新たなる一歩
腰に剣を帯び、渡された金貨が詰まった袋を手にアクレイは歩みを進める。
と、そこに……
「あ、きたよ。エダ~!じゃなかった。アクレイ~!」
「そんなにはしゃがない、彼は逃げないよ」
「だって~」
ビアトロ、ラト、そしてもう一人がアクレイを待ち構えていた。
「剣だけで渡るにはこの世は広すぎる。冒険をするのなら多くの事を学ぶ必要がある」
怪訝な顔をするアクレイ。ビアトロがとりなす。
「彼はアルザー、わたしの知り合いで手練れの冒険者です。どうです?、しばらくの間でいいので我々と行動を共にしませんか?」
ビアトロのその言葉にアクレイは戸惑いを露わにする。
「それは構わないが…なぜそこまでしてくれる?確かに俺は生きる事に決めた。だが、それは皆の望みを受け入れたからに過ぎない。俺自身はまだ自分が生きる理由も見いだせていない」
「だからそれを探しに行くのでしょう?あなたがこの先どこに行き、何をするのか、わたしは大いに興味を持っています。
それにこれはあなたへの好意だけではありません、取引でもあります。わたしはあなたの戦士としての腕を求めている。その代わり、わたしはあなたにこれからの冒険に必要なことを教える」
「ビアトロさんと行動を共にするのなら、うちの商品ちょっとはお安く出来ると思うな~」
そう言いながらビアトロとラトはにじり寄ってくる。たじろぐアクレイ。そこにアルザーが口を挟む。
「そこまでだ、二人とも。
アクレイだったな…冒険をするという事はな、こういう輩の相手もしないといけないという事だ」
「な、なるほど…」
助け舟を出してくれたアルザーにアクレイはうなずく。
確かにこういう時、剣の腕があっても何の役にも立たない。前に自分に忠告してくれた剣闘士の言葉がよみがえる。
「…分かった、いろいろ教えてくれ」
「こちらこそ、死神と言われたその腕前、期待していますよ」
アクレイの言葉にうなずきビアトロは手を差し出す。それを握るアクレイ。
「やったぁ~!でも、まずは装備を新調しないとね。武器と防具はともかく、それ以外がね~冒険には何があるかわからないんだから、色々用意しないと。
うちになら大抵のものがそろっているからおすすめだよ~」
はしゃぎながらもしたたかに勧めるラト。
「冒険をするには冒険者組合の庇護を受けた方がいいです。よければ案内しますよ」
「一つ一つ教えてやろう、この世界の事を」
「ああ、よろしく頼む」
公の屋敷を出た四人は連れ立って橋を渡る。
はしゃぎながら先導するラトとそれについていくビアトロ、二人の背中を見ながらアクレイは歩みを進める。
ふと振り返ると後ろからはアルザーが付いてくる。
それを見たアクレイは、久しく忘れていた何かを思い出す。
永らく彼は一人だった。一人だと思っていた。復讐の相手を追い求めていた時も、その後の空しい日々を過ごしていた頃も。
だが、そうではなかった。自分が見なかっただけで多くの人々が自分のことを思っていた。
ふと、腰に帯びた剣に手が触れる。アクレイの脳裏にあの日、この剣に誓ったことが思い出される。それは過去との決別。
死ぬためではなく、生きるため、復讐ではなく自分の居場所を探すための旅立ち。
新たなる決意と共にアクレイは歩み出す、広大な自由の世界へと…
この日、新たなる冒険者が誕生し、新たなる一歩を踏み出した。しかし、彼もまたこの地に生きるあまたの冒険者の一人に過ぎない。
いまだこの地にはびこる魔物たち、偽りかまことか分からぬ幾多の伝説、東に存在する異国群。南の海のそのまた先に広がる大砂漠と古代遺跡。そしてガシオン公が進めている西への大航海。
過去、現在、そして未来、語るべき物語は多く、されどもそれを記すに足る時間は限られている。
故にこれにて、ひと時のお暇を。
次なる物語が如何なものであるか…それは…
「旅と商いの神『シムリー』の導きのままに」
『虹色の英雄伝承歌 紅刃の章~復讐の果て、さまよい続ける死神剣士~』
完
そして 次なる逸話へ……
今回の更新でこの「虹色の英雄伝承歌 紅刃の章~」の更新は終了します。しかし、だからと言ってこの物語自体が終わるわけではなく、むしろここからが本当のスタート。
何しろ書いている本人がこの世界の事をもっと知りたい、書きたいと思っているので、本作の続きや別キャラが主役の新作長編、サイドエピソードを扱う短編などをまた書きたいと構想を練っております。
作者が遅筆なので間は空くとは思いますが、息の長いシリーズにしていきたいと思っています(もちろん別ジャンルの新作も書きたいですが)。
とはいえ、専業で書いているわけではないので、何も反応が無ければ「まあ、時間のある時に少しずつ書けばいいか」となりますし、感想とか評価をいたただけると「期待されている、これは書かねば」となるので、続きを読みたいと思ったら、評価感想その他を重ねてお願いします。
最期になりますがここまで読んでいただき、まことにありがとうございました。
また、次の作品でお会いできればと思います。
追記
シリーズ他作品のリンクとなります。
https://ncode.syosetu.com/s0324e/