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●とある昼・待ち合わせ



 土曜日の短い授業時間が終わり、放課後となる。


「ツトム」

 と隣席の初見。その手には既に鞄があり、下校の準備は整っているようだ。

「ん、行くか初見。さっきメール来たよ、桜さんもう校門前にいるって」

「……あはは、やっぱり島本くん入れ違っちゃってたんだね」

「ははは……、だな」

 苦笑しあう。

 前の休み時間のこと。ジョギング中だった島本は加山からの連絡を曲解して、何故か桜さんの大学までそのまま走って伝達に向かうという暴挙に出た。

 いくら電話しても繋がらないところを見ると、どうも携帯電話の電池が切れたらしい。ならおとなしく帰ってこいと思うのだが、そういう思考には何故か達しないのが島本だ。島本的には、自らの肉体は携帯電話による通信に代われるレベルのものらしい。すごいヤツだ。電波と通信速度を張り合う人間なんて聞いた事ない。

 そんな感じで、引き金を引いたら取り返しのつかない鉄砲玉の如く、島本は俺たちの高校から数駅離れた場所に位置する桜さんの大学まで走っていってしまった。

 大学の門というのは一応開放されているようだが、突如現れた柔道着姿の巨漢に警備員は危機感を覚えて尋問を行う。しかし相手は超マイペースで通る島本。話は一向につながらず、面倒になった島本は強行突破を敢行し、警備員数十名が動員される大騒ぎとなった末にお縄についたらしい。

 ちなみに、その事実を友人からのメールで伝え聞いた桜さんは、薄情なことに島本救出に向かうこともせずバイクでこちらに向かって出発した。「だってそのほうが面白いじゃないか」と弁明する桜さんに和泉がメールでお叱りを飛ばし、結局、桜さんは渋々大学に電話をかけて事情を説明し、島本は釈放の運びとなったようだ。

 その時点でようやく桜さんの不在を知った島本は数駅分の距離を再び走って引き返してくることになった。なんて骨折り損。二十キロ近い距離を無意味に走ったことになる。

 ……というか相変わらず無茶苦茶だあいつは。警備員数十名と大立ち回りを演じて一人も怪我人を出していない辺りがまたすごいのだが。

「さっき加山に電話ボックスからかけてきたらしい。間に合うように頑張るって」

「間に合うようにって……走って、くるんだよね……?」

「多分。駅伝みたいだな」

「みたいね」

 笑うしかないが、これが島本には割とよくあることなのだ。無駄足二十キロ走には同情するけど、ただ走るだけなら体力最強の島本にとってそんなに大変なことでもないのだろう。最悪のケースは、その早とちりに俺たちまで巻き込まれた時だ。

「じゃあ行こうぜ、初見」

「あ、ごめん。ツトム先に行ってて? 部室にちょっと荷物取りに行ってくるから」

「そっか。んじゃ先に行ってるぜ。遅れるようなら連絡入れろよ」

「平気。すぐ追いつくから」

「オーケー。じゃあ」

「またね」

 手を振って、廊下で別れる俺たち。

 さり気なく教室に目をやると、他のみんなの姿ももうなかった。きっと既に待ち合わせ場所に向かっていることだろう。

 ――俺も急がないとな。



「………………」

 と、思って駆け足で校門に向かったものの誰もいない。

 一人ぽつんと校門前に立つ俺。今回は特に集合時間を決めたわけではないのだが、つい腕時計を見てしまう。秒間隔で点滅するデジタル表示は決して嘘をつかない。

 非常に残念な事実として、俺の友人たちは総じて時間にルーズなのだった。集合時間を決めても、ちゃんと時間前にその場にいるのはいつも俺と初見ぐらいだ。

 自分勝手な加山や和泉は言うに及ばず、島本も今回の一件のように意味不明の理由で遅刻することが多々ある。桜さんも似たようなもので、勝手に寄り道していたり、唐突なウケ狙いだったり、いずれにせよあの人らしいシュールな理由で堂々と遅れる。

 意外なのはユーミンだが、親友の名誉のために言っておくとユーミンは一人ならばちゃんとしている。一緒に行動することの多いユキちゃんが加山たちと同レベルに自由奔放なので、それに振り回されているだけだ。

「…………」

 さて、そんな感じで今日も集合しているのは俺一人。

 ――というか、桜さんは校門前に来てると言っていたのにいないってどういうことだ?

