閉ざされし心
…わたしが彼を特別視していることを好ましく思わぬ剣闘士もいるだろう、他のものがあまり出歩かない頃に会う方がいい…
…分かりました…
差し込む日差しによって光と影に彩られる石畳。ビアトロはその通路を踏みしめながら歩みを進める。
「…詩人殿、ここです」
兵士にそう言われ、ビアトロは我に返る。
兵士に示された格子付きの窓からそっと中をのぞく。と、そこにいるのは確かにあの剣士。
「ありがとう」
ビアトロの言葉に兵士は一礼し、去っていく。
「さて…」
エダ・イスパー。一体どんな人物なのか‥胸中に不安と緊張渦巻く中、ビアトロはそう呟くと、大きく息を吸って吐く。そして…意を決して扉をたたく。
「誰だ」
返ってきたのは拒絶と不審がこもった声。だが、旅をする身として怪しまれているのは慣れている。ビアトロは気に留める事も無く普段の調子で声をかける。
「初めまして、わたしはビアトロ、旅の詩人です。入ってもよろしいでしょうか」
「構わないが…旅の詩人などが、俺にいったい何の用だ」
部屋主の了解を得たビアトロは『カギが掛かっていない扉』を開け、入室する。
「…ありがとうございます。
先の戦いにおいて死神とあだ名されるほどの腕を持つあなたに興味がありまして。公のお許しを得て参上した次第です」
入室したビアトロは初めて『死神』と至近で対面する。
やはり若い、引き締まった体格が歴戦の戦士であることを感じさせる。だが、その眼光の鋭さとその奥に感じる生気のなさにはやはり危うさを感じる。
「ガシオン公が…興味だと?」
寝台に座っていたエダがこちらを見上げる。その目に宿るのはやはり不審。
ビアトロは彼の不審を解きほぐそうと言葉をつづける。
「はい、なのであなたのことについてお聞かせ願えないでしょうか」
「なぜそんなことをする?俺はただの復讐者。だが、それももう果たした。もう俺には何もない」
「そんなことはありません、いまだこの地には魔物(ファルダ―)が多く住み着き、あなた程の腕の立つ戦士を欲している人は大勢います」
そういうとビアトロは竪琴を取り出し、自分が見聞きした冒険談を唄いだす。
海を越えた南の地、古代の遺跡が多く残る地へと赴き、凶悪な魔物と戦う冒険者たち。
魔物がはびこる砂漠や山脈を超える危険を冒してでも巨万の富を求めて貴重な品々を輸送する冒険商人達、あるいは海を渡る船上での海賊や海の魔物たちとの戦い。
それらは、いまだ英雄と呼ぶには及ばないものの、勇ましき冒険者たちの…
「やめてくれ!」
その強い剣幕にビアトロは思わず息をのみ、唄と竪琴を鳴らす手をを止める。