじけているので言いづらそうだった。
「ユキ君、和泉くんが何を食べようとしてるか教えてくれ。意図的にかぶせて恥ずかしい感じにするから」
「って、おいコラ!聞こえてるっての!」
などともめているところで店員がやって来た。「ご注文お伺いします」と端末機を片手に。読んだかのような絶妙に割り込むタイミングでの登場に、騒がしくなりかけた一瞬場が固まる。
「決まった頃だろうと思って、呼んでおいた」と島本。
「ナイスプレー、島本」
加山が親指を立て、島本も同じように返す。
「んじゃー、俺からいっていい? ええと、フレンチトーストとオニオンスープ、あとフライドポテトとほうれん草のソテーで」
我先にと頼んだ割には加山の注文は副菜だらけで、店員は困惑した様子だった。
「じゃあ次俺、包み焼き野菜ハンバーグとライス大盛り」
また場が止まるとややこしいので、俺が続いて注文をする。
「私、魚介のスープスパゲティで」
「イタリアンハンバーグとガーリックライスセット。あと、ビーフハンバーグステーキの和風ステーキソース。和食膳セット。ご飯は五目ご飯で、量は大盛り。味噌汁は野菜たっぷり豚汁の大盛りに差し替えで」
平然と二人分以上の量をずらずら注文する島本に店員がまた「は?」という顔をしていたので、俺は目で隣のボックスに合図。
「あ、じゃあこっちいいですか? 洋食屋さんのオムライスっていうの一つと、……ええと、ユキ、サラダとか食べる?」
「サラダかあ……どうしようかなー。どんなのがあるんだっけ?」
そう言ってメニューをめくり始めるユキちゃんに和泉がため息。
「そういうのは店員来る前にやっとけっての。注文取ってる時にやんな、うざい」
「むーっ!うるさいなあ!なんでそーやっていちいちつっかかって――」
「ごめんなさい!イタリアンサラダ一つでお願いします!」と、またもケンカしだす二人の言葉を遮るように身を乗り出すユーミン。「ほらユキ、ユキは何食べるの?注文しなよ」
「あ、ああ……うん、……えっと、トマトとチーズのラザニアで」
ユーミンの妙な気迫になんとなく気勢をそがれたような感じのユキちゃんだった。
――てゆうか……、あーあもう、ユーミン完全に流しにかかってるなぁ。ツッコミ入れるのにくたびれて来てるんだろう。かわいそうに。
「バーベキューソースのチキンソテー。セットはパンとサラダで」
「イカスミパスタとタコサラダ。取皿も人数分。……あと、ドリンクバーを八人分で」
最後に桜さんが人数分のフリードリンクを注文して、ようやく全員分が頼み終わる。店員は長々と注文内容を復唱してから、怪訝顔のまま戻っていった。
俺とユーミンがやれやれ、とため息。注文をするだけでも一苦労だ。
とりあえず、ドリンクバーへ飲み物を取りに行く感じになる。
「ユキ、何飲みたい?」
「オレンジジュースかなっ」
「うん。わかった」
「ツトム、緑茶とコーラと白桃ジュース混ぜたヤツでいいよな?」
「白桃はよせ。あれ入ると一瞬で味ムチャクチャになるから」
そんな会話が交わされ、ボックス外側の面々が代表して席を立つ。
「けど島本くん食べるねー、相変わらず」
「まあ」ユキちゃんの言葉に頷く島本。「動けばそれだけ腹は減る」
島本の場合は、単純に身体が大きいという理由もあろうが。体積に比例して必要な燃料も多くなるものだ。
「だよねー。それに島本くん、運動してるから太ってはいないもんね」
「筋肉だからなぁ」
俺がそう言うと、島本はここぞとばかりに力こぶを作ってみせた。普段から丸太のような腕が力を込めると更に膨張して、すごいを通り越してなんか怖い。
「……な、なんか、別の生き物みたいだね」
ユキちゃんの正直な感想に島本はにやりと満足げに笑うが、それは果たして褒めているのか?
