旅籠(はたご)への誘い(いざない)
「だからね、なんかほおっておけなくて」
「なるほど」
確かにそれは思った。彼は死ぬことを何ら恐れてはいない、それどころか自分の生に執着すらしていないようにさえ感じた。
しかし……いったいなぜ。
そう思案を巡らせる白装束。それに対しラトは……
「もちろんそれだけじゃないの……おじさんの革鎧ずいぶんボロボロだよね、うちに来ない?腕のいい職人がいるんだから」
「なるほど」
そう言われ、自分の身を守っている鎧を改めて見直す。確かに鎧を留めている金具もだいぶ緩くなっていた。
いくつもの冒険を共にし、大げさかもしれないが時には命を救われた時もある、直すにしても買い替えるにしてもそろそろ考えるべき時かもしれない。
ざっくりとした切り口がある鎧の肩部分をなでながら白装束はそう思う。
だが、ラトの興味はそれだけではなさそうである。彼女はまだ興味津々に白装束を見上げている。
「それにしてもさ。おじさんって何者なの?戦士にしては軽装だし、でも神官戦士には見えないし~魔法使い?」
その問いに白装束は微笑むと白い外套の奥に隠していた商売道具を見せる。
それは銀色に輝く竪琴。それを見たラトの表情がひときわ明るくなる。
「おじさんは吟遊詩人なのね!」
「そうだよ。わたしはビアトロ。ビアトロ・ヴァトーレ。旅の吟遊詩人さ」
そう名乗った白装束ビアトロがふと周りを見渡すと、ついさっきまで観客たちでごった返していたはずなのに閑散としている。
話し込んでいたせいか、観客のほとんどがすでに姿を消していた。
「そういえばおじさ……ビアトロさんは、今夜どこに泊まるの?」
「ん? そういえばまだ決めていなかったな」
「じゃあうちに来ない? 旅の話聞きたいし」
ビアトロにその提案を断る理由はなかった。
詩人として旅をしていると、立ち寄った町の有力者に招かれるというのはよくある。無論こちらへの好意とかではなく、娯楽に飢えていて、それを目当てにしてという場合がほとんど……だが、ここでこの子に会ってそうした有力者の家に招かれるというのなら、それは旅や商売、そして芸事を司る神『シムリ―』の思し召しかもしれない。
「そうだな。では、そうしようか」
話が決まると、ビアトロはラトを連れ、歩き出す。
二人は日の当たる観客席を背に、薄暗い外への通路へと足を踏み入れる。