緑萌ゆる草原より吹き込みし、春の風
「そうか」
ビアトロからの報告を受けたガシオン公の表情は当然明るくはなかった。
「申し訳ありません、わたしの力ではこれ以上は…」
「いや、いい」
ビアトロの言葉にガシオン公は首を振る。
「実はな『ルーメ・ラース』からの要望で、近々剣闘士達による大会を開く予定だ」
『花と草』とは、現在各地を旅する冒険者の相互扶助を行う広域組織。
かつてファルテス教団との戦いの際、大陸各地に散っていた抵抗勢力同士間での情報をやり取りする地下組織が母体であり、今の時代に「冒険者」と呼ばれている人々も元は、教団との戦い以後、各地に散らばった教団配下の魔物の調査や捕縛、退治等が主な活動内容の存在だった。
「大会?」
「剣闘士同士が決められた組み合わせで一対一で戦い、最終的に生き残った者が優勝、そして優勝者には上等金貨1000枚と自由を与える」
「ずいぶんと破格ですな」
示された賞金額にビアトロは驚きを隠せない。
この地方に流通している貨幣は大きく分けると三種類。金貨、銀貨、銅貨。そしてそれぞれの貨幣には金銀銅の含有比率、つまり重さによって上等、中等、下等かが決まっている。
基本、上等かどうかは施されている紋様によって判別できるが、無論、中には偽造も含まれるため、商人たちは秤にかけて重さで判断する。
この世界の現在の物価では、大体1月・30日間に上等金貨10枚あればそれなりの暮らしができる。だが…旅をするとなると話は別である。
武器や防具、それに、もし物資輸送用に馬を持つとなればその購入や維持と、何かと金がかかる。
財宝でも見つければ話は別だが、ビアトロの日々の生業だけで手に出来るような金額ではない。
おそらくこの賞金は新しい人生を踏み出す剣闘士への支度金なのだろう。
「『冒険者組合』も腕の立つ戦士を求めている…という事だ。まあ、あまり大勢の戦士を抱えているのもよくない。特に南の…いや、なんでもない」
ガシオン公はつい言葉を滑らせたらしく、慌てて口をつむぐ。それを見たビアトロは考えを巡らせる。
南…例の『ザフィ・ラーゴ』の事だろうか、それともカスタニアか、帝国…
そこでビアトロは気づく、ガシオン公にとって備えなければいけない『敵』の多さに。
「何にせよ、あの男にとっては最後の舞台となるかもしれぬ」
考えを巡らすビアトロをよそにガシオンはふと漏らす。
その言葉に我に返ったビアトロにガシオン公は、
「どちらにしても、あの男のことは忘れないでやって欲しい」
「なぜそこまで?」
「戦のせいで何もかも失ったものに対して何かをしようとするのは持てる者の傲慢だろうか?」
ビアトロの問いに瞑目したまま、そうつぶやくガシオン公。しばしの後、彼は沈黙を破る。
「…何にしても大がかりな催しになるだろう。貴公も見物していくといい」
「ありがとうございます」
ビアトロはそう言って公の前を辞し、宿へと戻る。
だが、その帰り道、ビアトロは自身に問い掛ける。
「それにしても…自分はなぜここまで彼に入れ込むのか」
そう呟いたビアトロはラトの存在を思い出す。
「あの子も何故、あそこまでエダにこだわるのか?やはり例の件がかかわっているのか?」
ルーメ・ラース=花と草。この世界における冒険者ギルドの名称でもある。