目覚め、躍動する新たなる命
迫り来る魔物たちを前にラトの恐怖は限界に達しようとしていた。自分には戦いの心得なんてない。剣を握ったって戦えないのはよく分かっている。
でも、それでも何かせずにはいられなかった。何もしないで後悔するのはもう嫌だった。
その思いがかろうじて沸き起こる恐怖を抑え込んでいた。だがその時…彼女の背後で何かが動き、そして…ラトの震える肩に手が置かれる。優しく温かい手が…
「エダ!」
「下がっていろ」
「うん!」
振り返ったラトの顔に恐怖はみじんもなかった。彼女は手にしていた剣を彼に差し出す。だが、その剣はスクードが使っていたもの。それに気付いた彼は手を伸ばすことを一瞬だけためらった後に受け取る。
そののち彼は顔を上げると、手にした剣を天へとかざし、高らかに宣言する。
「死神の剣、エダ・イスパーはたった今、死んだ!
俺の…俺の名はアクレイ!アクレイ・ラウザ!かつて焼き払われたラウザ村唯一の生き残り!」
それは自分のために尽くしてくれた人々、そして自らへの宣言。
そしてエダ…いや、アクレイは自分たちに向かってくる魔物たちへと手にした剣とまなざしを向ける。
アクレイの気迫に押されたか、たじろぐ魔物たち。だが、その中から一匹の異形の影がゆっくりと進み出る。
蜥蜴人間。一般的には魔物《ファルダ―》の一種とされているが、人間と同等の知能を持っており、独自の集落を形成して人との共存を選んだ種族である
だが、目の前の蜥蜴人間の目にはそうした生き方を選んだ者たちのような理性は感じられず、目の前にいるアクレイへの敵意と狂気に満ちている。
「オマエダ…オマエノ……オマエノ、セイダァァァ!」
その蜥蜴人間はそう叫ぶと二振りの短剣を閃かせ、アクレイに襲い掛かる。
だが、その刃が届く刹那、アクレイが手にしたスクードの剣が一瞬ひらめき、次の瞬間には蜥蜴人間は肩から腹部にかけて盛大な血しぶきを上げ、そのまま仰向けに倒れこむ。
蜥蜴人間の絶命を確認する間もなくアクレイは構えを取り、素早く周囲に目をやる。
だが、一瞬アクレイは意識をそらす。
正直、蜥蜴人間にあれほどの敵意を向けられる覚えは無い。
敵として戦った相手の身内だろうか?いや、今そんなことはどうでもいい。
こちらに敵意と殺意を向けている魔物たちはまだまだいる。
意識を戻したアクレイの剣を握る手に力がこもる。
一人でこれだけの数を相手にこの少女を守り切れるだろうか。いや、守る、守ってみせる。アクレイはそう自らに誓い、一歩足を踏み出す。
だが、その時、魔物たちの一角が崩れる。そこから姿を現したのは。
フォルト・ガシオン公。
公はアクレイらの元に駆け寄ると、
「目が変わったな」
アクレイの顔を見るとそう言い、満足げにうなずく。
「話はあとだ、奴らを蹴散らす。
ラトはここにいなさい。エダ、いやアクレイ!貴公に背中を預ける。行くぞ!」
その力強い言葉にアクレイは…
「分かった」
そう言ってアクレイはうなずき、ガシオン公と共に魔物たちに向き直る。
そして…ほどなくして戦いは決した。
アクレイ、ガシオン、ビアトロ。そして武器を手にして駆けつけた冒険者たちの活躍もあり、魔物たちの群れはすべて撃退され、闘技場は平穏を取り戻す。
「ありがとうございます」
「素晴らしい術だった、おかげで助かったよ」
「やっぱり噂通りだったな、ありがとう」
冒険者や観客達は口々にガシオンやビアトロ、アクレイらに礼を述べていく。
そんな中、ふとビアトロは気づく、アクレイやラトのそばに横たわるスクードの存在に。
彼の遺体はあの戦いの中にあっても失われることも傷つくことなく、静かに横たわっていた。まるで、生まれ変わった命の輝きを見届けるかのように。そう感じたビアトロは…
「…ありがとう」
もはや二度と動くことはないスクードに向かってそう言い、頭を下げる。
チェド・ルコ=蜥蜴人間 他のファンタジー物ではリザードマンと言われている種族。