やがて、ドリンクバーに行っていた面々が帰還し、なんとなく乾杯をする。「加山軍団の愉快すぎる今後を祈って」とか相変わらずよくわからない加山の音頭と共に。いつもの流れだ。
「しかし、さっきの対戦はなかなか良い感じだったなー。な、和泉よ」
「加山が無茶苦茶しなかったら絶対こっちが勝ててたけどな」
「そうは言うがなー、乗り物あったらとりあえず乗ってみたくなるのが男のロマンってヤツじゃねーか」
「アホか!お前がそういう行動に出るって読んで、ユーミンが入り口に爆弾しかけてたんだろうが」
「加山は操作上手いけど、動きが直球だから読み合いになると大体勝てるよね。僕が上手いことオトリになれば、シマが上手くスナイプしてくれるし」
「……チッ、ゲームん中だと立場逆転しやがって」
「島本、狙撃上手いんだよなー。意外と」
「集中力」
「操作自体は和泉が一番上手いんだけどね。狙いだけは雑なんだよ」
「言ってろ。男は潔く機関銃使ってりゃいいんだ。火力だ火力。いつかお前のトラップかいくぐってって火ダルマにしてやる」
「……てゆうか和泉も加山も前に出過ぎなんだって。あのゲーム一応ガンシューティングで撃ち合いするゲームなんだからさ、もっと隠れようよ」
男子四人が喋っているのはさっきまでこいつらがプレーしていたゲームの話題だ。2~4人で遊ぶ対戦用のガンシューティングゲームで、今回は仲間はずれにされた俺もたまに一緒にゲーセンで遊ぶ。
「とはいえ今回はツトムいなかったから平和なもんだったな」と和泉。
「……おいおい、人を悪魔か何かみたいに言うなよな」
「あながちウソでもねえだろ。ライフルの狙撃避けられるシューターなんて聞いたことねえぞ」
「アレは目視してんじゃなくて、あっちから来るだろうなって読んで動いてんだって」
「……それはそれですごいことだと思うけど……、っていうかツトムはゲーム全般的にうまいよね。動きがすごく合理的で無駄がないっていうか」
「ユーミンはともかく和泉も加山も自分勝手に動きすぎなんだよ。流れとか全然読もうとしねぇじゃん」
「ま、島本たちと違ってツトムに関しては現実と同じような感じってことでいいだろうぜ」
相変わらずやけに持ち上げる加山の言葉も気にはなったが、そのまま話題はなんとなく逸れていってしまった。元々ゲームの話題は女子たちがついてこられないのであまり長引かせないのが暗黙の了解なのだが。
その後、各人を戦隊ヒーローに例えるとカラーは何かという話題で盛り上がっていたところで、料理が運ばれてきた。
「いただきます」
誰ともなくそう告げたのに追唱して、思い思い食べ始める。
八人もいれば食事は相当に賑やかだ。途切れることなく続く食器の音と、それより数段やかましい話し声。
「しっかし、二人分を並べて食ってる様子ってのは堂々としたもんだ」
すぐ隣――大量の食事をがつがつと食す島本の様子を横目に加山が言う。
「皿数が多いからやたら豪勢に見えるぜ」
……とはいえ、皿の数では加山の方もやたらと多い。乗っているのはおかずばかりで主菜がないからやっぱり変な光景だが。
「ツトム、エビ好きだよね?あげる」
「え、いいよ……、今はみんないるし……」
「なに遠慮してるの?家だといつもこうやって分けっこしてるじゃない」
「やれやれ、仲イイね君たちは」
「ユキ、お皿とって。サラダよそってあげるよ」
「うん。よろしくねー」
「和泉くん。君も私のよそったタコサラダを食すがいい」
「いらねえよ。セロリばっか乗せんな。嫌いなんだよ」
「へへー、野菜食べられないなんてちっちゃい子みたーい!」
「草食女がうるさい。始末するか」
「和泉、相変わらず野菜ダメなんだね……って、ちょっと、勝手に僕のお皿にブロッコリー置いてかないでよ!」
「好き嫌いしてたら大きくなれないぞ和泉くん」
「ガキかっての。桜、お前はオレに島本みたいになって欲しいのか?」
「それはそれで」
「いいのかよ!?」
「――――」
「……島本、話題にされてんのに見向きもしないな」
「相変わらずの食いっぷりだなあ。俺も負けてられるか!」
「なんで対抗意識向けてんだよ? んなガツガツ食ったらお前のメニューじゃすぐ食い終わっちまうぞ」
「完食!」
「島本のほうが速い!?」
「俺も完食!」
「はや!?十秒経ってない!」
「あははっ」
笑いさざめく俺たちの声。
八人分の食器の音。
響き合う。楽しい空間。
その後も、俺たちは適当に駅前をぶらついた。
遊び疲れた頃、徐々に日が傾いでくる。
「ツトム、私そろそろ行かないと……」
「あぁ、もうそんな時間か。間に合うか?」
「平気。ここまででいいから」
「わかった」
駅前で初見を見送り、他の面々も徐々に帰路に向かい始める。
「ツトムはどーすんだ?」
「どうするかな。ちょっとゲーセン行きたい」
「お、ガンシュー?」
「さっきおまえらが喋ってるの聞いてたら、やりたくなってきた」
「いいねー、俺も行きてーな」
「来るか?加山も」
「んー、……やめとくわ。今日は家でメシ食うって言ってるし」
「ユーミンたちは?」
「僕ちょっと部室に荷物取りに」
「わたしもー」
「じゃあ、対戦はまた今度にするか。楽しみにしておくな」
そのように、解散ということになった。
帰り道。ふと気がつけば俺一人になっている。
……今日は、遊んだなぁ……。
伸びをしながら道を歩く。全身が心地良く疲労していた。
「楽しかったな」
ひとりごちると、自然に足取りが軽くなった。
…………そんな感じで、今日も楽しい一日だった。




