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●とある昼・寄り道



「桜さーん! あっち、次あっち行こうよー!」

「ユキ、ちゃんと前向いてなさい!また転ぶわよ!」

「はっはっはー、美少女二人と買い物なんてドリーミングすぎるなあ」

 居並ぶアクセサリーの露店を女子三人が冷やかして回っていた。

 学校から駅前に出て少し歩くと、いつもの寄り道コース――ここアーケード街の入り口だ。今日俺たちが集合した目的は昼食であり、目的地のファミレスはこの通りの割と奥まった位置にある。

 だが今は昼時。急いで行ったところで混み合っているため、こうしてのんびり寄り道をしながら行こうという話になった。

 気が合うとはいえ趣味嗜好は結構バラけている俺たちだ。結果的に寄り道も勝手気まま。集合時間と場所だけ決めたら、あとは別にまとまらずに自由な感じになるのが通例だ。

 女子たちはゆったりとした足取りで露店や服屋を巡り、和泉とユーミンの二人はファミレスの隣にあるゲームセンターに直行していた。


 残った俺と加山、それに島本の三人は、特に行きたい店があるわけでもない。女子三人とはぐれないような速さで、だべりながらゆっくり歩いていく。

「いやあ、何の予定もない土曜の午後!信頼のおける団員たちを引き連れての寄り道! これこそまさしく、人生の喜び!」

「……そこまで言うかぁ?」

 大仰な手振りで感動を訴える加山に俺は首を傾げる。

 土曜の昼ともあって人通りは多い。道行く親子づれがヘンな顔してこっち見ているからやめてほしい。

「もっと楽しめよツトム!人間力の大小ってのはな、人生の些細なことにロマンを見つけられるかどうかにかかっているんだぜ!」

「……おいツトム、人間力ってなんだ?」

「そこだけ俺に振られても答えられねぇよ島本……」

 そんな島本は桜さんの大学までダッシュしてきたはずなのに普段と変わらない元気さだった。感心を通り越して恐ろしい体力。

「せっかくだからマンガでも買ってくか?」本屋の前に立ち止まって加山が言う。「先月出た新刊でチェックし損なってるヤツがあるかもしれん」

「やめとけよ。おまえこの間派手に買ってたじゃねぇか」

「ああ、いけね、そだった。アレ買ったおかげで今月は金がなかったんだ」

 加山はマンガが好きだ。人気作品だけでなく、知る人ぞ知るマイナーな作品も発掘してくるぐらいに。

「なんだっけ? 作者が死んで未完になってるマンガだったよな」

「そうそう。んだから発行部数も少なくてなあ……、俺が見つけた暁町の古本屋じゃあ原価の倍の値段ついてやがった。やっぱ隠れて人気なんだね」

「倍!? それ買ったのかよ。散財するなぁ……」

「だが後悔はしていない! なんつーか、すげーいい雰囲気の名作なのよ!」

「ふぅん。お前がそこまで推すなんて珍しいな。後先考えずに金使うのはいつものことだけど」

「財布が寒いぜ……。ストレスがたまってるのかもな」

 こいつに一番縁遠い言葉のような気がした。初見なんかはストレス発散のために散財して、その度に後悔していたりするが。

 ……というかあいつ、今日も余計な買い物とかしてないよな。桜さんあたりが意味不明な置物とか買うように煽ったりしてそうで心配だ。

「まー、実際問題、金がなくては遊びも狭まる。来月はたくさんバイトに入らねばよ」

「おまえもおまえで色々大変そうだな」

「ツトムも一緒にやらねーか? バイト先に身内がいたら、結構やりやすくなんだけど」

「……んー、興味はあるけど……、」

 バイト代はともかくとして、そこで働くことで得られる経験や技能に魅力を感じてはいた。普通に学生やっているだけじゃ身につかないものが、そこには多くあることだろう。やってみたくはある。

「なんか気が進まないって感じだな? 社会の中で金をもらって働くほど、自分の中に価値を見出していないか?」

「……はぁ?なんだそりゃ?」

 なんだか加山らしからぬ物言いに、俺は思わず問い返す。

「いや、謙虚なお前ならそんなことも言いかねんなと思って」

「さ、さすがにそんなことまでは言わねぇよ」

 よく謙虚と言われている俺だが、こうまで言われると卑屈なヤツに見られてそうだ。別にへりくだっているわけじゃなくて普通にまだまだ修行不足だと思っているだけなのだが……、まぁ、謙遜が自虐になりすぎないよう気をつけよう。

