駆け引き
「ところで詩人さん、今日の宿は決まっているのかい、なんならいいところを紹介しますよ」
「いや、宿はすでに」
そういってビアトロがスリエードの名を出すと酒場の店主はたいそう驚く。
「スリエードの宿に招かれましたか、あそこはいいところらしいですな…悪く言う輩もいますがね」
肩をすくめる店主にビアトロは苦笑する。
成功者への妬みという奴だろうか。
ふとあることを思いつき、ビアトロは話題を変える。
「ところで店主。エダ・イスパーという剣闘士について何か知ってはいないだろうか?」
「…これは兵士達が話していたうわさですが、彼はラウザ村の生き残りらしいのです」
ビアトロの問いに店主は声を潜めて、そう教えてくれる。それに対し、彼も声を潜めて聞き返す。
「ラウザ村…先年の戦で帝国に焼き払われたという…」
「ええ、彼はその村唯一の生き残りらしく、傭兵となってずっと故郷を焼いた仇である傭兵団の行方を捜していたとか。もっとも、兵士たちの話だと、あれは『ザフィ・ラーゴ』の自作自演とか。だから彼はガシオン公の元に来る前は帝国の傭兵だったそうです」
店主の言葉を聞いたビアトロは視線を天井に向け、考え込む。
どうやらあの剣闘士の過去は単純ではないようである。あの『ザフィ・ラーゴ』が関わっているというのも気になる。領主が手放さないのもそれが理由なのであろうか?そんなことを考えながらビアトロは視線を戻し、杯に口をつける。
「…それで、エダは仇を討てたのか?」
「…さあ、そこまでは」
店主は肩をすくめて言葉を濁す。
相手もさるもの、これ以上知りたければここに通えという事だろうか?それとも本当に知らないのか。
ビアトロはそれとなく尋ねてみたが、その後店主が教えてくれた話のほとんどがすでに聞いていた話だった。
…今日はこのくらいにしておこうか…
そう決めたビアトロがどうやって話を打ち切ろうか、思案を巡らせようとしたとき。
酒場の扉が開き、見慣れぬ一人の男が姿を現す。
「ビアトロ様ですね、スリエード様の使いの者です。そろそろお戻りいただきたいとの事です」
その言葉にビアトロは一瞬茫然となる。
あらかじめラトに言われていたものの、こうして実際に行き先を告げていないのに使いが現れるとは。
この人物、只者ではない。
「おっと、もうそんな時間か。店主、またよらせてもらうよ」
内心では動揺しつつも平静を装い、そうビアトロは言うと、彼はそそくさと酒場を後にする。
使いの者に夜道を案内され、宿への道を歩くビアトロ。
そんな中、彼は思う。エダといえば冥府の神の名。誰が彼にそんな名を付けたのか。さっき聞いた話のとおりだとしたら、自分の村を焼いた仇は討てたのだろうか。
知れば知るほど謎が深まっていく。彼と直に会えばこれらの謎が解けるのだろうか…
北の空に常に輝く『旅人の守星』を見上げながら、ビアトロはそう思い、宿への足を速める。