失望
エダ・イスパーの名はやはり有名らしく、彼が登場すると観客席から大きな歓声が上がる。
「すごいな」
「うん」
などと二人が話し合っていると再び地響きを起き、二人が現れた階段が塞がる。
正対するエダと対戦相手。
「では、これより第一試合を始める」
観客席の一角に設けられた審判席で審判がそう宣言すると合図である、銅鑼が打ち鳴らされ、そして試合が始まる。
だが…試合が始まると、それまで起きていた歓声が戸惑いや失望に変わっていく。
エダは相手の攻撃に防戦一方で、しかも、その動きにはいつもの鋭さがまるでみられない。
「どうしちゃったんだろう、エダ。動きが全然違う」
「ああ」
ラトでさえも不安げな表情を見せる。だが、ビアトロにはエダの変化に心当たりがあった。思い出されるのは二週間前のあのやり取り。
あの時は無我夢中だったが、自分の言い放った何かの言葉がきっかけで彼がああなったのだとしたら…
流石に考えすぎだろうは思うが、彼の不調を見てしまうと思わずそう考えてしまう。
そんな時…
「なんだ、噂ほどじゃないな」
突然飛び込んできたその声にビアトロは弾かれたかのように周囲を見渡す。
「噂はしょせん噂ってことだな」
その声は後ろの席から聞こえてきた。振り返るとそこにいたのは革鎧を着こんだ見慣れない男が二人。
鎧姿のままという事は今日ここに来た冒険者だろうか。
「どうするんだ?次の探索の規模はでかいんだろう?腕の立つ奴が欲しいからここに来たのに」
「いいじゃないか。誰が勝ち残ろうとも、要は優勝した奴に声を掛ければいいだけだからな」
「そうだな」
ずいぶん好き勝手なことを言っているが、傍からみればそんなものだろう。ビアトロはそう考え、視線を移そうとしたが。
「それにしても、何だあの戦いぶりは?あれでよく剣闘士としてやっていたな」
「ここの剣闘士の腕前はよほど低いんだな」
続けて聞こえてきたそのやり取りを聞き、動きを止める。
「それにしたって酷いだろう。ひょっとしたらあのエダは『騙り』なんじゃないのか」
「かもな」
『騙り』…つまり、あのエダは偽者だと言いたいのか。
さすがにその言葉は看過できない。ビアトロは拳を固く握りしめ、腰を浮かせたところでふと気づく。
傍らに座っていたラトが怒りの表情で立ち上ろうとしている。それを見たビアトロはとっさに彼女の肩をつかみ、制止する。
制止された彼女は涙をためたまなざしでビアトロを見上げてくる。だが、それでもビアトロは首を振って無言で制止する。
相手は冒険者、もし逆上してラトに危害を加えるようなことがあっては取り返しがつかない。ラトもそのことを察したのだろう。きっと相手をにらみつけるながらも、渋々席に着く。
とはいえ、腹を立てているのはビアトロも同じ。彼は思案する。