 それはそうと、バイトである。

 さっきも言った通り、やってみたくはある。金銭よりも人生経験を得る場所として。

 けれども自由時間が減るというのには少し抵抗がある。バイトなのだから当然だし、その時間を使って別にやりたい事があるわけでもないのだが。

「バイトをしていたら、初見と一緒にいる時間が短くなる」

 そしたら島本がそんなことを言い出した。

「えっ?いや、待てよ島本、俺はそんなつもりで言ったんじゃ――!」

「なるほど。そいつは問題だ。昨日の件もあるし、これ以上初見ちゃんに気苦労をかけるわけにはいかんわなー」

 加山も加山でなんか納得してるし。

「ちょ、ちょっと待てよ。別に初見のためとかそんなんじゃねぇよ……」

「ツッパんなよ。今も心配そうに目で追ってるヤツの言うことじゃねーぞ」

「――!」

 言われて気付いた。通りの先の方を行き来する初見の背中を無意識のうちに眺めていたことに。

 ……だって心配なんだ。あいつ押しに弱いから。ユキちゃんとか桜さんに言い返せずに、いらない買い物とかしちゃいそうで。

「いや、あの……俺はさ……」

 シドロモドロになりかける俺の左右の肩に、両隣から同じタイミングで二人の手が乗せられる。

「初見ちゃんのことはお前に任せてるんだ。ちゃんと相手してやれよ」と加山は至極冷静に言う。「ほっといたら、また桜さんの口車に乗せられて、ヘンな置物とか買わされちまうぞ初見ちゃん」

「――――――」

 なんだよ、……そこまでお見通しなのかよ。

 ……俺って、そんなにわかりやすいヤツなのかな。

 ちょっとショックだ。たまに考えているくだらないことも、もしかしたら全部顔に出ているのかもしれない。恥ずかしいな。

 俺がため息をつくと、島本がその大きな手で俺の背中をぽん、と触れた。

「……なんだよ、島本?」

「友情の後押し」

 そしてそのまま前にずずず、と押し出された。後援の意味の比喩ではなく本当に後ろから押されている。俺が小柄だからというより、島本の怪力による文字通りの力技だ。

 この二人は、どうしても俺を初見と一緒にいさせたいらしい。

 ――それならそれで……まぁ、いいか……。

「んじゃ、そういうことで。俺たちは先に行ってるから適当な時間にファミレス集合で頼むぜ」

「……わかったよ」

 俺は女子たちのいる方へ歩き出しながら、一旦振り向いた。

 仁王立ちのまま、頼もしげに笑う二人がそこにいる。

「気を、使わせて悪いな……加山。島本も」

 一応、そんな言葉をかけておく。

「へっ、気にすんなよ」

 加山はそう言ってガッツポーズ。島本は何も言わずに頷いて笑った。

 俺はそんな二人の態度を嬉しく思い……かけた瞬間、加山がいきなり走り出した。

「急げ島本! 初見ちゃんたちはツトムに任せて、俺たちは和泉たちのガンシューに乱入するぞ!」

「なるほど、四人対戦か。急ごう」

 我が意を得たりと頷いて、島本もその後に続いた。土煙を巻き上げながらアーケード街を爆走していく男子高校生約二名。

「……って、おーい。遊びたかっただけかよーっ!」

 あいつら……俺のこと励ましたように見せかけて、女子たちを俺に任せて逃げやがった……!

 くそ、何が友情の後押しだ!


 そんなわけで放置された俺は成り行きに任せる形で女子たちの元へ。

 今日もアクセサリのチェックに忙しそうな初見とユキちゃん。その後ろに立って二人の様子を眺めている桜さんの近くに俺は立った。

「おや、ジャスティス君じゃないか」と桜さんが俺の登場に気付く。「加山キャップに私たちのお守りを仰せつかったか?」

「…………」

 そしてまた見透かされてるし。

 なんというか、立場ないなぁ俺……。

「それならそれで、我ら美女軍団と共にアクセサリーを眺めようではないか!」と俺の肩を持ちながら高らかに言う桜さん。

「美女軍団……」

 自分で美女って言うのかぁ……。

 相変わらずである。

 それはさておき露店に目を移すと、そこに陳列されているのは色んな細工のシルバーアクセサリーだった。売り子をしている太った男の人が「そこの彼氏もおひとつどうだい」と声をかけてきたので俺は苦笑しつつ「彼氏じゃないです」と返しておく。

 改めて、陳列されたアクセサリーを見渡す。

「……へぇ、今ってこういうのが流行ってるのか」

 手近な一つを手に取ってみる。蛇が巻き付いた十字架――なんというか、いかにも和泉が好きそうなデザイン……。

「メーカー製と違って全てが手作りだから一つ一つに微妙に差異がある。世界にたった一つの装飾品ということだ」と横から解説をくれる桜さん。「オリジナリティを追求する小粋なオシャレグッズといったところかな」

