冬の精霊
「ちげぇーって!今は春!だから冬のお前は余計な事すんな!」
闇の支配人ダクネスの怒鳴り声が聞こえる。
「…でも…冬…楽しい…から。」
ぼーっとした様子の白い髪の男の子がダクネスを見上げていた。
「たくさん…冬の方が…良いよ?」
彼はダクネスが作った冬の精なのだろう。5〜6歳くらいの身長のポンチョの様な服を着た男の子は、首を傾げ、ダクネスを不思議そうな顔で見上げていた。
私はダクネスとシャイニーに、季節を1年の間で4等分する様に言った。
最初の季節は春。
けれども、見上げた空からは静かに雪が降って来ていた。
私が近づいていることに気づいたダクネスは、バッと私の方に振り返ると冬の精の頭を引っ掴んで頭を下げた。
「申し訳ありません!よく言って聞かせますから!」
「う〜…ダクネス…様…痛い…。」
男の子は不満気だ。涙目でダクネスの手を振りほどこうとしている。生まれたばかりの冬の精は、自分が悪い事をしているなんてカケラも思っていないのだろう。
冬の精だから冬が好き。だから彼は、他の皆も冬が好きなはずだと思い込んで疑わない。
「失敗は仕方が無い事。だけど、このままにしとく訳にもいかないわ。」
「はい。コイツを作ったのは俺ですから…。コイツの勝手は、俺の責任です。」
ダクネスの表情は暗い。
「このまま、コイツが自分の役割を果たせないのなら…。」
私はダクネス、シャイニー、レイチュアに、魂を作る力と権利を与えている。自分が作った魂とは、我が子も同然なのだ。
「コイツを消して、新たな冬の精を作ります。」
ダクネスは手を握り締め、泣きそうな顔をしていた。いくら自分の眷属が可愛くても、やるべき事を彼は分かっていた。
冬の精には、それがよく分かっていないようだ。純粋な魂は、キョトンとした顔をダクネスに向けた。
「…時間はあるから、焦らずに。貴方なら彼を説得出来る筈なんだから。」
「はい。ご期待に添える様、全力を尽くします。」
彼は失礼します、と頭を下げ、冬の精を抱えて立ち去った。
私は雪が降り続く空を見上げ、溜息をついた。
寒い時に息が白くなるのは、神になっても変わらない様だ。
「まぁ、大丈夫だろうけど。」
ダクネスは、自分の眷属の危機にかなり追い詰められている様だった。今頃、どうにか雪を止めさせようと、冬の精に言葉を尽くしているのだろう。
けれども私には、この後の展開が大体読めている。
「何事も経験よね。子育ては大変だろうけど…。」
もう、寒さで風邪を引く様なヤワな身体じゃ無いけれど、雪が降っているとベッドでゴロゴロしたくなるのだ。
「確か、蜜柑の木も植えた筈…。」
何処だっけ?と記憶を探りながら、私は教会に戻る事にした。
ーーーー
ダクネス視点
「雪を止めろ。」
俺は、自分が作った雪の精を地面に下ろして言った。
「ヤダ…。」
見た目と口調に似合わず、頑固な我が眷属は、プイっと顔を逸らして反抗する。
眉間に力が入る。米神がピクピク動いているのを感じた。
「ヤダ、じゃねーんだよ!このポンコツ!」
かなりの圧力を掛けて叱り付ける。空気がビリビリと揺れ、ガキは涙目になった。
俺自身、生まれて間も無いが、自分の性格ぐらいは把握しているんだ。
俺は、そんなに我慢強く無い。でも、情が無い訳じゃあ無い。
生意気なガキだが、自分が作った初の魂だ。可愛いに決まってる。
「お前の役割は何だ。」
「…冬…を…齎すこと。」
「あぁ、そうだ。でも今はご主人が春だと決めた。ご主人が作ったルールを守れない奴は、冬の管理人失格だ。」
ご主人に言われて作った他の眷属達は今の所、言い付けを忠実に守っている。何故コイツだけ逆らう様な事をする?
