終わりなき悪夢の始まり
エダ・イスパーは悪夢を見ていた。
それは彼自身の過去。彼が住んでいたラウザ村は帝国との境に位置する小さな村。
だが、この地を治める領主『ジュセル・アリューマ』は村人に重税を課し、村人を苦しめていた。
しかも、その徴税額の多さは年を追うごとに高まり、村人たちの生活は年々苦しさを増し、やがて…
「王へ直訴しよう!」
領主は王より任命されて、この地を治めている。この状況を何とかするには王に訴えるしかない。
そんな機運が村人の間に広まっていった。
だが、それも大人達の事、子供たちにとってはまだまだ平和な日々のはずだった。
しかし、そんな矢先それは起きた。
月がその姿を隠した新月の夜、村は突然紅蓮の炎に焼かれ、逃げ惑う人々はなだれ込んできた武装した兵士たちによって次々物言わぬ屍へと変えられていった。
「二人ともよく聞いてくれ、これは国王様への陳情書だ、何としてもこれを王様の元へ届けてくれ」
のちにエダと名乗ることになる少年と、その幼馴染の少女ルアンナ。少年の父は炎迫る家の中でそう二人に告げると村から出るように伝える。
…それは明らかに二人を逃がすための方便。冒険者を夢見て鍛練を行い、村の近くで魔物退治をした事があるとはいえ、旅の経験のまだない子供にそんなことが出来るわけが無いのは明らか。だが、それでも二人はその言葉に従い、村から逃げ出そうとした。
少年は父から与えられた剣を腰に下げ、少女の手を引いてひたすらに森の中を駆ける。いつ背後から襲われるかもしれない恐怖と戦いながら。
「逃がすな!追え!」「村人は女子供だろうと皆殺しだ」
兵士達の怒号が背後から聞こえてくる。
村と外部をつなぐのは何本かの吊り橋。二人が目指したのは川向こうの帝国領へと抜ける橋。昔に作られた古く細いつり橋で武装した兵士達では渡ることは出来ない。
それを渡って帝国領に逃げ込み、親交のある近くの村にかくまってもらえれば…
少年は父親に言われたことを信じ、そのつり橋を目指す。
…だが、彼らの淡い希望を閉ざすかのようにそれは落ちていた。
「そんな」
「さっき落とした吊り橋だ!、もうあそこしか逃げ道はない。村の奴らが逃げるとしたらそこに向かうはずだ!」
そんな声が松明の火と足音と共に近づいてくる。
もう逃げ場はない、そう悟った少年は腰に下げていた剣を抜く。
あの日、村の近くに住み着いた魔物、大人の腰ほどの背丈を持った子鬼『ケルツ(悪戯小鬼)』の集団と戦って辛酸をなめて以来、彼は密かに剣の鍛錬を続けてきた。
だが今度の相手は訓練を受けた兵士達。到底勝てるとは思えない。
それでも少年は手にした剣を離そうとはしない。
ケルツ=悪戯小鬼