「なるほどね」

「ジャスティス君も少しは着飾ってみたらどうだ。和泉くんには遠く及ばないが、君はもっとカッコよくなれるぞ」

 ……この人に着飾れとか言われたくねぇ。

 今日もすっぴんでジャージという部屋着同然の人物がアクセサリー屋で講釈たれてる姿は説得力以前に違和感が強すぎる。

「でも、俺こういうの全然わかんないんだよ」

 とはいえこの人にツッコミを入れているとキリがないので、ひとまず俺はそう返す。

 実際のところ服飾に対する意識は低いという自覚はあった。例えば今日はいている靴も、初見に選んでもらったのだし、私服も似たような感じだ。

 そんな俺に対し、桜さんは「ふむ」と真剣な面持ちで頷いた。

「なら私が見繕ってやろう。ジャスティス君にぴったりなのは……これだァ!」

 そしてメガネの隙間から覗いたその眼光をキラーンと鋭く光らせ、指差したのは……赤ん坊の手ぐらいありそうな銀製ドクロだった。何に使うのかも定かではない、まるっと置かれたしゃれこうべ。くぼんだ眼窩が不敵に笑う桜さんの姿を反射している。

 ……こんなの明らかに俺のキャラじゃない。そう思って桜さんを見返したら、何か面白い反応を期待するかのようなニヤケ顔をしていた。

「…………桜さんがそういうの好きなのはわかった」

「違うぞジャスティス君。私が好きなのはアクセサリーではなくそれをつけている和泉くんの方であって――……って、あぁん、スルーなんてひどい」

 いつものノロケに突入しそうだったので、俺は適当に看過しながら少し離れた場所にいた初見たちの方へ向かった。

 桜さんの入れる煽りは、単純にネタとして場を面白くしたいか、和泉に絡めて自分がノロケ話をしたいかのどっちかを目的としている。前者はともかく後者は真剣に取り合ったところで何も生み出さない。無視に限る。

「あれ、ツトム」

 同じようにアクセサリーを眺めていた初見も俺が来たのに気付いた。

「こっちも似たような感じだな。どれも和泉が好きそうな……」

「あ、よくわかったね。このお店、和泉くんがよく買い物してるところなんだよ」

「…………」

 予想通りすぎて言葉をなくす俺。さっきの人とよく似た風貌の売り子さんが「毎度どーも」と会釈してくる。初見とも顔見知りのようだった。

「……初見もこういうの好きなのか?」

「うーん、どうだろ。前にもあっちこっち連れてってもらったことあるんだけど、私あんまり良さわかんないかなぁ……」

 少しだけホッとする俺がいた。正直なところを言えば、和泉みたいにゴテゴテした初見なんて見たくない。

「あ、でもね。……見て見て」

 と、並べられたアクセサリーを見渡す初見。

「ん?」

「さっき桜さんが私に似合うんじゃないかって言ってくれたんだけど……これ、ツトムから見てどう思う?」

 と、初見が持ち出してきたのはさっきの店にもあった銀製ドクロだった。

 ずっこけた。案の定というか、やっぱり初見にヘンなもの勧めてるよあの人!

 ……というかなんでこんな需要の少なさそうなものが何個もあるんだ?

「……初見にはこういうの似合わないよ」

「だよねぇ? 桜さん、どういうつもりで勧めてくれたのかな?」

 苦笑する初見に、俺も乾いた笑いを返すしかない。初見は桜さんの意図に気づいていないようだった。

 ――……というか初見に不発だったから俺に同じネタフリをしてきたんだな桜さん。

 そんなにノロケ話がしたいのか……。

 桜さんのいた方を見たら目が合った。先程と同じ不敵な表情でジャージのフロントファスナーを上げ下げしていた。意味がわからない。


「ツトムなら、私にどれが一番似合うと思う?」

「そうだな……、そこの時計とか」

「これ? えー、ちょっと地味じゃない?」

「そのぐらいの方が初見には似合うよ」

「……そ、そう?なら、これ……買ってみようかな」

 そんな感じで、

 集合時間までの間、二人でアクセサリー屋を巡りながら、そんな会話を交わしたりした。


「ところでユキ君。君にはこのアクセサリーが似合うと思うんだが、どうだ?」

「べーだ!そんな和泉くんみたいなのヤですーッ!」

 また別の場所でそんな会話が聞こえて、俺はどうにもやるせない気持ちになった。




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