このままじゃ、俺はコイツを…。
「春…ヤダ。楽しく…無い。」
冬の精は涙を流しながら、それでも自分の意思を曲げない。
「冬…楽しい。雪…ふわふわして…冷たい…。気持ちいい…。」
例えば俺はコイツの他に、雨の眷属を作った。しかしそいつは晴れが嫌だなんて我儘は言わない。
自分の役割は雨を降らせ続ける事じゃなく、天候のバランスを保つ事だと分かっているのだ。
「僕…冬好き。皆も…冬…好き。春…いらない。」
コイツは、自分の価値観が全てだと思い込んでいる。そこに悪意は無い。純粋に、雪を降らせ続ければ、皆が幸せだと信じていた。
「着いてこい。」
その価値観は、コイツが生まれた時から存在した物なんだろう。それは、コイツを作った俺の責任だ。
だったら俺は、コイツに現実を見せなければならない。
「お前が間違ってるって事を証明してやる。」
数歩歩いた所で引き返し、着いて来ないガキの首根っこを掴んで、俺は目的地に歩き出した。
ーーーー
「お前には、アイツらが幸せそうに見えるのか?」
俺は枯れた花畑の前で焦っている自然の管理人、レイチュアを指し示し、ガキに尋ねる。季節が正しく巡れば、春に咲き、冬に種を落とす花々は、突然の寒さに耐え切れなかったらしい。
レイチュアの力が足りない訳じゃない。しかし、予想して無かった突然の冬に対処が遅れ、植物の回復に追われたレイチュアは、疲弊しきっていた。
傍には、レイチュアの眷属の花の精が泣き喚いて、謝罪を繰り返していた。
「レイチュア様。申し訳ございません〜。私の力が及ばないばかりにぃ‼︎」
「君のせいじゃない。君はやるべき事をしている。」
レイチュアは冷たい目をこっちに向け、冬の精を見下した。
「やるべき事をせずに、自分の欲望を満たし、周りに迷惑を掛ける…。そんな精霊より君は良くやってくれているさ。」
こちらに歩いて来たレイチュアの怒気が伝わる。
ヤベェ、思ったよりブチギレてやがる。
「君もそう思わないかい?闇の管理人。」
奴はニッコリと微笑んだ。当然、目は笑っていない。
「同感だ。だがコイツにはそれが分かって無いらしい。お恥ずかしい話だがな。」
「役目を果たせない精霊なんて、存在する価値が無いよ。主に迷惑を掛けるなら、君はその子を消すべきだ。それとも…。」
自然の管理人は笑顔を消し、目を細める。
「やっぱり、自分の眷属は可愛くて殺せないのかな。だったら僕が消して上げようか?あ、もしかしてその為に連れて来たの?」
冬の精はびくっと身体を震わせて、俺の脚にしがみ付いて来た。
「…あ…僕…は、そんな…」
「いや、コイツの事は俺が最後まで責任を持つ。…どんな結果になろうとな。」
奴は不機嫌そうに、勝手にしなよ。と吐き捨てて花畑の修復に戻った。
「此処にいると邪魔になる。着いて来い。」
ガキは今度は自分で大人しく着いて来た。
ーーーー
「もう一度言うぞ。雪を止めろ。」
ガキは泣き続けていた。初めて向けられた悪意に純粋な心を砕かれた様だ。まぁ、自業自得だがな。レイチュアの怒りも、もっとも。むしろアイツは被害者だ。
だがこれで、この視野の狭いクソガキは考えを改めただろうと思った。自分の好きな冬は、皆も好きな筈だという勘違いを…。
「ウッ…うぇぇ…ゃ…だ。」
「はぁ⁉︎今何て言ったぁ。お前⁉︎」
「ヤダ!春ヤダ!やだぁー!」
嘘だろ。
「ダクネス様!キライ!イジワル!キライィ!…うわぁぁん‼︎」
駄々をこねるガキを見下ろし、俺は呆然とした。
駄目なのか。俺はコイツを説得出来ない?
心が闇に覆われていく。
ご主人は俺なら説得出来ると言った。
でも駄目なんだ。
仕方ないだろ?
「俺の責任なんだ…。俺の。」
俺は闇の管理人。
闇に身を任せるのは簡単だった。
「俺を恨んでいいよ、お前は。……痛くないようにするから。」
衝動に身を任せる。俺は泣いてるガキに手を伸ばした。
………
「コラァー‼︎君が冬の精霊かぁぁ!」
…?俺の手は空を切った。草むらから飛び出て来たふわふわのピンクのワンピース姿の幼女が、冬の精霊に向かってドロップキックを決めた。
その子はガキに馬乗りになりポンチョを引っ掴んでガクガクと揺さぶった。
「今は春!私の季節!麗らに暖かい、恵みの季節なんだよ。そ〜れ〜を〜…」
「邪魔すんなぁぁ!」
女の子の後ろから光の管理人、シャイニーが姿を現わす。
「あら、春の精。貴方の怒りも分かるけれど、女の子がはしたないわ。」
コイツが春の精霊⁉︎
いや、そりゃそうか。自分の季節に冬の精霊が好き勝手してたら、春の精霊が抗議しに来るのは当たり前だ。寧ろなんで存在を忘れてたんだ俺は。
「シャイニー様!だってコイツの所為で、コイツの所為で私の初仕事がぁぁ〜!」
春の精は涙目で冬の精を指差す。下敷きにされた冬の精霊はいつの間にか泣き止んで、何故か赤面していた。
…ん?赤面?
「か…かわ…いい。」
嘘だろ…?このタイミングでこのクソガキ…。
惚れたのか⁉︎春の精霊に⁉︎
「雪止めてよ!さっきから寒いの!」
「うん…ごめん…ね。」
そう言うとガキは雪を止めた。それはもうあっさりと。
「何よ。話せば分かる奴じゃない。これからは自分の季節は守りなさいよ!」
そう言うと、春の精は笑顔で立ち去った。
シャイニーはあら、罪な女ね、と呟いて春の精を追う。
…もう、俺はこのガキを殺す理由が無くなった。だが、さっき以上の怒りがフツフツと湧き上がる。
俺はクソガキの頭を掴んだ。
「痛い…ダクネス…様…。」
「このまま潰してやろうか!このクソガキ!」
けれども。もう殺意は無い。
心の闇は晴れていた。
一応補足。
レイチュアが薄情だと感じられるかも知れませんが、彼に情が無い訳ではありません。ただ、主人公の、自然とは穏やかで厳しい物だというイメージが反映された結果です。
ちなみに主人公は春の精霊が抗議に行く事は予想してましたが、まさか惚れるとは思っていませんでした。後で報告を聞いてびっくりです。