「……ん?」

 と、そこでポケットから振動が。メールだ。


 差出人:鈴木勇美

 宛先:有馬由紀江、和泉正幸、梅山勉、加山章介、窪田初見、島本学

 件名:(無題)


 本文:諸事情につき桜さんと一緒に既に駅前にいます。早く誰か来て下さい。


「…………。急ぐか」

 最後の一文に不穏なものを感じた俺は、ケータイをしまって駅前まで走った。というか、電池が切れているハズの島本にまで送っている辺りユーミン明らか冷静じゃない。

 現状校門にいるのが俺だけだとすると、駅前まで最速で到達するのも俺だろう。

 ――待ってろユーミン。



 美人だけど相変わらずジャージ姿の桜さん。

 見るからに純朴そうなユーミン。

 そんな二人が一緒にいる姿は、傍目にはそれなりに目立つ。

「あ~ん、ユミ君~、君は今日も湯上がりたまご肌を体現するが如くすべすべだなぁ~、ほれほれ、もっとお姉さんに頬ずりさせるがいい!」

「や、やめてくださいって……桜さん!」

 主に前者が奇行に走りがちなためだ。

 ……っつーか嫌な予感的中。

 路地を抜けて人通りの多い駅前広場に出て俺が最初に見つけたのは、ユーミンに抱きついて頬ずりしている桜さんだった。

 ユーミン単体なら特別目立つことはない。ここに桜さんという美人だけど服装と行動が無茶苦茶な人間が加わると、ビックリするぐらいの注目度だった。ジャージ姿の美女が純朴少年を羽交い絞めにしている図。意味がわからない。その様相に、幾人かの通行人がチラチラと興味深そうな視線を向けていた。

