虚ろなる心 潜むは深き闇
「俺には何もない!帰るべき場所も!待っていてくれる人も!誰も、何もない!そんな俺にそんな話を聞かせるな!」
沈黙が…一時、その場を支配した。しばしののち口を開いたのはエダだった。
「…公から聞かされなかったのか?俺はあの日すべてを失った。誰も、何も守れなかった。そんな俺がこの先、生きていてどうしろというんだ」
彼はビアトロをにらみつけ、まるで自らの過去を噛みつぶし、吐き出すかのように問いかける。だが、ビアトロはひるまない。とっさに言い返す。
「…では、なぜあなたは自ら命を絶たないのです?」
その問いに今度はエダが言葉を失う番だった。ビアトロは息を整え、エダを見据えると強い口調で問い掛ける。
「確かに神々の多くは自ら命を絶つことを禁じております。しかし、何もないというのであるなら尚の事、その教えに従う必要もないはず!」
まるで背中を刺されたかのように茫然とするエダ。だが、ビアトロは構わず続ける。
「確かにあなたは死を望んでいるのかもしれません、しかし、心のどこかで生きよう、生きなければいけないとも思っている!だから自ら命を絶つことができないのではないのですか!」
「俺が今生きているのはおれを殺せる奴を求めているだけだ!」
まるでビアトロの訴えを拒絶するようにエダが叫ぶ。
「今のおれは強い奴と戦い、その手にかかる事!それ以外のことなどに…興味はない!」
その言葉にビアトロは愕然とする。生きるためではなく、死ぬために戦う。それが彼が今戦っている理由だというのか。ビアトロは彼の心に巣くう闇の深さを感じ、おののく。だが、彼は拳を握りしめ、訴える。
「確かにあなたは戦場で多くの敵を倒した、しかしそれによって多くの味方も救ってきたはずです」
「俺は…そんなことのために剣をふるってきたわけではない、復讐の相手を探していただけだ」
頑なにビアトロの言葉を拒み続けるエダ。それでも何かないかと思案するビアトロに対し、エダは視線をそらし、背を向けて冷たく言い放つ。
「もういいだろう、俺のことなど気にしないでくれ」
それを聞いたビアトロはそれでも何かを訴えかけようとして口を開くが、言葉が出てこない。それでも何かを伝えようと彼は大きく息を吐き…ようやく言葉を絞り出す。
「分かりました。ですがこれだけは言わせてください。あなたのことを惜しんでいる人はあなたが思っている以上にいます」
しかし、それでもエダは振り向かない。ビアトロは一礼すると部屋を後にし、重い足取りで来た道を引き返す。
途中、幾人かの剣闘士とすれ違った気がしたが、ビアトロが彼らに気をかける事はなかった。
ビアトロが去り、再び訪れた沈黙。エダはふと視線を窓へとむけると、その先に広がる青空を見て呟く。
「…生きていれば、いつかルアンナが言った事を思い出せるのだろうか」