剣闘士・エダ
この話で初出する本作独自の固有名詞(この項に関する詳しい説明は第4部の前書きにて)。
「ラタネ・ベロース」=「牛頭大男」
他のファンタジーではミノタウロスと呼ばれる存在
乾いた砂地に巨大な影が差す。牛の頭を持つ大男が巨大な戦斧を振りかざし、勢いよく振り下ろしてくる!
空を切る風の音とともに鋼鉄の風が、一瞬前に自分がいた所を吹き抜ける。
荒々しい息を吹きかけながら斧を振り回す牛頭大男。
その動きから目を離さぬよう後ずさりながらエダは反撃の機会をうかがう。
おかしなものだ。自分は死ぬためにここに来たのではなかったのか。
だが、ひとたび戦いの場に立てば戦場を生き抜いて刻み込まれた戦士としての本能が目を覚ます。
二回、三回、斧を振り回す相手。そこに生じたわずかなスキをエダは見逃さなかった。
懐へと飛び込むのと同時に、手にした剣をふるう。
上がる絶叫、沸き立つ観衆。
相手の息がより荒くなり、にらみつける目に殺意と憎しみの灯がともる。
牛頭大男。
「ソーレ・チェアーノ」帝国を支配したファルテス教団が、さらに勢力を拡大するための尖兵とすべく人と牛を交わらせて生み出した哀れなる存在。
その名の由来は、かつて存在した古代王国「ラタ―ネ」の伝承に出てくる怪物に由来するという。
腕力こそ恐るべきものがあるが知能は牛同然。
エダにとって牛頭大男は先の戦いにおいても幾度となく戦った存在。だがその多くが魔道士によって操られる操り人形でしなかった。
手傷を負った牛頭大男は殺意と憎しみに突き動かされ、その動きはより単調、力任せになる。威力こそ侮れないが、もはや敵ではない。
エダはそんな繰り返される戦斧の攻撃をかわす一方で別の事を考えていた。
それは自分自身の事。
どれだけ危険に身を置こうとも、戦士の本能が迫りくる死から自らを遠ざけようとしている。
あの一撃をまともに受ければ確実な死が訪れるというのに。やはり、自分が死を迎えるにはより強いものと戦うしかないのだろうか。
ならば……
エダは斧を大振りして隙を見せた相手の懐に素早く踏み込み、分厚い胸板に容赦なく剣を突き立てる。
手にした剣を通じて伝わる肉を貫く感触が伝わると、あの日の事を嫌でも思い出す。
剣を引き抜く。
傷口から大量の血があふれだし、一層強くなったそのにおいが鼻に届く。
もはや致命傷、だが、それでも牛頭大男はエダに襲い掛かろうとして一歩を踏み出そうとする……が、そこで力尽き、音を立てて倒れる。
一瞬の沈黙、その後に周囲から沸き起こる歓声。
エダは剣を一振りし、こびりついた血を吹き散らすと、その剣を天へと掲げる。と、周囲からの歓声はより大きくなる。