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読み書きができるという事

そこに酒場の店主が杯を持ってやってくる。


「俺からの報酬だ。お代はいらないぜ」


「ありがとう」


ビアトロはそう言うと杯を受け取り、葡萄酒の香りを楽しみながら乾いたのどを潤す。


「いや、いい唄だった。そういえば前にもあんたみたいな白装束の詩人が来たな」


 店主のその言葉にビアトロは表情を険しくする。


「お仲間かい?」


「まあ、そんなところかな」


言葉を濁すビアトロ、そこに一枚の銅貨が差し出される。


「おっと、おやじに先を越されちまったな。じゃあこっちをもらってくれ」


銅貨を差し出したのは日焼けといくつのも傷が目を引く屈強な男。


ビアトロは遠慮なくそれを受け取り、懐にしまう。


 彼に銅貨を渡したその男は杯を手にビアトロの対面席に座る。


「それにしても唄って奴はすごいな。こう…胸に来るものがあった。俺にもできないものかな」


「何言ってんのさ、文字もろくに書けないのに」


男と顔見知りらしい給仕の女性が杯を手にからかう。


「やっぱりそうなるか、まあ、海の上に出ちまえばこの身一つが頼りだしな」


この時代、文字の読み書きはまだ貴族や神官など一部の特権階級に許された事。


なぜなら民衆が必要以上の知識を得る事は自分達に逆らいうる力を手にすることにつながり、それは権力者にとっては望ましい事ではない。故にそれらを知る機会は制限されている。


例外は商いを行う商人や旅から旅の冒険者くらいである。


「あんたにはその方がお似合いだよ」


二人のやり取りから取り残されるビアトロ。


彼は目の前で行われる他愛ないやり取りを蝋燭ろうそく灯火ともしび越しに眺めながら、考えを巡らせる。


確かに読み書きができれば、本を通じて遠い異国の事や昔の出来事を知ることもできる。だが、それが果たして真実かどうかまでは分からない。


先ほど披露した物語にしても、これまで多くの詩人たちによって語られ、歌い継がれてきたものだが、それとて誰かが見聞きし記したものであって、全能の神が伝えたものではない。


それとも、いつか誰かが歴史の真実に辿り着き、明らかにされるのだろうか。


何にしても、本に書かれた事象というのは所詮、誰かの目に映った世界の姿に過ぎない以上、真の姿ではない。


だが、それでも一人でも多くの人が世界を知るための灯となりえるのなら。


などと、ビアトロが思いを巡らせていると。


「…そうか、あんたもエダ・イスパーを狙っているのか」


エダ・イスパー、確か例の剣闘士の名前だったはず。闘技場の木片に記されていたその名をビアトロは思い出す。

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