晩餐(チノ・ポネ)
宿に戻ったビアトロは宿の奥にあるスリエードの屋敷に案内される。
日が落ちても脂灯の明かりの元に作業を続ける鍛冶屋や革職人たち。かまどや煮窯からあふれる蒸気が海から吹き付けてくる潮風の冷たさを緩和する。この伝わる熱気にビアトロはスリエード商会の今の勢いを表しているように感じた。
「こちらでございます。では私めはこれで」
「すまないな」
そういうとビアトロは今日の稼ぎの中から良物の銅貨を一枚、いや二枚取り出し、使いの者に渡す。
「これはこれは、お心遣い感謝いたします」
使いの者が去ると入れ替わりに屋敷から執事が姿を現し、ビアトロは夕食の席へと招かれる。
「ようこそいらっしゃいました」
「晩餐にお招きいただき、ありがとうございます」
夕食の席にはすでにラトとその父レトン・スリエードが座っていたが、レトンは初対面のビアトロを親しげに招き入れる。
レトン・スリエードのもてなしは破格というべきものだった。
小麦粉を練り、自慢の窯で焼かれた『小麦練餅』は無論、多種多様な野菜に魚、小麦練餅同様、麦粉を使って作られる『麦酒』に葡萄の果実を搾り、発酵させた酒である『葡萄酒』に蜂蜜漬けの果物など贅をつくした馳走の数々。特に新鮮な魚は港町でなければまずありつけない貴重なもの。
ここに来る前の数日は商隊の保存食ばかりだったビアトロにとって、我を忘れて飛び込みたくなる程に豪勢ではある、が。
そもそも一介の詩人である自分にこれほどのもてなしをするという事は、たいていそれ相応の対価を期待してのものだろう。
スリエードは一代で今の地位を築く程の商人、何の裏も無しにこれだけのもてなしをするなどありえない。
そう考え、ビアトロは何とか自制する。
「…いつもこれほどのもてなしを?」
平静を装いながら席に着いたビアトロはレトンにそう尋ねる。
「わたしも財を成す前は旅から旅の冒険商人でしたので、そのころを忘れぬよう普段は質素なものを。
しかし客人をもてなすときは別です、特に冒険者に対しては」
おそらく彼も若いころ、同じょうな経験をしてきたのだろう、ビアトロはレトンの思惑はともかく、その心遣いには感謝し、頭を下げる。
「お気になさらず、わたしも詩人殿からいくつもの冒険譚や伝説をお聞きしたいだけなので」
やはり。だが、そう率直に言われては応えないわけにはいかない。ビアトロは懐から商売道具を取り出す。
スリエード親子との夕食はビアトロが思っていた以上に心地よいものだった。二人はビアトロが披露する物語の数々にすっかり魅了され、ビアトロもまたごちそうの数々に舌鼓を打った。
「ビアトロさん、これもおいしいよ」
「ありがとう」
そんなやり取りを何回かしていたビアトロはふと気づく、親子が見慣れない代物を使って食材を取り上げていることに。
匙の様にすくうでもなく、三又匙で突き刺すでもない。あれは一体…
小麦練餅=パン
チノ・ポネ=晩餐・夕食