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商人たちの祭典

時間はかかったが二人は何とか受付を済ませ、観客席に入ることができた。


しかし、すでに観客席は人でごった返していたため、二人は観客で埋まった席の間を縫うようにして歩きまわり、ようやく空いている席を見つける事が出来た。


「まさかここまでとは」


「だから言ったのに~」


席に着き、見通しの甘さを嘆くビアトロに対し、ラトはあきれ顔である。


「ラトはこうなるってわかっていたのか」


「うん、だってお父さんが教えてくれたから」


ラトによるとスリエード商会はこの日、大勢の旅人が訪れることを見越して本来は冒険者向けである飲料水用の革袋や保存食を相当数用意させたらしい。


なぜかというと…


「おなかがすいたり、のどが渇いたりしても、席を立たなくていいからね~席を横取りされる事も無いし」


その言葉にビアトロは数日前の酒場でのやり取りを思い出していた。


確かスリエード商会が漁師たちから大量の魚を買い上げているという内容だった。


漁師たちは商会が普段より気前よく買ってくれることに気をよくしていたが、これが目的だったようである。


そのラトの言葉にビアトロは感心することしきりである。


「なるほどな。流石は商人」


「これもシムリー神とラータ神のご加護だよ」


ラータとは海神ラタペイロスの愛称である。


「はははっ」


おどけて見せるラトにビアトロは破顔する。そんなビアトロにラトは…


「はい、これ」


「あ、ありがとう」


保存食と飲料の葡萄酒(ヴァーラ・アレべが入った革袋を一つずつ差し出す…のと同時に手のひらを差し出し、にっこりとほほ笑むと…


「中等銀貨一枚いただきます」


その言葉にビアトロの動きが一瞬固まる。


ラトは笑顔を絶やさず、両手を差し出したままである。


その商人の娘らしいしたたかさにビアトロは苦笑する。


「…しっかりしているなあ」


そう言いながらビアトロは懐から銀貨を取り出し、ラトに渡す。


すると彼女は持参した大きな革袋から天秤と小さな銀色の塊を取り出し、天秤に載せて銀貨の重さをはかり始める。


その光景にビアトロは一瞬あっけにとられるが、すぐに我に返りそして得心する。


貨幣の価値は施されている装飾ではなく、重さで決められているのだが、それは貨幣に混ぜられている金銀銅とそれ以外の物との比率の差だと聞く。


おそらくあの塊はその重さの基準。


店を訪れた際、店主が天秤を使って支払った貨幣の重さをはかっているのを彼は何度も見ている。


見てはいるのだが、ラトがそれをやるというのはさすがに驚く。


ビアトロはやはり彼女も商人なのだと改めて認識し、重さをはかり終えて天秤をしまうラトを穏やかな表情で見つめる。


「うん、確かに中等銀貨だね。はいこれ」


そう言うとラトはビアトロに革袋を渡す。 


「さすがだね」


「ううん、まだまだだよ」


ビアトロの素直な賛辞にラトは首を振る。


「このくらいなら手で持っただけで重さの差がわかるようになって一人前だから」


「そうか」


「うん、粗悪な貨幣をつかまされて損をするのは自分だからね」


若いながらもしっかりとしたラトの姿にビアトロは厳しい商人の世界を見た気がした。


「しっかりしているなあ」


「もちろん。わたしも商売人の娘だから。それにあの人たちから買うよりは安いよ」


そう言ったラトはビアトロに革袋を差し出すと、あるところを指さす。そこには観客席の合間を行き来する何人かの商人たち。


その中の一人がビアトロに気付き、近寄ってくる。


「どうだい、そこのあんた、これさえあれば空腹になっても席を立たなくて済むぜ」


だが、そこにすかさずラトが割り込む。


「もう持ってま~す」


「こ、これはラト様」


ラトに対する態度からすると、どうやらこの商人はスリエード商会の元で商売している商人のようである。


おそらく彼が売ろうとしている革袋も元はスリエードが仕入れた品なのだろう。


「商売熱心だね~でも、この人はわたしのお客さんだからね」


「ど、どうも」


いくら幼いとはいえ、スリエードの娘が相手では分が悪いと悟ったか、その商人はすごすごと引き上げていく。


いやはや。


華やかな祭典のただ中で繰り広げられる熾烈な商売合戦を目の当たりにし、ビアトロは苦笑するしかなかった。

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