奏で、唄いしは英雄の賛歌
闘技場で繰り広げられている狂乱の宴は収束しつつあるように思われた。
ビアトロの奏でる音色が人々を落ち着かせ、魔物たちの闘争心をやわらげていく。これで冒険者たちが武器を手にして戻ってくれば形勢は逆転する。
「これで…何とかなるか」
安堵したビアトロはあることに気付く。
傍らにいたはずのラトの姿が無い。ビアトロは竪琴を奏でながら視線を巡らせ、彼女の行方を探す。
いた。
ラトは観客たちの流れに逆らうようにしてある方向へ一目散に走っていく。その先にいるのは…エダ。
彼はその場が魔物たちであふれているにもかかわらず、ひざを折り、うなだれたまま動こうとしない。
それを見たビアトロの脳裏にある可能性がひらめき、彼は戦慄のあまり演奏の手を止めそうになる。
彼女は階段を駆け下り、魔物であふれている闘技場へと走る。
「ラト!」
「いかん」
その光景を目にしたビアトロとガシオンが共に叫ぶ。ガシオンは貴賓席を飛び出し、闘技場へと駆けおりていく。
そしてビアトロは…一瞬の内に考えを巡らせる。
…今の術を続けていても魔物たちの足を鈍らせるのがせいぜい、もし魔力に耐性のある魔物がいて、エダとラトに気付いたら…観客たちは落ち着きを取り戻している…ならば、今必要なのは誰かを守るべき力!
そう判断したビアトロは演奏をやめ、違う曲を奏で…いや、『唄い』始める。
「こ、これは」
観客たちの何人かがそれに気づき、足を止める。
そう、ビアトロが奏で、唄い始めたのは『スタフィ王国の12騎士』。
幾多の人々によって語り継がれてきたアルゴーとオードの物語!
…騎士たちよ、力を貸してくれ!
ビアトロはそう念じながら唄を唄う。
そして…数百年の時を経て…英雄が…姿を現す!
ビアトロの傍らに黄金に輝く鎧をまとった騎士と白銀に輝く鎧を身にまとった騎士が馬にまたがり、姿を現す。
「うおおおおっ!」
その姿を見た観客たちからどよめきが起きる。
一方、ビアトロが術を中断したことで魔物たちは闘争心を取り戻す。エダとラトに気付いた魔物たちは、獲物とみなし動き出す。
…いけぇぇっ!
ビアトロの思いを受け、二人の馬上騎士は魔物たちのただなかへと突進する。
巨体を誇る巨躯鬼精が騎兵槍の一撃に貫かれ、悪戯鬼は軍馬に踏みつぶされ、突進の勢いで吹き飛ばされる悪戯子鬼たち。
その突然の乱入者に戦意を刺激されたか、多くの魔物たちの注意は騎士たちに向くが、それでも何匹かの魔物がなお、エダの方へと向かう。