力無き民、されどもその魂(こころ)に秘められし力は…
それははかつてこの地を訪れたある詩人がこの地で起きた教団との戦いの歴史を知り、心動かされて作った曲。
魔物(ファルダ―)と共に攻め込む教団の軍勢に立ち向かった戦士たちの勇敢さと、それを陰で支えた町の人々の献身さを音楽で表現し、たたえたもの。
ビアトロの指が弦の合い間を走る。
彼が奏でる旋律は始め、聞く者の心を鼓舞するかの様に激しく、勇ましいものだった。
しかし、それが次第に山奥の清流の様に優しく、清らかなものへと変わり、それは悲鳴や怒号で満ちた闘技場内においても掻き消えることなく、穏やかに、だが力強く、あたかも砂漠に降った雨の様に聞く者の身に、心に、そして魂にまで染みわたっていく。
すると、狂乱状態だった観客たちに変化が…
逃げ惑う人々が一人、また一人と歩みを止め、奏でられている旋律に耳を傾けはじめ、そして…
「おい!みんな落ち着け!魔物(ファルダ―)どもはまだこっちまで来てないぞ!」
突然、誰かが叫ぶ。その言葉にさらに多くの人々が足を止める。
「なんでもいい、壁になるような奴をもってこい!階段をふさいで奴らが登れないようにするんだ!」
「分かった!」
一人の発した言葉に別の誰かが答える。その変化は突然の事態にうろたえていた兵士達にも及ぶ。
「何をしている!」
うろたえる若い兵士達を年配の隊長格の兵士が怒鳴りつける。
「隊長!」
「我々は人々を守るために存在するのだ。今こそ、その力を見せるときだ!」
そう叫ぶとその隊長格の兵士は槍を手に走り出す。
「そ、そうだ!」
「よし!」
後に続けと言わんばかりにっ若い兵士たちがそれに続く。
その様を見ていた別の隊長格が部下の兵士に命令を下す。
「よし!わが隊は観客の避難を誘導する!逃がすのは女子供を優先だ!」
「俺たちは冒険者だ!戦いの心得がある!なんでもいい!預けている武器を持ってきてくれ」
「分かったわ!」
ついさっきまでわれ先に逃げ出すだけだった観衆が、右往左往していた兵士たちが次第に落ち着きを取り戻していき、まるで一つの生き物のようにまとまっていく。
変化は魔物たちの方にも起きていた。
旋律を聞いた魔物たちの動きが次第に鈍くなり、眠りの魔法にかかったかのようにその場に倒れ込む魔物も出始める。
その光景に歴戦の勇士であるガシオンも驚きを隠せない。
「あの詩人、あのようなことができるのか」
そんな中、動きが鈍くなる魔物たちの中から勢いよく飛び出す影があった。
それは観客には目もくれず、一直線に階段を駆け上がり、貴賓席へと走り込んでくる。
その影にガシオンは見覚えがあった。
「冥炎猟犬だと!」
ガシオンは一瞬驚愕の表情を浮かべるも、すぐに表情を引き締め、身構える。
冥府の神であるエダが飼っているとされる猟犬である。もっとも、冥府から逃げ出して来たわけではなく、狩猟用の猟犬がファルテスの影響を受けて変異した魔物が伝承通りの姿能力をしていることからそう名付けられただけである。
何にしてもこれほどまでに強力な魔物を捕らえたという報告は受けていない。という事は『この騒動を仕組んだ輩』が自分に対して放った刺客という事か。
そう判断したガシオン公は不敵な笑みを浮かべ、魔犬と対峙する。
と、そこに…
「ガシオン公!」
戻ってきた側近が彼に向かって鞘に収まった剣を投げ渡してくる。公はそれを受け取り、即座に剣を鞘から抜き放つ。
貴賓席へ乱入した冥炎猟犬が大きく息を吸い込む。それを見たガシオンが素早くその場から飛び退くと、たったいま彼がいたはずの場所が猟犬が吐き出した炎に焼かれる。
冥炎猟犬がガシオン公の気配に気付き、眼を彼の方に向けた次の瞬間!走りよってきたガシオン公の振るった剣が魔犬の首を切り飛ばしていた。