「うわぁあ……みんなすっごいこっち見てるよ……、最悪だ……」

 げんなりするユーミン。それに対して桜さんは満足げに頷いている。

「ふふ、それというのも私がかわいいからだな」

「おかしいからだよ!」

 桜さんは人の視線とか全く気にしない人だ。普通少年を絵に描いたようなユーミンではとてもじゃないが制御しきれない。

「桜さん、そろそろユーミン離してやんなよ」

 なので俺は適当なタイミングを見計らってそう声をかけた。

「おや、ジャスティス君ではないか。おひさー」

 さっきから目の前にいたのに今気付いたかのような反応。抱きついたまま涼しげに手を振ってくる。苦しそうにもがいているユーミンと対照的だ。

「……桜さんさ、あんまユーミンいじめるなよな。ユキちゃんとか和泉が見たら怒るぜ」

「衝突も含めて意義あるコミュニケーションだと私は信じている」

「難しいこと言って煙にまくの禁止な。今すぐ電話して呼びつけちゃうぞ」

「……そいつぁきついねぇ」

 何故か花魁みたいな喋り方。身体をくねらせつつ言う姿はやたら色気があった。服がジャージなので相変わらず何も感じないが。

 そして拘束から開放されるユーミン。けれども桜さんは相変わらず肩に手を回したままだ。

「……ちょっと桜さん、なんで肩組んでくるんですか」

「ほほう、腕に胸押し付けられて胸キュンですか?」

「だからぁ……ちょっとは僕の話聞いてくださいよっ!」

「ユミ君かわいいなーホント。食べちゃいたいぐらいだ」

「やめてくださいよ、前もそんなこと言いながらいきなり耳にかぶりついてきたりしたでしょ!」

「嬉しかったか?」

「ユキに怒られて悲しかったよ!」

 結局くんずほぐれつしている二人。和泉を呼ぶっていう作戦(脅迫)も最近効果薄くなってきている。ユーミンだけでなく俺でも止められなくなってきているのか。

 ここに和泉本人がいれば一発なのだが……。

「せめてもう一人ぐらい誰か来ればな――」

 ぼんやりとそんなことをつぶやいた。

 ――……てか、みんなホントに遅いな。

 と、そこで不意に桜さんが「来たみたいだな」と言う。言われて来た道の方を向くと、学校方面からこちらへやって来る制服姿があった。

 ……というか、よりによってユキちゃんだった。

「ゆ、ユミ……くん……ッ!」

 小走りでこちらに向かってきていたユキちゃんの表情が、俺たちの状況を見て凍りつく。

「ユミくーんッ!」

 必死な形相でこっちまで駆け寄ってきたユキちゃんの表情は青ざめていて、鞄を持つ手は小刻みに震えていた。

「やー、ユキ君遅かったじゃないかー」と、本当に(白々しい)嬉しそうな笑顔で迎える桜さん。抱きつかれているユーミンはもう状況に疲れてぐったりしている。

「君がなかなか来ないもんだから私を一人ユミ君いじりによって無聊の慰みとしていたところさー」

「一人ユミくんいじり……っ!?」

 ばたん、と、ユキちゃんが肩にかけていたカバンを地面に落とした。両手で顔を覆い、しゃがみこんでしまう。

「そんな……ひどい……、いやらしすぎるよっ!」

 往来で膝をついて泣き崩れる女子高生に通行人たちはますます怪訝な視線。

 ……っておいおい、なんでみんな俺を見てるんだよ? まさか、俺が泣かせてるみたいに見えてるのか?この状況で完璧無関係なの見りゃわかるだろっ?

「ユミくん!ごめんねっ、わたしが遅れたから……、こんな、いやらしいことに……っ!」

 ……というか何故にユキちゃんは最初からいやらし方向で話を進めているんだろう。客観的に見て、桜さんのユーミンへの絡み方は別にそこまでいやらしくもなかった……って、抱きついて頬ずりしていた時点でその辺も微妙か。

「ユキ君も罪な女だ。こんな美肌を独り占めにしているなんて」

 しかしいつまでもユーミンにベタベタしている桜さんに、うちひしがれていたユキちゃんもいよいよ立ち上がる。そして「もーっ!」と両の手を空へ突き上げた。

「わたしはユミくんの彼女なんだからひとりじめにしていいのっ!ユミくん大好きだからひとりじめにするのっ! てゆうか桜さんが勝手につまみ食いしてるんでしょっ!桜さんの雌狐っ!欲求不満っ! 今時えっちなおねえさんなんて流行らないんだよっ!」

「はははは!おねだり系ガールフレンドだって危ういものだぞユキ君!」

「うわあ~ん!ばかあ~!」

 ぽかぽかと殴りかかるユキちゃんを、桜さんは楽しげにあしらっていた。ユキちゃんはマジ泣きっぽいが桜さんはあくまでからかいの姿勢。加山以上に煽るの大好きな人なのだ。なんで俺の周りにはこういう困った人が多いんだ……。

「ユキちゃん、その辺にしといてやれよ。俺も横で見てたけど、桜さんはユキちゃんが怒るようなことはしてないぜ」

 道行く人々がさすがに迷惑そうな感じの視線を向け始めたので、俺は止めに入る。さっきも言ったとおり桜さんの行為は微妙な判定だが、こうでもしないと収拾がつかない。

 俺の発言を受けて、ユキちゃんは「うぅっ」と短く唸ってから、放置されてたユーミンに抱きついた。桜さんから放り捨てられて、車よけのポールに座って燃え尽きていたユーミン。

「今日はもう絶対わたさないから!」ユーミンを大事そうに抱え込みながら桜さんを睨みつけるユキちゃん。「ユミくんの半径二メートル以内に近づいたら落下傘だからね、桜さん!」

「落下傘とは恐ろしい。今日は自重するとするか」

 外国人のように肩を竦める桜さん。こう言っちゃあなんだが、あまり反省していないような感じだった。

 落下傘とは俺たちの間で恒例のバツゲームみたいなものだ。とはいえ、ユキちゃんは小柄なので威力もたかが知れていると思うが……。

「ごめんねっ、ユミくん……平気だった!?」

「いや、僕こそ流されてばっかでごめんよユキ……」

 ぐったりしながら言うユーミンに、ユキちゃんは何か感動したようだった。

「謝らないで!これからはわたしがユミくんのこと守ってあげるからね!」

 ひし、と改めてユーミンを抱きしめるユキちゃん。あの体勢だとユーミンは微妙に首入っていて苦しそうだ。

 そんな様子を俺の隣で眺めながら、腕組みをしている桜さん。

「うむ、実に感動的で初々しい。まさに恋人たちのクリスマスだな」

「……あんたが言うなよ」

 しかも意味がわからない。



 その後、島本が猛牛のような勢いで駅前に駆け込んできて辺りが騒然となったり、ユキちゃんが今朝和泉にされたことをユーミンに報告してユーミンが珍しく本気で怒ったり、その直後という間の悪いタイミングでやって来た和泉がそのユーミンに制裁を喰らったり、そんなことをやっている間に初見と加山が揃って登場したことでようやく全員集合となった。


「よっしゃー! 加山軍団、全員集合!」

 加山が拳を突き上げる姿に、みんなそれぞれの度合いで頷く。

 今日も楽しい放課後になりそうだった。




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